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和解と裏切り(第3部 / 狂気の足音)


 昼間の穏やかな光が徐々に薄れ、夕暮れの帳が黄金龍都をゆっくりと包み込んでいく。空は深い藍色と燃えるような朱色が複雑に混ざり合い、まるで天そのものが不安を予感しているかのように揺れていた。


 そんな落ち着かない空の下、砦の薄暗い執務室では、アベルが蒼白な顔でザイラスの前に立っていた。


「ザイラス様、本当にエレオノーラ様を『裏切り者』として捕らえるのですか……? 彼女はずっと、秩序のために献身してきた方です」


 アベルの声は微かに震えていた。彼の胸にある敬愛と信頼が、目の前の現実を必死に否定していた。


 だがザイラスの瞳には、一切の慈悲や躊躇いはなかった。


「秩序とは、完璧で一切の乱れを許さぬものだ。彼女はすでにその秩序を乱した。それ以上に理由が必要か?」


 ザイラスの声は冷え切った鋼のようで、暗く陰った部屋の空気をさらに冷やしていく。アベルの唇が震え、小さく呻くような声が漏れた。


「ですが、彼女の行動には理由があるはずです……」


「理由など関係ない」


 ザイラスが鋭く言い放ち、その目に狂気じみた光が宿った。


「秩序に反する者は排除する。それこそが我々の絶対の使命だ。……お前もまた、その使命を全うするのだ、アベル」


 アベルは息を呑み、拳を強く握り締めた。師エレオノーラへの深い忠誠と、自身が信じてきた秩序との狭間で、彼の心は激しく揺れていた。


 窓の外からは、夕闇が音もなく忍び寄ってくるのを感じる。深い森のざわめきがかすかに響き、彼の心をさらに掻き乱していくようだった。


 ――その頃、黄金龍都では、慶一郎たちが夕暮れの屋台を囲んでいた。


 鍋から立ち上る湯気は、夕陽を浴びて柔らかく赤く輝き、その周囲を幸せそうな笑顔が包んでいる。エレオノーラもまた、その中で穏やかに微笑んでいた。彼女の瞳は明るく澄み、これまで感じたことのないような安らぎに満たされているようだった。


「皆さん、私は正式に秩序陣営との和平交渉を申し入れます。混乱を終わらせ、互いに理解し合える未来を目指したいのです」


 エレオノーラが穏やかに、しかし決意を込めて言うと、皆が真剣な眼差しで頷いた。その時、急ぎ足で駆け寄るリュウゲンの姿があった。


「……慶一郎、少々まずいことになった。東方帝国の武断派が動き出している。今の混乱に乗じて、自らが覇権を握ろうとする者たちだ」


 その言葉に、一同の表情が引き締まる。慶一郎がエレオノーラの方を向き、小さく頷いた。


「俺たちが平和を願うほど、それを壊そうとする者も現れるのかもしれない。でも、それでも俺たちは諦めない」


 慶一郎の言葉に、エレオノーラが力強く微笑む。だがその刹那、鋭い足音が石畳を叩き、場の空気を引き裂くように数名の秩序騎士が姿を現した。その先頭に立つ騎士が声高らかに叫ぶ。


「エレオノーラ様、あなたを秩序を乱す裏切り者として拘束します! 抵抗なさらぬよう!」


 突然の宣告に、空気が凍りついた。エレオノーラはその場に立ちすくみ、慶一郎が咄嗟に彼女を庇うように前に立つ。


「何の根拠がある? 彼女が何をしたというんだ!」


 だが騎士たちは返答すらなく、剣を抜き放ち、じりじりと距離を詰めてきた。剣が鞘から抜かれる冷たい金属音が空気を震わせ、周囲の市民たちも怯えて後ずさる。


 その時だった――背後の薄暗い路地から小さく震えた声が響いた。


「エレオノーラ様! 逃げてください!」


 そこには息を切らしたアベルが立っていた。彼の瞳は葛藤と涙で潤んでいる。騎士の一人がアベルを見つめ、激しい怒りを顕わにする。


「アベル、お前まで裏切るのか!」


「私は……私はただ、師を失いたくないだけだ!」


 アベルが声を張り上げた瞬間、騎士たちが一斉に駆け出した。混乱が広がり、夕暮れの穏やかな空気は瞬く間に引き裂かれる。


 慶一郎はエレオノーラの手を強く掴み、仲間たちに叫ぶ。


「早く、逃げるぞ!」


 背後から剣戟の音が響き、空気は急激に緊張に満ちていく。仲間たちはエレオノーラを守るように固まり、逃げ道を探して必死に走った。


 冷たい夜の風が肌を刺すように吹き抜け、湿った石畳が足を滑らせる。心臓が激しく鼓動し、乱れた呼吸が互いの恐怖を伝え合った。追手の怒号が耳に響き、街並みは薄暗い迷路のように彼らを追い詰める。


「……みんな、ごめんなさい。私のせいで」


 エレオノーラが息を切らしながら詫びると、慶一郎が力強く返した。


「謝らないでくれ。君を絶対に守る、それだけだ」


 その言葉に、エレオノーラの目から静かな涙が零れ落ちる。それは恐怖からではなく、慶一郎への深い信頼と感謝からだった。


 だが、その感動も束の間、背後から急激に近づく騎士たちの気配が彼らを襲う――。


 狂気に満ちた追手の足音は、容赦なく迫り、彼らの希望を飲み込もうとしていた。


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