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美食の龍、舞う(前編)


黄金龍都に訪れた朝は、まるで柔らかな金糸のような陽光が降り注ぎ、街のすべてを温かな光で包み込んでいた。


慶一郎は静かな客間でゆっくりと目を開ける。ふわりと漂う爽やかな香気に鼻をくすぐられ、窓から差し込む光が畳の上に優しい影を落としていた。


隣室からは微かな寝息が聞こえてくる。その柔らかいリズムは、まるで安心そのものを象徴するかのようだ。慶一郎は音を立てないように障子をそっと開き、隣を覗き込んだ。


そこにはサフィが穏やかな表情で眠っていた。前日まで蒼白だったその頬には血色が戻り、呼吸も安定している。慶一郎はその姿を見て深い安堵感を覚え、小さく微笑んだ。


廊下へ出ると、厨房のほうから小さな物音と微かな話し声が聞こえてきた。


「もう少し甘くしたほうが慶一郎様はお好きかしら?」


「あまり甘くしすぎると、体に良くないかもしれませんよ」


レネミア王女と聖女マリエルが小声で朝食の準備をしていた。レネミアは慣れない手つきで紅茶を淹れ、マリエルは慈愛に満ちた表情でパンを皿に盛りつけている。


彼女たちの姿を見ていると、戦乱のさなかにあるとは到底思えないほど平穏で優雅だった。


「おはようございます、慶一郎様」


カレンが厨房の戸口に立ち、落ち着いた声で挨拶を告げる。その背筋は真っ直ぐで、視線は穏やかだが鋭い。彼女は朝の巡回を終えたばかりのようだった。


「街は平穏よ。リュウゲン様の計らいで、帝国の衛兵が私たちの安全をしっかり守ってくれているわ」


カレンの報告に、慶一郎は安堵の笑みを浮かべる。


朝食の席には、すでにリュウゲンが落ち着いた面持ちで座っていた。


「おはようございます、慶一郎殿。お疲れは取れましたか?」


「おかげさまで。心配をかけました」


「いえ、こちらこそ。昨夜の『希望のスープ』の噂は、一晩で黄金龍都じゅうに広まりました。もはやあなたは『料理の英雄』ですよ」


リュウゲンは微笑みながら続ける。


「それで今日の提案ですが、街の市場で屋台を開いていただけませんか?我が東方帝国の特産食材を使い、あなたの料理の素晴らしさをより多くの市民に伝えたいのです」


慶一郎は興味深そうに頷いた。


「特産食材……?」


「ええ、竜椒りゅうしょうという東方独自の香辛料や、黄金龍湖の新鮮な魚介類です。特に竜椒は、強い辛味と深い旨味が特徴ですから、あなたならきっと見事な料理を生み出してくださるでしょう」


慶一郎の脳裏には新しい料理のアイデアが次々と浮かび、胸が高鳴った。


朝食を終え、慶一郎はレネミアやマリエル、カレンたちと市場へ向かう。街は昨夜とは全く異なる表情を見せていた。朝の露に濡れた石畳、青々とした植物の新鮮な香り、商人たちが威勢よく声をかける活気ある市場――その全てが、生き生きとした生命力に満ちていた。


リュウゲンが用意した市場中央の広場には、小さな屋台が並べられ、多彩な食材が所狭しと積まれていた。鮮やかな野菜、見たこともない巨大な魚、鼻を刺激する珍しい香辛料たちが眩しいばかりに輝いている。


慶一郎が包丁を取り出し、最初の食材を切り始めると、瞬く間に人々の視線が彼に集中した。


「あれが料理の英雄か?」


「そうよ、昨日奇跡のスープを作った人だって!」


市民たちの興奮が徐々に高まっていく。


その時、市場の入口から急に慌ただしい足音と悲鳴に近い叫び声が響いた。


「ドラゴンだ!エンシェントドラゴンが街に向かってるぞ!」


ざわめきは一瞬にして恐怖の静寂へと変わった。遥か上空を見上げると、雲間から巨大な影が市場に向かってゆっくりと近づいていた。


「全員避難せよ!冒険者ギルド、衛兵隊、至急防衛陣形を構築しろ!」


衛兵隊長の鋭い号令が飛び交い、人々は散り散りに走り始める。市場の空気が緊迫感で張り詰めるなか、冒険者や衛兵が次々と駆けつけ、街を守るための準備を迅速に整えていく。


しかし、慶一郎はその巨大なドラゴンの影をじっと見つめたまま、その場から動けなかった。なぜかこのドラゴンは襲いに来たわけではない――彼には直感的にそう感じられた。


「待ってくれ。あのドラゴン、攻撃する気じゃない気がする」


リュウゲンや仲間たちが驚いた表情で慶一郎を見る。彼の表情には確信めいた静かな力が込められていた。


ゆっくりと、市場の上空に近づいたドラゴンが旋回を始める。その巨大な影はやがてゆっくりと広場へ降り始めた。


ドラゴンが地面に降り立つと、周囲の空気が震えるように揺れた。その圧倒的な存在感を前に、人々は言葉も出せずに息を呑んでいる。


その巨大なドラゴンが静かに目を閉じた瞬間、眩い光がドラゴンを包み込み始め――。


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