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墓前の誓い


夜明け前の空は、紫と灰色が織り交ぜられた繊細なグラデーションで満たされていた。薄白く漂う朝霧は墓標の輪郭をぼかし、世界を儚い夢のように包み込む。


慶一郎の足音が、湿った土を踏みしめるたびに微かに響く。その音は重く、何かを引きずるように深い。朝露を纏った野花が墓標の周囲に咲き、紫や白の小さな花びらは、震える炎の灯りを浴びて宝石のように煌めいた。


墓前で調和の炎が弱々しく揺らめく。香り立つ湿った土と野花の甘い香りに包まれながら、慶一郎は静かに墓標の前で膝をついた。


彼が手を触れた石肌は、ひどく冷たかった。


---


墓標に触れた瞬間、慶一郎の意識が激しく揺れた。まるで深い海に突き落とされたかのように、視界がゆがみ始める。


『ずっと、ずっと……あなたを愛しています……』


エレオノーラの声が、鮮明に蘇る。それは彼女の唇の冷たさと、かすかな温もりを伴っていた。震える彼女の最後の微笑み、そして閉じられた瞳が、まるで目の前に再現されるようだった。


吐き気が襲った。胃の奥からこみ上げる苦い唾液が口の中を満たし、全身から冷や汗が噴き出す。震える手で口元を押さえながら、膝が力なく土へと沈み込む。


「また俺は……守れなかった……」


前世の記憶が頭をかすめる。背後からの銃弾、無力に倒れる自分。あの日のように、またも大切な人を守れなかった。


胸を引き裂くような痛みが全身を襲い、止まらない嗚咽が彼を苛んだ。


---


孤独な絶望に沈む慶一郎の肩に、柔らかな手がそっと置かれた。


「慶一郎、一人で抱え込まないで……」


レネミアだった。王女としての気品を保ちながらも、彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいる。


さらに静かな足音と共にマリエルが近づき、膝をついて祈りを始める。その静謐な祈りの言葉が、周囲の空気を清浄で穏やかなものへと変えていく。


「神よ、彼の心に安らぎをお与えください……」


背後からサフィが涙を流しながらも明るく声をかける。


「エレオノーラさんも、絶対見守ってくれてるよ。だから、みんなで頑張ろう?」


純粋な励ましの言葉が、じわりと胸に染みていく。その隣からナリが冷静な口調で現状を告げる。


「立ち止まる時間はありません。彼女の分まで、生きてください」


背後に控えるカレンとアベルは何も言わず、ただ静かな決意を込めて立ち尽くしていた。その気配がどれほど頼もしく感じられたことだろう。


---


その瞬間、ふと風が優しく吹いた。深い霧が一瞬だけ散り、墓前の野花がそっと揺れる。調和の炎が一瞬、明るく暖かな光を放つ。


そして、彼の耳元に囁くような懐かしい声がかすかに響いた。


『慶一郎様……』


はっとして顔を上げる慶一郎。だがそこには誰もいない。ただ確かに感じたのは、胸の奥に広がる温かな感覚だった。


「君が……そばにいるのか?」


慶一郎は呟き、調和の炎へと視線を戻した。その炎は新たな輝きを帯び、強く安定した光を放っている。


---


慶一郎は墓標を見つめ直し、震える声で呟いた。


「エレオノーラ……すまない。俺は、君を守れなかった……」


しかし、その言葉の後に強く唇を噛み締め、目を強く閉じる。


「でも、君の想いは絶対に無駄にしない」


徐々に彼の声に力が戻る。彼の心境に呼応するように、調和の炎が黄金色に輝きを増していく。


「君の分まで、俺が世界を変える。料理で、この世界を救う」


そして、ゆっくりと立ち上がり、墓前を見据えながら誓った。


「ザイラス……今度こそ、決着をつける」


その誓いを口にした瞬間、調和の炎が爆ぜるように大きく燃え上がり、周囲の霧を温かく照らした。その光はまるで彼の決意を祝福するかのように、神々しく輝きながら世界を明るく包み込んだ。


---


この誓いを胸に、慶一郎は新たな一歩を踏み出すのだった。

次なる戦いと真の調和を求めて――。


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