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美食の龍、舞う(後編)


市場広場に降り立った巨大なドラゴンが眩い光に包まれる。周囲の人々は息を呑み、固唾を飲んでその姿を見守った。


やがてその光は柔らかく収束し、現れたのは美しい女性の姿だった。艶やかな銀髪が風に揺れ、瞳は淡い青で澄み渡り、どこか哀愁を秘めていた。


「人の姿を取った……!?」


「災厄のドラゴンじゃなかったのか……?」


衛兵隊も冒険者たちも構えた剣を震わせながら、呆然とその女性――ドラゴンを見つめている。


女性は静かに視線を上げ、慶一郎を見据えた。その瞳には微かな悲しみとともに、温もりへの渇望が滲んでいるように感じられた。


「私の名はセリュナ……エンシェントドラゴンの一族。あなたが作った料理の香りに誘われ、ここに来てしまいました」


その声は鈴の音のように澄んでいたが、どこか哀しい余韻を宿していた。


慶一郎は深く息を吐き、周囲の戸惑いをよそに穏やかな笑みを浮かべて言った。


「……腹を減らした客を拒んだことはない。ドラゴンだろうが人だろうが、俺にとって客は客だ」


その言葉に、市場の誰もが目を丸くしたが、やがて小さく囁き合った。


「さすが料理の英雄だ……」


「災厄のドラゴンすらも客にしてしまうのか……」


レネミア王女は不安げな表情を見せつつも、その瞳には確かな信頼が宿っている。


「慶一郎様、大丈夫なの?」


「心配ないさ。いつもどおりだ」


彼の背中を見て、マリエルは胸元で十字を切り、静かに祈った。


「神よ、どうか慶一郎様をお守りください……」


その横で、カレンは剣を鞘に納めながら微かな笑みを浮かべた。


「……本当に、慶一郎らしいわ」


そして背後からは、かすかに肩を支えられながら歩いてくるサフィの姿があった。


「サフィ……!」


驚く仲間たちに向かい、サフィはまだ青白い顔ながらも力強く頷いた。


「私だって、彼の料理を見届けたいのよ」


その言葉に慶一郎は胸が熱くなった。仲間の視線に背中を押され、彼は再び調理を始める。


慶一郎が取り出したのは、東方帝国特産の竜椒、黄金龍湖で獲れた新鮮な銀鱗魚、瑞々しい山菜。そして、かつて家族と囲んだ温かな食卓を思い出させるような優しい出汁の香りがふわりと立ち上った。


丁寧に出汁を取り、魚を炭火で香ばしく焼き、竜椒を砕いて鮮烈な香りを引き出す。その手つきはまるで舞のように美しく、周囲の人々は言葉もなく見惚れた。


やがて皿に盛り付けられた料理は、透き通ったスープの中に黄金色の魚身が浮かび、砕いた竜椒が彩りを添えていた。慶一郎はそれを静かにセリュナに差し出した。


「食べてくれ。君が忘れている何かを、この一皿で思い出せるかもしれない」


セリュナは微かに戸惑いながらも、その料理をそっと口に運んだ。次の瞬間、彼女の瞳が大きく揺れ、静かに涙が零れ落ちた。


「ああ……これは……」


彼女の心に蘇ったのは遥か昔、まだ人と龍が共に暮らしていた遠い過去の記憶だった。

龍族の森に人間の子供たちが遊びに訪れ、龍族がその子供たちに温かな料理を振る舞った。皆が笑顔で囲んだその食卓は、愛情と喜びに満ちていた。だが、その幸福はやがて忘れ去られ、龍と人はいつしか遠く離れてしまった――。


「こんな味を……私は、ずっと待っていた……」


震える声で呟くセリュナの姿に、市民も衛兵も驚きと感動の入り混じった表情で立ち尽くしていた。


彼女は涙を拭いながら、深く頭を下げた。


「私と龍族は、人との間に築いた絆を再び取り戻したい。どうか、あなた方と盟約を結ばせてほしい」


その瞬間、市場はざわめきと歓声に包まれた。かつての「災厄」と恐れられたドラゴンが、慶一郎の料理によって再び人間と絆を結ぼうとしている――それは奇跡としか言いようがなかった。


レネミアは驚きを隠せず、慶一郎の手をぎゅっと握った。


「慶一郎様……あなたの料理は、本当に世界を変えてしまうのね」


彼女の頬には感動の涙が伝い、マリエルもまた神に感謝を捧げるように微笑んでいる。


「神よ……これがあなたの望まれた光景なのですね……」


そんな二人を横目に、カレンは小さくため息をついて笑う。


「料理人に世界を任せるなんて、誰が想像したかしら」


サフィは微笑みながらも、静かに目を閉じて胸に手を当てた。


「……あなたなら、きっと世界を幸せにできる。私はそれを、最後まで見届けるわ」


慶一郎は仲間たちを見回し、強く頷いた。


「料理の力で、俺たちは世界を繋ぎ直す。それが俺のやり方だ」


黄金龍都の人々の歓声が空高く響くなか、慶一郎の心には確かな決意が刻まれた。

彼が掲げる料理は、もう争いを超えて人と龍の間にすら新たな絆を結んだのだ――。

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