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調和の炎(第3部)


空は激しい雷鳴と光が交錯し、神々の言い争う声が怒涛のように大地を震わせていた。


黄金龍都の中央広場には、逃げ惑う人々の悲鳴と共に、濃密な緊張感が渦巻いている。空気は湿気を帯び、汗と雨が混じった重苦しい匂いが漂う中、慶一郎は静かに空を見上げていた。


「神々の論争は止まる気配がない……このままでは世界が壊れてしまう」


その時、フィオネアが天の一角からゆっくりと降りてきた。その姿は、夜空に浮かぶ月明かりよりも柔らかく、清廉な輝きを放っていた。彼女が地面に降り立つと、周囲の空気が静かに震え、穏やかな風が髪をなびかせる。


「慶一郎。あなたの料理は、私たち神々の心に深い衝撃を与えました。人間が調和をこれほどまでに理解するとは、想像を超えていました」


その透き通った声は心地よく、周囲の喧騒が一瞬にして遠のいた。


「フィオネア……?」


フィオネアは両手をそっと差し伸べると、その掌に小さな輝きを灯した。美しい虹色の炎が揺らめき、見る者すべてを惹きつける神秘的な輝きを帯びていた。


「これは『調和の炎』です。私たち神々ですら直接触れることの難しい、世界の調和そのものを宿した神聖なる炎。今、あなたに託します」


フィオネアの手から浮かび上がった虹色の炎は、まるで命ある生き物のようにふわりと舞い、ゆっくりと慶一郎の胸元へと導かれた。


炎が彼の手に触れた瞬間、指先から全身を包む温かく優しい熱が広がり、慶一郎の瞳には思わず涙が滲んだ。


(これは……炎なのに、熱いのに、こんなにも優しい――まるで母の手のようだ)


「この炎をもって、真の調和を世界に示しなさい。調和を超え、人と神が共に歩むことができる未来を――あなたが示してみせてください」


フィオネアの表情には、慈愛と深い信頼が込められていた。慶一郎は胸元の炎を強く握りしめ、はっきりと頷いた。


「ありがとうございます、フィオネア様。必ず、この炎で世界に真の調和を示します」


---


広場の中央に即席で設置された調理場で、慶一郎は早速『調和の炎』を使った料理を作り始めた。仲間たちが見守る中、彼は深く息を吐き、自分の中のすべてを込めて料理に集中する。


炎は静かに燃え上がり、包丁が食材を切るたびに、クリアな音が軽やかに響いた。


野菜は鮮やかに色を変え、肉は絶妙な火入れで艶やかな光を放つ。神秘的な虹色の炎が食材に触れるたびに、甘く芳醇な香りが立ち昇り、広場にいる誰もが思わず息をのんだ。


「これは……匂いだけで幸せになってしまうような……」


サフィが思わず感動の声を上げる。マリエルも手を胸に当て、祈るように目を閉じた。


「慶一郎様……神が人に与えた、本物の奇跡です」


最後にペッパーミルを手に取り、マリエルが授かった神聖な胡椒の粒を優しく砕きながら振りかける。胡椒の粒が炎に落ちると、まるで星が生まれるように小さな煌めきを放ち、料理は一気に完成へと近づいた。


慶一郎は静かに鍋を混ぜ、深く香りを吸い込む。胸いっぱいに広がる香りは、豊かな大地の恵み、清らかな水の流れ、穏やかな風のそよぎ、そして母が遺した温もり――それらすべてを含んだ、完璧な調和そのものだった。


「完成だ……『真なる調和のシチュー』が」


そう呟くと、空に轟く神々の議論すら、一瞬静まり返ったように感じられた。


---


完成したシチューを神々の前に差し出すと、フィオネアが最初にひと匙口に運んだ。


スプーンが唇に触れた瞬間、彼女の表情は驚きに満ちた笑顔に変わった。淡い涙がその頬を伝い、彼女は静かに頷いた。


「この味は――人も神も隔てることのない、真にして究極の調和。この料理こそ、私たちが長く探し求めてきた答えかもしれません」


次に口にしたエウリュディケの厳しい表情が一瞬にして和らぎ、彼女は戸惑いと感動に揺れる瞳で慶一郎を見つめた。


「これが……真なる調和……。私が追い求めてきた秩序とは別の……優しい世界だというのか……」


そのとき、空に轟いていた神々の議論は徐々に鎮まり、黄金龍都を包む嵐は静けさを取り戻し始めていた。


慶一郎はゆっくりと深呼吸をし、胸の中の『調和の炎』を感じ取る。虹色の炎は今や彼の心臓の鼓動と共に静かに燃え続け、彼自身の存在と一つになっていた。


――しかし、この奇跡があってもまだ世界には混乱が残り、解決しなければならない問題が山積みだった。


慶一郎は広場に集まった仲間たちを見回し、決意を新たにする。


「調和の炎を授かった今、俺たちの使命は明確だ。これからが本当の戦いになる」


神々の間に生じた束の間の静寂の中で、彼の胸の虹色の炎は静かに、しかし確かな希望のように燃え続けていた。


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