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神々の直接介入(後編)


 黄金龍都の夜風はひんやりと肌を撫で、胸の奥に眠る微かな焦燥をかき立てた。慶一郎は調理台の前で、母の古びたレシピ帳をじっと見つめていた。その懐かしい筆跡に宿る温もりが、胸にじんわりと広がっていく。


「ねえ、慶一郎……」


 サフィが控えめに袖を引く。その指先の震えが、彼女の不安を伝えていた。


「本当に、大丈夫なの? どんな神様だって説得できるんでしょう?」


「……わからない。ただ、俺にはこれしかないんだ」


「あなたらしいわね」


 カレンが凛とした声で告げると、静かな勇気が胸に灯った。


「ひとりじゃないよ、慶一郎」


 ナリは鋭い視線で地図を広げながら言った。


「北方のベルナルドが来ているなら、敵の意図を読み違えないようにしないと」


 しかしマリエルは沈黙を守り、ただそっと祈りを捧げている。その閉じられた瞳の奥に秘められた葛藤を、慶一郎は痛いほど感じていた。





 フィオネアの報告を受け、慈愛の女神エウリュディケは静かに眉をひそめる。


「自由な心、それこそが美しいのです」


 しかし秩序の神アトレウスは冷ややかに応じた。


「自由は混沌を招く。導かねば人間は自ら滅ぶだろう」


 フィオネアは二柱の対立を前に、胸が締め付けられるような悲しみを覚えていた。





 ヴァレンティア王女セシリアとレネミアは、静かな宮殿の一室で対峙していた。


「私たちが手を取り合えば、この混乱を止められるはず」


 セシリアの真っ直ぐな言葉に、レネミアの瞳は揺れた。


「ええ、わかっています。ただ……」


 彼女の胸を締め付けるのは、国家の重責だけではなかった。


「慶一郎様を、心から愛してしまったから……私の王女としての覚悟が揺らいでしまうのです」


 その吐露は苦く、胸を刺すほどの痛みを伴った。


「レネミア……」


「ごめんなさい、セシリア。でも私はきっと、両方を諦めることはできません」


 微かな涙を瞳に浮かべたまま、彼女は窓辺を見つめ続けた。




 北方の鋼の将ベルナルドは、厳しい表情で慶一郎を睨んだ。


「調和などという甘い幻想こそ、世界を壊すのだ!」


「俺は、ただ人が笑顔になる料理を作るだけだ」


 その時、緊迫した空気を裂くように、見習い聖職者アベルが息を切らして飛び込んできた。


「慶一郎さん、大変です! ザイラス司教が……禁忌の神獣召喚を始めています!」


 その言葉に周囲が凍りつく。ナリはすぐさま地図に視線を落とし、素早く情報を整理し始めた。


「神獣が召喚されれば、黄金龍都はひとたまりもない……」




 その緊張を破ったのは、静かに現れた元貴族学者エルマーだった。


「調和のポトフの効果は、人間のみならず魔獣にも及ぶ。だが、神獣レベルの存在に対しては別次元の調整が必要だ」


 彼の知識は明晰で、論理的に秩序立てられていた。


「具体的には……?」


「母君のレシピに秘められた、まだ見ぬ料理です。あなたがそれを作り出すことでしか、神獣を鎮める術はないでしょう」




 真夜中、再びフィオネアの神聖な光が黄金龍都を包んだ。


「慶一郎よ、今こそ真の料理を見出す時だ」


 優しい微笑をたたえながらも、その声音はどこか緊迫感を帯びていた。


「心の最も深き場所に、その答えはある。母の記憶、そしてお前自身の魂に触れよ」


 その瞬間、慶一郎の胸に秘められた感情が湧き上がり、思わず唇を噛み締める。




 空が薄く色づき始める頃、慶一郎は深呼吸をして仲間たちを見渡した。


「俺は決して諦めない。どんな神獣であろうと、俺の料理で必ず鎮めてみせる」


 その言葉を受け、サフィは微笑んだ。カレンの眼差しは静かな闘志に燃え、ナリは再び地図を確認し始めた。


「リュウゲン殿からも連絡があった。東方帝国は全面支援を約束している。シャオロン皇帝も、今や君の理念に共鳴していると」


 ナリの報告は希望を灯した。慶一郎は母のレシピ帳を強く胸に抱き締めた。


 朝焼けが地平線を美しく染め上げる。その暖かな光を受けながら、慶一郎は静かな声で告げた。


「行こう。世界を救う料理を作るために」


 彼の言葉は明確な決意と共に、黄金龍都の暁の空に溶け込んでいった。


――今ここに、新たな時代が幕を開けようとしていた。


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