表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/182

天の供儀と、正義の炎(前編)— 凄惨なる開戦


 世界が一瞬、息を止めた。


 東門がゆっくりと軋みを上げて開く。その向こうに、青と銀の親衛隊が整然と展開していた。その中央でレネミア王女は優雅に微笑みを湛えながら、冷酷な刃のような眼差しを街に向ける。


 「我々の慈悲はここまでです。メイラの火は罪深き異端――もはや神の意志により浄化するほかありません」


 その宣告はあまりにも穏やかだったが、間違いなく都市への死刑宣告だった。


 


 「ふざけるな!」


 都市防衛隊の隊長が声を震わせて叫んだ。震えは怒りではなく恐怖の色だった。兵士たちの間には絶望と諦念が混じり合い、誰もが死地を前にしていることを理解していた。


 


 だがそれでも、隊長は拳を握りしめ、叫んだ。


 「この街に生まれ、この街の火に育てられた俺たちは、決して侵略者の火など受け入れない! 戦うぞ!」


 


 その叫びをきっかけに、親衛隊が一斉に動いた。彼らは無言で、感情を排した機械のように刃を突き出した。防衛隊の隊列が崩れ、激しい金属音とともに石畳に血が飛び散った。


 


 街路は瞬く間に死と悲鳴に埋まった。民衆は逃げ惑い、女は子どもを庇いながら泣き叫び、老人は足をもつれさせて倒れた。


 街路の隅では、兵士が倒れた仲間の遺体を抱え、「目を開けろ!」と泣き叫んでいた。


 


 その地獄絵図の中央で、慶一郎だけが静かに火を焚き続けていた。


 彼は震える手で鍋を掴み、無言でスープを作る。血が頬を伝い、煙が目を刺したが、彼は決して火を消そうとしなかった。


 


 「慶一郎、もう無理よ……!」


 ナリが絶望的な声で訴える。彼女の右腕は傷つき、赤く染まった包帯が血に濡れている。カレンは剣を振るって周囲を必死で守っていたが、既に体力は限界に達していた。


 


 だが慶一郎は静かに言い返した。


 「火を消せば、この街の魂も消える。それだけは譲れない」


 


 そのとき、親衛隊の一人がナリに刃を振りかざした。彼女は咄嗟に目を閉じたが、痛みは訪れなかった。驚いて目を開けると、その兵士の刃を防いだのは、褐色の髪をなびかせたサフィだった。


 


 「サフィ……!」


 ナリが涙をこぼすと、サフィは微笑んだが、その横顔は苦痛に歪んでいた。彼女の腹部には親衛隊の刃が深く刺さっており、滴る血が石畳を赤く染めていた。


 


 「もう嫌なの……これ以上、罪を犯したくない……」


 サフィは力尽きて倒れ込む。その姿を見て、慶一郎の手が初めて止まった。


 


 レネミア王女は戦闘の中を静かに進み出て、慶一郎を睨みつける。


 「これがあなたの望む結果ですか? 抵抗など無意味なのに、なぜ……」


 


 しかしその時、街の外縁から新たな軍勢が突如現れた。統制庁第三管理課――仮面の指導官が率いる軍団だった。


 


 「終わりだ、メイラよ! もはや神も信仰も関係ない。この街は完全に焼き払う!」


 


 彼らは即座に攻撃を開始し、親衛隊ごと都市を無差別に襲った。街路に再び絶叫が響き渡る。倒れる人々、燃え上がる家屋、散らばる遺体。


 


 レネミア王女は混乱の中で立ちすくんだ。


 「何をしているのですか! 即刻停止を命じます!」


 


 指導官は冷たく笑った。


 「あなたの役目は終わりました、殿下。これはもはや国家間の問題だ」


 


 その時、王女の背後から刃が迫った。彼女が気付く前に、カレンが咄嗟にその前に身を投げ出し、代わりに背中を深く斬りつけられた。


 


 「くっ……!」


 倒れ込むカレンを抱きとめ、王女は震える声で叫ぶ。


 「なぜ私を庇うの……私はあなたたちの敵なのに……!」


 


 カレンは力なく微笑んだ。


 「敵じゃない……ただ、あなたにも分かってほしかっただけ……慶一郎の火の意味を……」


 


 戦場が再び激しさを増す中、慶一郎は怒りに満ちた表情で立ち上がった。


 「もう、誰も死なせない……!」


 


 彼は火の中から熱せられた鉄鍋を掴み、それを武器として敵兵に立ち向かい始めた。

 熱い鉄が兵士を打ち倒し、彼の料理人としての誓いが怒りと共に街中に轟く。


 


 その姿に触発され、倒れていた兵士や市民も次々と立ち上がった。

 料理という名の焔が、確かに人々の心に再び灯っていた。


 


 だがその背後では、仮面の指導官が不敵に笑い続けている。


 「燃えろ、焼き尽くせ――二度と火など使えぬように!」


 


 慶一郎はただ一人、怒りと絶望の渦中で叫んだ。


 「この街の焔は消させない! 俺がここで、最後まで立ち続ける!」


 


 凄惨な戦場は、終わりの見えない絶望の中で、さらに深い闇へと沈み込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ