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燃え広がる混沌(前編)

 世界が二つに裂けたその日、慶一郎の心には鋭い痛みが走った。


 メイラ近郊の平原には、まだ立ち上る煙と、血と涙の匂いが色濃く漂っていた。空には重々しい雲がかかり、今にも全てを飲み込んでしまいそうだった。


 料理をめぐって巻き起こった混乱は、もはや止められないところまで来ていた。


「慶一郎、状況が悪化しているわ。西方神教連盟が、ついに軍事行動を始めたの」


 レネミア王女の表情は青白く緊張していた。背後には、マリエルが不安げな表情で立ち、祈るように手を組んでいる。


「帝国も即応体制に入ったわ。我々が思っていたよりも、事態は深刻よ」


 カレンが険しい表情で報告を続けた。


「すでに各地で暴動が起きている。自由な料理を求める者と秩序を求める者たちの衝突が激化しているわ」


 慶一郎は硬い表情のまま、黙って頷いた。


 すべては自分が火を灯した一皿から始まったことだと思うと、胸が締め付けられる思いだった。


 そこに、突然、地響きのような馬の蹄の音が近づいてきた。


 慶一郎たちが顔を上げると、西方神教連盟の旗を掲げた騎士団が隊列を組み、迫ってきていた。その先頭には、大聖女エレオノーラの凛とした姿があった。


「慶一郎、最後通告です」


 彼女の声は鋭く、全てを切り裂くように響いた。


「あなたの自由な料理がもたらした混乱を見て、まだ考えを改めないというのならば――」


 エレオノーラは一瞬ためらい、その瞳を悲痛な色に染めながら続けた。


「――我々は、あなたを“世界の敵”とみなすしかない」


 その言葉に、周囲の空気が凍りついた。


 だが、慶一郎は一歩も退かなかった。彼は真っ直ぐにエレオノーラを見つめ、静かに告げた。


「俺はただ、自由に料理をしたいだけだ。人々が笑顔になる料理を作りたいだけなんだ。それが罪になるというのなら――」


 慶一郎は小さく息を吐き、覚悟を込めて言った。


「――世界の敵にでも何でもなってやる」


 その瞬間、エレオノーラの瞳が微かに揺れた。彼女は言葉を詰まらせ、静かな動揺を見せた。


 それを見て取った騎士団の隊長が、慌ててエレオノーラの前に出て叫んだ。


「これ以上の問答は無用だ! 全隊、構えろ!」


 一斉に騎士たちが剣を抜き、槍を構えた。空気が張り詰め、いつ衝突が起きてもおかしくない状況になった。


 だがその時、空から強烈な風と共に東方帝国の黄金龍の旗を掲げた軍団が現れた。先頭に立つリュウゲンが、はっきりとした声で宣言する。


「慶一郎殿の料理の自由を踏みにじるというのなら、我々が相手をしよう!」


 さらにその後ろからは、慶一郎の料理に心打たれたメイラ市民たちが、鍋や皿を手に、涙を浮かべながら駆けつけてきた。


「料理の自由を守れ!」

「我々は、彼の料理によって救われたのだ!」


 民衆たちの必死の叫びは、やがて大きなうねりとなって戦場を満たし始めた。


 エレオノーラは呆然として、その光景を見つめていた。彼女の瞳には、戸惑いと混乱が宿っている。


 慶一郎は静かに彼女に歩み寄り、言葉をかけた。


「あんたが料理を憎む気持ちもわかるよ。だが、俺が作る料理は人を傷つけたりしない。世界を混乱させたくて作ったんじゃない。ただ――」


 慶一郎は微かに微笑んだ。


「――食べた人に、幸せになってほしかっただけだ」


 その瞬間、エレオノーラの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。彼女は小さく首を振り、か細い声で呟いた。


「もう遅いのよ、慶一郎……」


 その言葉を合図にするかのように、西方神教連盟の兵たちが突撃を開始した。


 慶一郎の周囲で戦いが始まり、絶叫と剣戟が入り混じった悲鳴が平原を満たした。料理のために、世界はついに全面的な衝突へと踏み切ったのだった。


 混乱する戦場の中で、慶一郎はただ立ち尽くしていた。彼の隣ではレネミアが涙を流し、マリエルは神に祈りを捧げている。


 その時、空に再び神の声が響き渡った。


『自由なる炎よ。この混乱を乗り越え、新たなる道を示せ。世界を照らす真の料理を見せよ』


 その声に勇気を取り戻した慶一郎は、目を閉じて深く息を吸った。そして再び目を開け、力強く叫んだ。


「俺はまだ諦めない。俺の料理で、世界を変える!」


 そう叫んだ瞬間、戦場に新たな希望の炎が燃え上がった。


 混乱と絶望の中にあっても、慶一郎の炎は決して消えることはなかった。その炎を囲み、人々は再び立ち上がった。


 世界を包む炎は、これからさらに大きく燃え広がっていくのだった――。


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