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最後の晩餐(第1部 / 希望の晩餐)


 東方帝国首都、黄金龍都の中心街。ゆっくりと空を染める夕闇の中、無数の灯籠が鮮やかな黄金色の光を灯しはじめ、街全体が温かな光に包まれていく。


 その街の中でも特に豪奢な酒店『金鳳楼』は、深紅の柱に黄金の龍をあしらった絢爛な旗が夜風に優雅に揺れている。扉の前に立つ慶一郎は、静かにその旗の揺らぎを眺めていた。


 扉の隙間から漏れる繊細な香辛料の香りや、厨房の音が彼の胸の鼓動を優しく鎮める。


(料理で、俺はみんなを繋ぐんだ――)


 そっと扉を押し開けると、温かな空気が彼を迎え入れる。濃厚な肉汁の香りと焼きたてのパンの芳ばしさが絶妙に絡み合い、彼の緊張をさらに和らげた。


 中に入ると、丸いテーブルが美しく整えられ、金細工を施した食器が柔らかなろうそくの明かりを受けて煌めいていた。


「慶一郎、準備は万端よ!」


 厨房から飛び出してきたサフィは元気いっぱいで、頬には赤みが差し、エプロンには微かなソースが跳ねていた。


「ありがとう、サフィ。君がいなければ間に合わなかったよ」


「当然よ!あなたを支えるのは私の役目なんだから」


 彼女の明るい笑顔に、慶一郎は勇気づけられた。


---


 間もなくして、外がざわめき、ベルナルド率いる西方神教連盟の代表団が厳かな表情で現れた。ベルナルドの横には若き聖職者アベルが、心配げに辺りを見回している。


「ここで本当に和平が成立するのか?」


 ベルナルドの懐疑的な声に、アベルは静かに頷いた。


「慶一郎様の料理なら、きっと……」


 一方、リュウゲン率いる東方帝国使節団も入場し、緊張感を隠せない表情のまま席につく。その中にはナリの姿もあった。彼は鋭い視線で会場内を観察しつつ、小さな声で慶一郎に囁いた。


「問題はありません。警備も万全、情報収集も順調です」


「ありがとう、ナリ」


 続いて、レネミア王女、聖女マリエル、騎士カレンが静かな足取りで入ってきた。レネミアは慶一郎に優しく微笑みかけると、マリエルやカレンと視線を交わしながら穏やかな表情で席についた。


「本当に平和が訪れるのね……」


 レネミアが安堵の息を漏らすと、マリエルも静かな微笑みで応える。


「慶一郎様ならきっと叶えてくれます」


 そして最後に、深紺のローブを纏ったエレオノーラが入室した。彼女は落ち着いた表情で慶一郎を見つめ、安堵の色を瞳に浮かべた。


「来てくれてありがとう、エレオノーラ」


 慶一郎が小声で声をかけると、彼女は控えめに頷いた。


「あなたの料理を信じているわ。だからこそ、私はここにいるの」


---


 晩餐が始まった。


 慶一郎が心を込めて仕上げた『真なる調和のシチュー』が、ついに食卓に運ばれる。透き通った美しいスープは淡い金色を帯び、立ち上る湯気は温かな調和の香りを放つ。食卓の全員が一瞬息を呑んだ。


「……これは」


 ベルナルドがゆっくりと口に運ぶ。柔らかな肉の旨味が舌を包み、野菜の甘味とハーブの芳香が彼の身体を満たす。


「これは、敵も味方もない……ただの、温かい味だ」


 エレオノーラも静かに口をつけ、瞳を閉じてその味を噛み締めた。


「……心が解きほぐされるよう。初めて本当の平和を感じるわ」


 リュウゲンも、周囲の重臣たちも同じように感嘆し、次第に表情が和らぎ始める。


 レネミアが優しく慶一郎を見つめ、小さく微笑んだ。


「あなたがいてくれたから、ここまで来られたのね」


 マリエルも微笑んだ。


「ええ、私たちはもう、ずっと一緒です」


 カレンも穏やかに頷き、アベルは静かに師であるエレオノーラを見つめ、深い安心感に包まれていた。


---


 晩餐が終わり、参加者が帰路につこうと外に出た時、空には美しい星空が広がっていた。

 澄んだ夜風が頬を撫で、参加者の誰もが穏やかな希望を胸に抱いていた。


「平和は近い、もう二度と戦争は起こらないだろう」


 ベルナルドが静かな声で呟くと、リュウゲンも頷いた。


 だがその時、ナリが鋭く目を見開き、慌てて慶一郎に駆け寄った。


「待ってください、これは――」


 次の瞬間、闇に包まれた街道から無数の足音が響き始め、鋭い金属音が冷たい夜気を切り裂く。平穏だった夜の空気が一瞬で緊張へと変わった。


「ザイラス……!」


 エレオノーラの顔が蒼白になり、慶一郎は咄嗟に彼女をかばうように立ちはだかった。


 希望に満ちていたはずの夜は、一転して戦慄と絶望に覆われようとしていた――。



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