調和の聖餐
「私も一緒に作らせてください」
エレオノーラの透き通った美しい声が響き渡った瞬間、謁見の間は優しい光に包まれた。重苦しい石壁と暗い空気は薄れ、神聖な厨房へと生まれ変わる。
黄金色に輝く調和の炎が台座に灯り、その炎に導かれるように食材が自ずと光を帯び始めた。天使となったエレオノーラが手を伸ばすと、彼女の指先から溢れる光の粒子が食材に優しく降り注ぐ。
「私の想い、皆への愛を込めて……」
慶一郎も深い感動を胸に秘めながら、丁寧に食材を手に取った。下処理をするその指先は震え、目には静かな涙が滲んでいた。
マリエルが静かに祈りを捧げる。
「神よ、この料理に祝福を」
レネミアは王女としての気品を保ちながら、優雅な所作で慶一郎を補助し、サフィは純粋な瞳で応援した。ナリは驚嘆を隠さず、学者としての好奇心で状況を凝視している。カレンとアベルは背後で警戒を続けながらも、この奇跡をじっと見守っていた。
こうして完成したのが、純白の皿に盛りつけられた、神々しく光り輝く一皿——『調和の聖餐』だった。
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完成した聖餐を手に、エレオノーラは静かにザイラスの元へ歩み寄った。
「ザイラス様、どうかお召し上がりください」
ザイラスの瞳に一瞬の動揺が走る。心の奥底で封じ込めてきた、失われた家族への記憶と深い悲しみが、聖餐の香りによって再び呼び覚まされたのだ。
「こんなもので……私の信念が変わると思うか?」
しかし彼の手は微かに震え、表情に苦悩が滲む。慶一郎が静かに言葉を添える。
「これが俺たちの答えだ」
謁見の間が完全な静寂に包まれ、ザイラスはついに決心を固め、小さく震えた手でスプーンを取り、料理を口に運んだ。
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料理を口にした瞬間、ザイラスの視界が眩しい光に包まれた。鮮やかな映像が洪水のように流れ込んでくる。
最初に見えたのは、幼いエレオノーラが孤児院で手を火傷した子供に優しく包帯を巻く姿だった。
『もう大丈夫、すぐ治るわよ』
その柔らかい微笑みは、彼女の慈悲深さを物語っていた。
次には、慶一郎に初めて出会った瞬間が映し出された。彼が料理を差し出した時、胸が高鳴り、頬を紅潮させた少女の初恋がそこにあった。
『こんなに温かくて優しい味、初めて……』
そして、戦争のさなか、傷ついた敵国の兵士にさえも料理を分け与える慈悲深いエレオノーラの姿。
『料理は敵も味方もないのです。誰もが幸せになるためのもの』
これらの記憶を受け取ったザイラスの心が激しく揺れ動く。
「私は……なんということを……」
美しく純粋な記憶に触れ、自分がいかに間違っていたかを悟り、ザイラスはついに涙を流し崩れ落ちた。
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ザイラスの意識に、さらに鮮烈な過去が蘇った。彼の幼少期、戦火に飲まれた故郷の記憶だ。
燃え盛る炎の中、必死に母の名を叫び続ける幼いザイラスの姿。助けを求める妹の声も、彼の腕の中で消えゆき、その悲しみが歪んだ秩序への執着を生み出してしまったのだ。
『もう誰も失いたくない。そのためには、強制的な秩序しかない……』
だが今、その信念が大きく崩れ去った。
「私は……もう一度間違えてしまったのか……」
ザイラスは膝から崩れ落ち、慶一郎とエレオノーラに心の底から謝罪をした。
「許してくれ……君のような美しい魂を殺してしまった……」
その姿を見て、サフィは目を潤ませながら呟く。
「ザイラスさんも本当は優しい人だったんだ……」
レネミアは感嘆のため息を漏らす。
「これが真の統治の理想……私も学ばねば」
ナリは驚嘆を隠せないまま呟く。
「記憶の共有……理論を超えた現象だ」
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慶一郎は静かにザイラスへ手を差し伸べる。
「もう過去は問わない。新しい世界を、一緒に作ろう」
ザイラスは深い感動と共にその手を握り返す。
エレオノーラも柔らかく微笑んだ。
「今度は離れません。ずっと、あなたのそばにいます」
ザイラスは「記憶を封じた国家」について語り始めた。料理に記憶を宿すことを禁じたその国の、異常な統治体制と恐ろしい支配者の存在を。
それを聞いた慶一郎の瞳に新たな決意が宿る。
「次の目的地はそこだ。俺たちの料理で世界を変える」
エレオノーラは天使の翼を広げ、彼の手を優しく握りしめた。
「料理は、記憶と愛を繋ぐ架け橋。それを世界に伝えましょう」
調和の炎は新たな輝きを放ち、一行の結束はさらに深まった。ザイラスとその配下も新たな仲間となり、大きな戦いへの希望に満ちた旅立ちが幕を開けるのだった。
慶一郎は天使となったエレオノーラと共に、今度こそ世界を変えると誓った——。




