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消えぬ傷痕(第2部 / 新たな絆)


天使の翼をそっと折りたたんだエレオノーラは、朝陽を浴びて輝く銀色の髪をなびかせ、慶一郎の前に静かに立っていた。その美しさは生前のままに、いや、以前よりもいっそう透明感を増しているように見えた。


彼女はゆっくりと腕を伸ばし、指先が慶一郎の頬に触れた。柔らかな、しかしどこか現実離れした触れ心地だった。彼女の指先には微かな温もりが宿っているが、生身の人間のそれとは微妙に違う。


「不思議な感覚だな……君は間違いなくここにいるのに、どこか違う」


慶一郎が戸惑いを隠せずに呟くと、エレオノーラは穏やかな微笑みを浮かべた。その瞳は深く、慈悲に満ちていた。


「私は以前のエレオノーラでもあり、新しい存在でもあります。でも、私があなたを想う気持ちだけは、何一つ変わっていません」


彼女の言葉が心の深い場所に響き、慶一郎の胸が締め付けられた。彼はゆっくりと彼女の手を取り、自分の胸元に引き寄せた。そこには静かに、穏やかに燃え続ける調和の炎があった。


その瞬間、二人の感情が炎を通じて交わり合い、言葉では伝えきれないほどの想いが伝わった。彼女の胸にも同じように輝く光が宿り、二つの光は静かに共鳴を始める。


「君は君だ。それだけで十分だ。俺はまた君とこうして一緒にいられるだけで、十分なんだ」


慶一郎の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみではなく、喜びと安堵に満ちた涙だった。エレオノーラはそっとその涙を指先で拭い、静かに彼の額に唇を寄せた。彼女の唇は微かに温かく、まるで春風のように優しく彼の肌を撫でた。


「慶一郎様、私はあなたと共に生きるために戻ってきました。この命がある限り、私はあなたと共に歩み続けます」


その言葉と共に、二人の胸の炎はさらに強く輝き、まるで一つの生命体のように溶け合った。彼らの周囲を暖かな風がそよぎ、花の香りが優しく包み込んだ。


---


戦いで傷ついた町には、あちこちに戦禍の爪痕が生々しく残っていた。黒焦げになった家々、瓦礫が積み上げられた道、傷つき疲れ果てた人々の顔……それら全てを見つめながら、慶一郎は料理の準備を始めた。


彼の横で、エレオノーラが微笑みながら野菜を切っている。その手つきは天使としての優雅さと、生前の彼女の素朴さが見事に調和していた。町の人々は初め、天使を目の前にして驚きを隠せなかったが、彼女が優しく笑いかけるとすぐに安心した表情を見せ始めた。


炊き出しの場は暖かな空気に包まれていた。湯気を立てるスープの甘い香りが鼻をくすぐり、焼きたてのパンがふんわりと香ばしい香りを辺りに漂わせる。冷え切っていた町の空気が、料理を通じて少しずつ和らいでいくようだった。


「お姉ちゃん、本当に羽根が生えてる!」


子供たちは初めて見る天使に目を輝かせ、興味津々にエレオノーラの周りに集まった。彼女は優しく微笑みながらその翼を少し広げ、子供たちが触れるのを許した。純白の羽根の柔らかさに子供たちは歓声を上げ、それを見た町の大人たちも、久しぶりに微笑んだ。


料理を口にした人々の表情は一様に和らぎ、まるで心の傷が少しずつ癒されていくようだった。老婆が涙を拭いながら「久しぶりに笑ったよ。ありがとう」と呟き、絶望に沈んでいた若い男性が一口食べるごとに生気を取り戻すのを慶一郎は感じた。母親に抱かれていた赤ん坊も料理の香りに泣き止み、穏やかな寝息を立てていた。


「料理で世界を変える」という理念が、ここに小さくも確かに実現されていた。慶一郎とエレオノーラは互いに視線を交わし、その喜びを静かに共有していた。


---


料理を終え、束の間の休息を取る仲間たちの輪の中に、自然とエレオノーラも加わった。


サフィは彼女に駆け寄り、素直な笑顔を見せた。


「エレオノーラさん、戻ってきてくれて本当に嬉しいです!」


レネミアは天使という特別な存在への敬意と、一人の女性としてエレオノーラを想う友情との間で葛藤していた。だが最終的に彼女は穏やかな笑みを浮かべ、その迷いを振り払った。


マリエルは自分と同じく神聖な存在としてのエレオノーラに特別な親近感を抱いていた。祈るような眼差しで見つめながら「あなたが傍にいるだけで、私も心強いです」と囁いた。


ナリは学者としての好奇心が抑えきれず、興奮を静かに抑えながらも「天使という存在、これは実に興味深い現象だ」と瞳を輝かせていた。


カレンとアベルは戦士として、天使という守るべき新たな対象を見出し、静かな決意を秘めてエレオノーラの側に控えた。


仲間たちそれぞれの心に新たな絆が結ばれていく。


---


町の片隅に設けられたエレオノーラの墓標の前で、一同は静かな黙祷を捧げた。天使として蘇った彼女自身もまた、生前の自分を悼むように祈りを捧げていた。


「私の分まで、皆を幸せにしてください」


彼女の声は静かで穏やかだった。犠牲となった全ての人々のために灯された小さな蝋燭が揺れ、温かな光が辺りを満たしていた。


死を無駄にせず、新たな決意を胸に刻むために、慶一郎たちは改めて祈りを捧げた。戦いを経て深まった絆を胸に、新しい世界へと歩みを進めていく決意が、静かに彼らを包んでいた。


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