封じられた記憶(第4部 / 緊急脱出)
施設からの脱出は想像以上に困難を極めた。記憶監視庁の職員だけでなく、帝国軍の特殊部隊まで動員され、建物は完全に包囲されていた。夜空には軍用の飛行船が浮かび、強力なサーチライトが地上を照らしている。その光が窓ガラスに反射して、まるで巨大な目玉が一行を見つめているかのようだった。
「全ての出入口が封鎖されています」
アベルが若い騎士の機敏さで偵察した結果を報告した。彼の顔には緊張の汗が浮かび、頬を伝って滴り落ちている。
建物の中では、記憶を取り戻した人々と帝国軍の間で激しい争いが続いていた。だが、武器を持たない民衆では、訓練された兵士たちに敵うはずもない。
「この人たちを見捨てるわけにはいかない」
慶一郎が調和の炎を制御しながら告げた。炎は先ほどの暴発で不安定になっており、胸の奥で荒々しく燃えている。それを抑制するため、慶一郎の全身には緊張の汗が吹き出していた。
「でも、このままでは全員が捕まってしまいます」
マリエルが聖職者としての冷静さで状況を分析した。だが、その声は震えており、内心の動揺を隠せずにいた。
その時、建物の地下から爆発音が響いた。続いて、煙が立ち上り、火災報知器が鳴り始めた。
「何事だ?」
帝国軍の指揮官が混乱している。
その隙を突いて、リーザが機転を利かせた。
「火災が発生しました! 避難しなければ危険です!」
帝国軍は火災対応のため、一時的に包囲を緩めた。その瞬間を狙って、慶一郎たちは行動を開始した。
「今です!」
カレンが先頭に立って、混乱に乗じて脱出ルートを開拓していく。彼女の剣技は実戦経験豊富で、敵の隙を的確に突いていった。
だが、脱出路での戦闘は避けられなかった。帝国軍の兵士たちが立ちはだかり、剣と魔法で攻撃してくる。
「ここは俺たちに任せろ!」
ザイラスが贖罪の決意を込めて前に出た。彼の戦闘技術は元帝国官僚とは思えないほど優れており、敵兵を次々と倒していく。
アベルも短剣を抜いて加勢した。若い騎士の俊敏性で、敵の攻撃を華麗にかわしながら反撃していく。
「早く! 時間がありません!」
カレンが三人で殿軍を務めながら、他のメンバーの脱出を促した。
慶一郎たちは記憶を取り戻した人々と共に、建物の裏口から脱出した。だが、そこにも帝国軍の兵士が待ち構えていた。
「包囲を突破します!」
レネミアが王女としての威厳で人々を鼓舞した。彼女自身も護身用の短剣を抜き、戦う意志を見せた。
だが、その時、空から巨大な飛行船が降下してきた。船体には記憶皇帝の紋章が刻まれており、特殊部隊の精鋭が乗り込んでいるようだった。
「記憶皇帝直属の部隊です!」
リーザが元官僚として、その紋章の意味を理解した。
「彼らは記憶を操作する能力を持っています。近づかれたら即座に記憶を奪われます!」
飛行船から降下してきた特殊部隊は、通常の兵士とは明らかに異なっていた。彼らは特殊な装置を身に着けており、それが赤い光を放っている。その光に照らされた者は、記憶を強制的に奪われてしまうのだ。
「みんな、光から逃げて!」
エレオノーラが天使の力で保護結界を張ったが、敵の装置はそれを上回る威力を持っていた。彼女の美しい顔に激しい痛みが走り、額から汗が滴り落ちた。
「持ちこたえられません……」
エレオノーラの力が限界に近づいていた。天使の力を使いすぎたことで、彼女の体は悲鳴を上げていた。
その瞬間、地下から別の爆発音が響いた。どうやら火災は本物だったようで、建物全体が炎に包まれ始めていた。
「建物が崩壊します!」
ナリが科学者としての知識で危険を察知した。
慶一郎は決断した。調和の炎を完全に解放し、この場を突破するしかない。だが、それは帝国全体に自分たちの位置を知らせることになる。
「みんな、俺を信じてくれ」
慶一郎が調和の炎の制御を解いた瞬間、炎は爆発的に拡大した。その光は夜空を昼間のように照らし出し、帝国軍の特殊装置を無効化した。
「今だ! 走れ!」
一行は炎の光に守られながら、包囲網を突破した。記憶を取り戻した人々も一緒に逃走を始めた。
だが、調和の炎の暴発により、帝国全体に警報が響き渡った。街中のスピーカーから緊急放送が流れ始める。
『帝国全土に告ぐ。記憶皇帝陛下に対する重大な反逆行為が発生しました。記憶テロリストが逃走中です。発見次第、直ちに通報してください』
街の住民たちが一斉に外に出てきて、逃走する一行を探し始めた。だが、記憶を管理された住民たちの動きは機械的で、慶一郎たちはその隙を縫って逃走を続けた。
「こちらです!」
突然、街の影から声がかかった。それは地下組織の一員だった。
「急いで! 隠れ家に案内します!」
地下組織の案内で、一行は下水道を通って安全な場所へと向かった。下水道の中は悪臭と湿気に満ちており、慶一郎の服は汗と汚水でべっとりと濡れていた。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「まだ追跡されています」
カレンが後方の様子を確認した。帝国軍は執拗に彼らを追跡しており、下水道にも兵士を送り込んできていた。
「分かれて逃げましょう」
ザイラスが提案した。
「一箇所に固まっていては危険です」
だが、慶一郎は首を振った。
「みんなで一緒に逃げる。誰も見捨てない」
彼の言葉に、仲間たちの結束がより強くなった。どんな危険があっても、共に戦い抜くという決意を新たにした。
地下組織の隠れ家は、街の地下深くに隠されていた。そこには記憶皇帝の支配に抵抗する人々が集まっており、慶一郎たちを温かく迎えてくれた。
「ようこそ、『記憶の守護者』へ」
地下組織のリーダーが名乗り出た。
「私たちはあなた方を待っていました」
隠れ家の中は質素だったが、人間らしい温かみがあった。壁には記憶皇帝支配以前の写真や絵画が飾られており、失われた人間性を取り戻そうとする人々の意志が感じられた。
「記憶を取り戻した人々の報告が入っています」
リーダーが嬉しそうに告げた。
「あなた方の行動により、帝国各地で記憶回復現象が起きています。人々が目覚め始めているのです」
その報告に、一同は希望を感じた。自分たちの行動が確実に帝国を変え始めているのだ。
だが、同時に状況は一層危険になっていた。帝国は総力を挙げて彼らを追跡しており、もはや表立って行動することは不可能だった。
「明日からは本格的な地下活動になります」
リーダーが厳しい表情で告げた。
「記憶皇帝は我々を最重要危険人物に指定しました。捕まれば即座に処刑されるでしょう」
慶一郎は調和の炎を見つめた。炎は疲労で弱々しく揺らめいているが、それでも消えることはない。この炎こそが、帝国の闇を照らす希望の光なのだ。
「俺たちは必ず勝つ」
慶一郎の静かな決意に、仲間たちが頷いた。
窓の外では、帝国軍のサーチライトが街中を照らし続けていた。その光の中を、慶一郎たちを探す兵士たちが行き交っている。
戦いはまだ始まったばかりだった。だが、確実に変化は起き始めていた。人々の記憶が戻り、帝国への疑問が生まれ、抵抗の炎が各地で燃え上がり始めていたのだ。
地下組織の隠れ家で、慶一郎たちは次の作戦を練り始めた。記憶皇帝との最終決戦に向けて、新たな戦いの準備が始まろうとしていた。




