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天命の炎と神々の声

 灰色の空は重く、今にも泣き出しそうだった。


 荒れ果てたメイラの郊外に、巨大な仮設天幕が張り巡らされている。各国から集った王侯貴族や神官たちが、ざわざわと緊張した表情で慶一郎の動きを見つめていた。彼らの視線は好奇心と警戒、そして微かな恐れに満ちていた。


 天幕の中心には、静かに調理台が置かれている。その前に立つ慶一郎の手には、いつもより重く感じられる包丁が握られていた。


「料理に、秩序を」


 氷のような声が響き渡った。西方神教連盟の大聖女、エレオノーラだった。彼女の表情には、一片の迷いもない。美しく整ったその顔に宿るのは、絶対的な信念だった。


「あなたの自由な炎は、世界を破滅へ導きます」


「違う」


 慶一郎の声は低く、静かだったが、その一言には確かな決意が込められていた。


「料理は支配されるためのものじゃない。人々の心を自由にして、救うためにあるんだ」


「自由な料理が世界を救える? それは幻想です」


 エレオノーラは悲しげな瞳を慶一郎に向けた。その瞳の奥には、かつて自由な料理文化に翻弄され、故郷を失った悲しみが垣間見えた。だが、慶一郎は譲らなかった。


「だったら、俺がここで証明してやる」


 慶一郎は深く息を吸い込むと、目を閉じ、鍋に火を灯した。


 鍋から立ち上る炎は踊るように美しく、その瞬間に世界が静止したようだった。静かな調理の音だけが、辺りを支配する。


 それは奇妙な光景だった。世界の運命を左右する会議の中心で、一人の料理人が料理を作っている。だが、その一皿に全てが懸かっていることを、誰もが理解していた。


 火が食材を焦がし、塩の微かな音が料理を彩った。そして数分後、灰色のスープが皿に盛られ、静かに提供された。


 エレオノーラはその一皿を前に、僅かに躊躇した。だが、一口スープを口に含んだ瞬間、彼女の表情が激しく揺れた。瞳に涙が浮かぶ。


「これは……」


 彼女の声は震えていた。


「どうしてこんな……。私があれほど嫌った自由な炎が、どうしてこんなに優しいの?」


 慶一郎は静かに答えた。


「俺の料理は、人を傷つけるためじゃない。傷ついた人間を癒すためのものだ」


 その時、突然空が裂けるような轟音が響いた。


『自由なる炎は正しき道。人間よ、料理に自由を与えよ』


 空から降り注ぐ神の声が、天幕の全てを圧倒した。


 だが、それと同時に別の声も降り注いだ。


『否。料理に秩序を与えよ。自由な炎は混乱をもたらす』


 二つの神の声が交錯し、人々は混乱した。天幕の外には、武器を手にした騎士たちが徐々に迫りつつあった。


「やはり、料理に自由を与えることは許されない」


 エレオノーラの背後から、秩序を掲げる騎士団が進み出た。


 その時、反対側から堂々とした足音が近づいた。黄金の龍を紋章に掲げた一団が現れ、その先頭に立つ東方帝国の特使リュウゲンが力強く宣言した。


「料理は自由であるべきだ。その自由を守るために我らは戦う」


 二つの勢力は鋭く睨み合い、一触即発の状況になった。


 慶一郎は静かにその場を見つめていた。隣にはレネミアとマリエルが緊張した表情で立ち、背後にはサフィやカレン、ナリたちが心配そうに見守っている。


「慶一郎……」


 レネミアが震える声で呟いた。


「ここからが本当の戦いだわ」


「ええ。でも……」


 マリエルが微かな笑みを浮かべた。


「あなたの料理なら、きっと世界を救える」


 慶一郎は小さく頷き、目を閉じた。


 料理が生み出したこの混乱は、きっとすぐには終わらない。だが彼は、料理をやめることは決してなかった。


 やがて彼はゆっくり目を開けると、力強く仲間に語りかけた。


「俺はもう迷わない。この炎を絶やさずに、世界を自由にする」


 それは新たな決意の言葉だった。


 世界は混迷し、料理をめぐる争いが新たな局面へ突入しようとしていた。その中心に立つ慶一郎は、自分に与えられた天命をしっかりと受け止めた。


 だがその一方で、世界を包み込む闇の影は、いよいよその本性を現し始めようとしていた。


 それは混沌の始まりであり、新たなる伝説の幕開けでもあった。



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