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灰と再生の奇跡(後編)


 夜明け前の黄金龍都は、深く沈黙していた。冷気が皮膚を刺すように鋭く、人々は凍えながら毛布に身を包んでいた。広場には無数の難民がひしめき合い、その呻き声やすすり泣きが、闇に飲まれた街を覆っている。


 慶一郎は大鍋の前で、その責任の重さに震えていた。


「……一人では無理かもしれない」


 不安を隠せないその呟きを聞きつけ、セリュナが優しい眼差しを向ける。


「慶一郎、あなたはもう孤独ではありません。私も、ここにいる皆もいます。私の炎を使ってください」


 彼女は一瞬で巨大な龍の姿へと戻り、その銀色の鱗が朝霧の中で柔らかく煌めいた。広げられた翼が風を起こし、広場を包んでいた濃霧が晴れていく。


「あのドラゴン……前にも現れたぞ!」

「あの時の優しい龍だ。俺たちを助けに来てくれたんだ!」


 セリュナが慎重に炎を吹きかけると、巨大な鍋がみるみる熱を帯び、パチパチと軽やかな薪の音が響く。焚き火の香ばしい匂いが広場を満たし、凍えていた人々の表情がゆっくりとほころび始めた。


 慶一郎は母のレシピ帳を静かに開き、胸の高鳴りを鎮めるように深呼吸をした。骨付きの肉を入れ、ローズマリーに似た香草を加えると、鍋からは芳醇な香りが湧き立った。


 「神よ、この料理に祝福を……」


 マリエルが祈りを捧げる。彼女の清廉な祈りが湯気とともに天へ昇り、夜空に消えた。


 湯気は金色の朝陽に染まり、人々は配られた温かなスープを両手で包み込む。指先から伝わる熱さに、安堵のため息が漏れる。


「これは……懐かしい味だ」

「ああ……あの頃、まだ幸せだった頃の味だ……」


 戦場で深い傷を負い絶望していた兵士が一口スープをすすった瞬間、彼の目に生気が戻り、力なく垂れていた腕に少しずつ力が宿る。


 若い兵士は怯えた瞳を潤ませながら、自らを見失っていた悲しみがゆっくりと溶け出すように涙を流した。


「なあ、この味……昔、俺たちが故郷で食べたスープに似てるよな……」


 隣にいた老兵が優しく彼の背を叩き、頷いた。


「そうだ。戦う前の俺たちが笑い合って食べた、あの日のスープだ」


 孤児の一人が慶一郎に近づき、震える声で呟く。


「……お父さんみたい」


 その小さな囁きは、広場全体を優しく震わせ、多くの人々が涙した。


---


 その様子を密かに見守っていた密偵の一人が息を呑んだ。


「これはただ事ではない……料理だけで瀕死の人間が蘇った。至急、本国へ報告を……!」


 各国の密偵たちは驚きを隠せず、この奇跡を次々に記録し、世界中へと急報を走らせ始めた。


 そんな中、黄金龍都の城門に中立国ヴァレンティアの使者が現れる。使者の一人――セシリア王女が前に出て、レネミア王女に深々と頭を下げた。


「ヴァレンティア王国は、貴国および『奇跡の料理人』慶一郎様との正式な同盟を申し入れます」


 レネミアの瞳には決意が漲り、静かな力強さでその申し出を受け入れた。


 その時、人波を掻き分けて一人の女性が静かに姿を現す。顔を覆っていたヴェールを取り払ったその顔を見て、人々は息を飲んだ。


「エレオノーラ様……!」


 群衆がざわめく中、エレオノーラは震える手でスープを受け取る。その温かな器を持った瞬間、過去の記憶が鮮明に甦る――家族と過ごした幸せな日々、温かな食卓で交わされた愛情溢れる言葉……。


「なぜ……この料理が、こんなに私の心を揺らすの……?」


「エレオノーラ、料理は人を傷つける道具じゃない。人を繋ぐ力なんだ」


 慶一郎の静かな言葉に、彼女の瞳が揺れた。


「分かっています……けれど、まだ……私は私の信じる秩序を捨てられません」


 エレオノーラは静かに背を向け、苦しげな表情で人波に消えていった。


---


 夜が明ける頃、仲間たちが慶一郎を囲む。


 サフィはすっかり回復し、優しく彼の肩に手を置いた。


「慶一郎、あなたのおかげで私はまた生きられた。心からありがとう……」


 ナリも、長く抱えていた過去の傷がスープによって癒されたのか、久々に本来の明るい笑顔を浮かべていた。


「慶一郎のお料理、本当に魔法みたいね」


 レネミアは凛とした表情で声をかける。


「私はこの世界を救う責任を背負います。そのために、あなたの料理の力が必要です」


 その傍らでリュウゲンが厳しい顔を見せた。


「しかし、西方神教連盟の強硬派や帝国内の武断派も動いています。真の試練はこれからでしょう」


 慶一郎は皆を静かに見渡し、固い決意で口を開く。


「どんな試練が待っていようとも、俺は料理でこの世界を救ってみせる。みんなの力を貸してほしい」


 皆が力強く頷き合い、広場には静かな希望と強い絆が満ちていた。夜明けの光が黄金龍都を照らし、新たな奇跡の始まりを告げていた。


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