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分裂する神々(後編)


黄金龍都は、冷たい霧雨に包まれていた。細かな雨粒が宮殿の窓を濡らし、室内を青白い憂鬱で満たしている。


レネミアは部屋の奥で祖国からの密書を何度も見返していた。その指先は細かく震え、まるで薄氷を踏むかのようだった。


密書には簡潔な言葉で厳しい現実が告げられていた。


『西方神教連盟との全面的な断交。祖国は東方帝国との戦争状態に突入する』


「私は……どうすればいいの……」


レネミアは唇を噛みしめた。王女としての責務と慶一郎への恋情が鋭く胸を切り裂く。ふいに静かなノックが響き、東方帝国皇帝シャオロンが部屋に入った。


「レネミア殿、決断を迫られているようだな」


シャオロンの声は穏やかで優しかった。レネミアは彼の瞳を見つめ、ためらいながらも口を開く。


「皇帝陛下、私は祖国と愛した人の間で板挟みになっています。ですが――私は決めました」


彼女の瞳には決然とした輝きが宿った。


「私は王女として、料理による平和を守るために……ここに残り、この東方帝国と共に戦います」


シャオロンは静かな笑みを浮かべ、深く頷いた。


「その勇気ある決断、我が帝国は全力で支援しよう」


レネミアは胸を張り、雨に濡れた窓の外を見つめた。その表情にはもう迷いはなかった。


---


一方、黄金龍都の別棟では、慶一郎が厨房で湯気に包まれながら料理を試作していた。彼のそばで、サフィがゆっくりと目を覚ました。


「慶一郎さん……私、また迷惑かけちゃったね……」


サフィの声はまだ弱々しかったが、明らかに回復していた。慶一郎は柔らかな微笑みを向ける。


「サフィ、よかった。本当に……俺の料理で君を守れてよかった」


彼の瞳は温かく揺れたが、心の奥には静かな葛藤があった。前夜、マリエルからの切実な告白を受け止めたときの感触が、まだ胸に鮮やかに残っていたのだ。


(マリエルのこと、レネミア、サフィ……俺は一体どうすればいい?誰一人、傷つけたくないのに……)


彼の手元は一瞬震えたが、それを隠すように料理を再開した。


---


宮殿庭園の静かな祠では、マリエルが祈りを捧げていた。彼女は手にしたペッパーミルを強く握り締め、小さく呟く。


「神よ、あなたは私の愛を許してくださいましたが……私は慶一郎様を傷つけてしまったのでしょうか?」


祈りの最中、背後で静かな足音が聞こえた。振り返ると、そこにはカレンが立っていた。カレンの表情は穏やかだったが、その瞳には複雑な光が揺れている。


「マリエル、あなたの告白を聞いたわ。私も慶一郎を想う気持ちは同じだから……」


マリエルは微笑み、静かに頷いた。


「私は神の導きを信じています。でも、慶一郎様の心を無理に縛るつもりはありません」


二人の女性の間には、静かな共感と微かな緊張が入り交じっていた。


---


一方、西方神教連盟の聖堂では、エレオノーラが冷えた床に膝を突き、悲痛な祈りを捧げていた。


「神よ……私の心はなぜ乱れるのですか?料理は罪深きもののはずなのに、私はあの料理の味を忘れられないのです……」


その瞬間、騎士団長ゼオンが怒りを込めて扉を蹴破り、激昂した表情で彼女に詰め寄った。


「エレオノーラ様!その迷いが秩序を乱しているのです!即刻慶一郎を討伐せねば!」


エレオノーラは震えながらも毅然とした表情でゼオンを見つめ返した。


「ゼオン……これは私自身の問題です。私は私の答えを見つけるまで、誰にも手を出させません」


その背後では、穏健派聖女フィオナが静かに頷きながら見守っていた。


---


黄金龍都のドラゴン族居住区の奥深くでは、古老ヴァルガンが若きセリュナと向かい合っていた。老龍の目は深い哀しみに満ちていた。


「セリュナよ、人間は我らの力を利用するだけだ。なぜわからぬ?」


セリュナは静かに首を振り、真っ直ぐに古老を見つめ返した。


「過去に人間が我らを裏切ったことは知っています。ですが、慶一郎様の料理は違う。彼の味は……あの温かな記憶を呼び覚ましてくれるのです」


ヴァルガンの表情がわずかに和らいだが、その心にはまだ深い疑念が影を落としていた。


---


慶一郎は新たなレシピ帳のページをめくり、ふと指が止まった。そこには「灰と再生のスープ」と記されている。彼の胸に新たな決意が芽生えた。


「俺の料理が世界を分裂させているなら、俺の料理が世界を癒すしかない。俺は必ず、この混乱を止める」


外の雨はさらに激しくなり、暗く重い雲が世界を覆った。次に何が起きるか、誰もが緊張しながらその時を待っていた――。


そしてレネミアは王女として正式に東方帝国と同盟を結ぶ決意を発表し、西方神教連盟もエレオノーラの迷いとゼオンの強硬姿勢が混乱を深めていく中、新たな戦いの幕が静かに開けようとしていた。


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