調和の炎(第1部)
――その日、黄金龍都の空は、まるで世界の終焉を告げるように赤く燃え上がった。
分厚い雲が幾重にも折り重なり、大地を覆い隠していく。地の底から響く低い唸りに、人々は胸を押さえながら空を仰いだ。遠くの山々から雷鳴が轟き、大地が震え、人々の不安を掻き立てる。
「一体……何が起きているんだ」
慶一郎は激しく揺れる屋台を必死で支えながら、炎のような空を睨みつけた。心臓が激しく打ち震えている。
街は瞬く間に混乱に包まれた。人々の悲鳴や叫び声が渦巻き、混沌が支配していた。
「慶一郎!」
そこへ息を切らせたカレンが走り寄ってくる。額に浮かぶ汗が緊迫感を物語っていた。
「世界各地で異常現象が起きているわ。西方神教連盟の都市では巨大な竜巻が街を破壊し、東方帝国でも火山噴火が止まらない状況よ……」
「なんてことだ……」
慶一郎が唇を噛み締めると、震える彼の肩にサフィがそっと手を添えた。
「大丈夫だよ、慶一郎……君なら、きっと何とかできる」
その時、混乱する群衆をかき分けてレネミア王女が真剣な眼差しで駆け寄ってきた。
「慶一郎様、大変なことになっています……帝国皇帝からの伝令です。西方神教連盟はこの混乱を利用し、さらなる攻撃を企てているとか……私、どうしたら……」
レネミアの声は震え、彼女の瞳には王女としての責任と、一人の少女としての不安が入り混じっていた。
「大丈夫、レネミア。君は誰よりも強い王女だ。君がいるから、この街はまだ耐えられるんだ」
慶一郎の落ち着いた言葉に、レネミアは頬を染め、小さくうなずいた。
そこにナリが素早く地図を広げながら割り込んだ。
「世界各地の異常現象は偶然ではありません。これは……明らかに神々の干渉です。西方と東方、それぞれの神が争いを始めたと推測できます」
ナリの言葉が終わるや否や、突如、空が強烈な閃光に引き裂かれた。
眩しさに目を閉じた次の瞬間、黄金龍都の中央広場に女神フィオネアが静かに降り立った。純白の衣は黄金色の光を纏い、彼女の豊かな髪はまるで星のように煌めいていた。
「人々よ、私は調和の女神フィオネア。今、神々の間にも争いが起きている。このままでは世界は破滅へと向かう……」
彼女の表情には慈愛と深い憂いがあった。しかし、その言葉を遮るように冷たい怒声が響く。
「戯言を言うな、フィオネア!」
黒銀の衣装を纏った女神エウリュディケが空から降り立ち、その冷たく鋭い視線で周囲を圧倒した。
「甘い調和が世界を腐らせるのだ! 我々神々の絶対的秩序こそ、混乱を収める唯一の道だ!」
エウリュディケの声は威圧的で、民衆の恐怖を煽った。さらには、空の隅から気だるげな若い男の声が響く。
「また争いか……疲れるなぁ、君たちは……」
穏健派の神アトレウスが呆れたように肩をすくめ、空の片隅で様子を眺めていた。
黄金龍都の人々は神々の圧倒的存在感に凍りつき、誰も身動きが取れなくなった。その混乱の中、慶一郎だけは震える手を握りしめ、真っ直ぐに神々を見上げていた。
(こんな時こそ俺にできることは……料理しかない!)
彼の背後から、震える小さな声が響く。
「慶一郎様……」
振り向くと、マリエルが祈るように両手を胸に当て、涙を堪えていた。
「あなたの料理は、神をも動かす力があります。どうか、世界にもう一度希望をもたらしてください」
マリエルの真剣な言葉に胸が熱くなる。慶一郎は静かに頷くと、大鍋に火を灯し、調理を始めた。
周囲の人々は、神々の威圧の中で動けずにいたが、慶一郎がスープを煮込む香りが広がると次第に表情が和らぎ始めた。柔らかな湯気が人々の心に安堵を運び、怯えた子供たちが母親に抱きつく光景があちこちで生まれた。
「慶一郎……」
サフィが笑顔を見せて隣で手伝い始め、カレンが剣を握ったまま周囲を守った。
「お前ならやれる!」
ナリも力強く眼鏡を押し上げる。レネミアも静かな覚悟で微笑んだ。
神々の争いと天地の動乱のただ中で、小さな料理人が新たな希望の炎を灯し始めた。
――こうして慶一郎たちは、迫りくる神々との対話と世界を救うための新たな冒険へと踏み出していくのだった。




