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女王の心(前編 : 首都オーリス)

三日間の急ぎ足の旅路を経て、四人は初めてヴァレンティア王国首都オーリスに到着した。噂に聞いていた美しき首都は、期待を遥かに上回る荘厳さと華麗さを誇っていたが、街全体を包む空気は警告通り、祝祭の喜びと深刻な緊張が複雑に絡み合っていた。戴冠式を前にした期待と興奮が肌で感じられる一方で、見えない脅威の影がちらつくような、今までに経験したことのない空気感だった。

オーリスの美しい街並みは、まさに「ヴァレンティアの宝石」と称されるにふさわしい神々しい輝きを放っていた。白い石造りの建物が陽光に映えて美しく、中央を流れるヴァレンティア川の清らかな水音が心地よい。しかし、薄紫色の絹の旗が風にはためく動きには普段より鋭さがあり、黄金色の花輪が建物を彩る華やかさの中にも、時折、鉄の匂いと緊張の匂いが混じっている。遠くから聞こえる楽器の練習音が祝祭の心を盛り上げていたが、その合間に響く衛兵の行進音が、静かな警戒を物語っていた。

街角では人々が自然と微笑みを浮かべているが、その笑顔の奥に僅かな不安が宿っている。子どもたちは新しい服を着て踊り回っているが、大人たちの視線は時折、街の影に潜む見知らぬ顔を警戒している。検問で立ち止められる旅人の姿も目立ち、普段の三倍は多い衛兵が街を巡回していた。

「街の魂素が…かなり乱れていますね」セリュナが古代龍族の感覚で察知した。魂素の流れに微細な歪みがあり、何者かが意図的に調和を乱そうとしている痕跡が明確に見えた。「まるで、古代の調和が組織的に破られようとしているかのような…これは反魂素派の魂素遮断装置の影響です」

セリュナの瞳に一瞬、深い憂いが宿った。彼女の血に流れる古い記憶が、何か重要なことを告げているようだった。「セリュナティアの時代にも、このような人工的な魂素の歪みがありました。彼らは本格的に動き出しています」

「初めて見るオーリスの街並みは本当に美しいですね」エレオノーラが感嘆した。「でも、確かに緊張感も漂っています」

「噂通りの美しさですが、見えない脅威の存在も感じます」マリエルが愛のペッパーミルを握りしめて言った。「愛の力で、どんな闇も払い除けましょう」

そして遂に、噂に聞いていた壮麗なルミナリア宮殿が目の前に現れた。その美しさは想像を遥かに超えており、まるで天界の宮殿のような神々しさを放っている。レネミアが真っ先に迎えに出てきた。彼女は戴冠式を明日に控えた王女らしい威厳ある装いをしているが、慶一郎たちを見つけた瞬間、少女のような無邪気な笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔の奥には深い安堵が宿っていた。まるで嵐の中で灯台の光を見つけた船乗りのような、心からの安心感が表れている。

レネミアの美しさは以前にも増して輝いており、王女としての品格と女性としての魅力が完璧に調和している。深いロイヤルブルーのドレスには細かい金糸の刺繍が施され、頭上には小さなティアラが控えめに輝いている。しかし、よく見ると彼女の瞳には、女王としての重責への不安と、愛する人たちへの深い想い、そして明日への決意が複雑に絡み合った光が宿っていた。

「慶一郎様、皆様!お帰りなさい」レネミアが駆け寄ってきた。

彼女の足取りは軽やかで優雅だったが、その急ぎ足には一刻も早く愛する人たちに想いを伝えたいという切ない願いが込められていた。心臓は小鳥のように激しく鼓動し、頬には薄紅が差している。手のひらには緊張の汗がにじみ、それでも笑顔を絶やさない健気さが、彼女の美しさをさらに際立たせていた。

「ただいま、レネミア」慶一郎が温かさを込めて答えた。「ついに首都オーリスに来ることができた。街の様子を見る限り、相当緊張しているようだな。大丈夫か?」

「おかげさまで…でも」レネミアが少し照れながら、しかし真剣に答えた。「正直に申し上げると、反魂素派の脅威もさることながら、皆様にお伝えしたいことがあって、それで眠れない夜が続いています」

その言葉には、女王になることへの誇りと同時に、一人の女性としての深い想いも込められていた。明日の戴冠式で彼女の人生は大きく変わる。重責を背負う覚悟はできているが、それでも心の奥で燃える愛を伝えずにはいられない。

エレオノーラが天使らしい優雅さで慰めた。「レネミア様なら、きっと素晴らしい女王になられます」

「愛の女神様もお見守りです」マリエルが愛のペッパーミルを胸に抱いて微笑んだ。

「古代龍族としても、心から応援いたします」セリュナが格式高い口調で挨拶した。「そして、必要とあらば、古代の力もお貸しします」

しかし、レネミアの表情には不安と同時に、何か重要な想いを秘めた決意の影も見えた。彼女の瞳の奥に、明日の戴冠式までにどうしても伝えなければならない想いが炎のように燃えている。

「実は、皆様に人生で最も大切なお話があります」レネミアが真剣な表情になった。「今夜、お時間をいただけませんでしょうか?ルミナリア宮殿の『星見の庭園』で…それは私の運命を決める告白でもあります」

レネミアの声は少し震えており、彼女がどれほど勇気を振り絞っているかが分かった。その震えは寒さではなく、人生で最も大切な告白をしようとする女性の、美しい緊張だった。


---


壮麗なルミナリア宮殿の迎賓館に案内された四人を、仲間たちが温かく迎えてくれた。初めて見る宮殿の内部は、その豪華さと美しさに四人は息を呑んだ。館内は戴冠式の準備で忙しく、侍女たちが美しい装飾を施している。しかし、その華やかさの陰で、護衛の兵士たちがいつもより遥かに多く配置されているのが目についた。

「慶一郎殿!お帰りなさい」カレンが騎士らしい礼儀正しさで迎えた。

カレンは相変わらず騎士装束に身を包んでいるが、今日はいつもと違う特別な緊張感が漂っている。普段の凛々しさに加えて、職務上の警戒心と、何か新しい期待が混じり合っているのが見て取れた。剣の柄に置かれた手が微かに震えているのは、単なる職務上の緊張だけではないようだった。

「よお、カレン」慶一郎が親しみやすく挨拶した。「手紙で読んだが、警備の状況はどうだ?それに、アースガルド騎士団の件も気になる」

「はい、警備については…」カレンが職業的な表情で報告を始めたが、突然頬が赤くなった。「実は、アルヴィオン殿がすでにお着きになっていまして…」

その時、迎賓館の扉が静かに開き、見事な金髪に深いブルーの瞳を持つ騎士が入ってきた。彼はアースガルド王国の正装を身にまとい、背筋をぴんと伸ばした立派な体格をしている。その風貌には誠実さと勇敢さが自然に表れており、まさに騎士の中の騎士といった威厳を放っていた。しかし、その威厳の中にも温かな人柄が感じられる。

「失礼いたします」その騎士が丁寧に礼をした。「アースガルド王国騎士団より参りました、アルヴィオンと申します。この度は重要な戴冠式の警備に参加させていただき、光栄に思います」

カレンの顔が一瞬で真っ赤になった。実物のアルヴィオンは、噂以上に立派で魅力的だった。「あ…あの…こちらこそ」

「こちらがヴァレンティア王国親衛軍騎士団長のカレンです」慶一郎が紹介した。「手紙にも書いてあったが、優秀で勇敢な騎士だ」

「カレン団長」アルヴィオンが深々と頭を下げた。「お噂はかねがね伺っております。民を守ることに命を懸ける優秀な女性騎士がいらっしゃると。お会いできて光栄です」

カレンの心臓が激しく鼓動した。アルヴィオンの声は低く、優しさと強さを兼ね備えている。その誠実そうな瞳と騎士らしい立ち振る舞いは、まさに彼女が長年夢見ていた理想の男性そのものだった。

「こ…こちらこそ」カレンが必死に平静を装った。「アースガルド騎士団のご活躍は、こちらでも有名です。特にアルヴィオン様の勇名は以前から伺っており…」

「恐縮です」アルヴィオンが謙虚に答えた。「しかし、今回の反魂素派の脅威は深刻です。我が国でも情報を収集していますが、彼らの組織力は我々の予想を上回っています」

二人が警備について真剣に話し合う姿は、まさに理想的な騎士同士の出会いだった。職務を通じて互いを知り、尊敬し合う関係が自然に始まろうとしている。

エレオノーラが天使の直感で呟いた。「素敵な出会いが始まりそうですね」

「愛の女神様のご加護ですね」マリエルが微笑んだ。

セリュナが古代龍の知恵で分析した。「二人の魂素が美しく共鳴しています。運命的な出会いです」

サフィが明るく手を叩いた。「カレンお姉ちゃん、恋してる!」

ナリが学者らしく観察した。「統計的に見ても、職務を通じた出会いは長続きする傾向があります」

ザイラスが経験豊富な立場から頷いた。「二人とも騎士として優秀だ。良いパートナーになるだろう」

カレンとアルヴィオンは、周囲の視線に気づいて互いに照れ笑いを浮かべた。しかし、その笑顔には新しい可能性への期待が込められている。

「それでは、詳細な警備会議を開きましょう」カレンが提案した。

「はい、よろしくお願いします」アルヴィオンが答えた。「この危険な時代だからこそ、信頼できる仲間と出会えたことを嬉しく思います」

二人が並んで歩く姿は、既に絵になるほど美しい組み合わせだった。運命は時として、最も困難な時に最も美しい出会いをもたらすものなのかもしれない。


---


夜になると、レネミアが四人を初めて『星見の庭園』に招いた。初めて足を踏み入れるその場所は、想像を遥かに超える美しさだった。そこは宮殿の最も高い場所にある特別な庭園で、美しい星空が一望できる神聖な場所だった。庭園には色とりどりの花々が咲き誇り、月光に照らされて幻想的に輝いている。

星見の庭園から初めて見るオーリス市街の夜景は、宝石箱をひっくり返したように美しく、無数の灯りが瞬いている。しかし、その美しさの中に、護衛の松明が普段の倍以上燃えているのが見えた。空気は夜露と花の香りに満ちているが、微かに緊張の匂いも漂っている。風は羽毛のように柔らかいが、時折、遠くから衛兵の巡回の声が聞こえてくる。

庭園の中央には『愛の誓いの祭壇』と呼ばれる古い白大理石の祭壇があった。それは古代から恋人たちが愛を誓う神聖な場所として知られ、祭壇の周りには白い薔薇とジャスミンが咲き誇っている。月光がそれらを銀色に照らし、まるで天界の庭園のような美しさを作り出していた。

レネミアは今夜のために特別に仕立てられた夜会服を身にまとっていた。深いミッドナイトブルーのドレスには、星座を模した銀とダイヤモンドの刺繍が施され、まるで夜空を身にまとったかのような神々しい美しさだった。髪には小さな星形のダイヤモンドが散りばめられ、歩くたびにきらめいている。しかし、その華やかさよりも、彼女の瞳に宿る人生をかけた決意の光の方がはるかに美しかった。

「慶一郎様、皆様」レネミアが深呼吸をしてから、意を決したように言った。「明日の戴冠式を前に、どうしてもお伝えしなければならないことがあります。それは私の人生を決める、最も大切な告白です」

レネミアの声は震えており、彼女がどれほど勇気を振り絞っているかが分かった。月光に照らされた彼女の表情は、決意と不安が入り混じって美しく、まるで女神のような神々しさを放っている。彼女の手は祈るように組まれ、心臓の鼓動が早鐘のように響いているのが見て取れた。

四人が静かに聞き入った。庭園には彼らの呼吸の音だけが響いており、時が止まったような静寂が支配していた。星々も彼女の告白を待っているかのように、一層輝きを増している。

「私は…」レネミアが一度星空を見上げ、勇気を振り絞ってから告白した。「私は慶一郎様を、心の底から愛しています」

その言葉が夜空に響いた瞬間、まるで世界が一瞬静止したかのようだった。薔薇とジャスミンの花びらが風に舞い、月光がより一層美しく庭園を照らしている。レネミアの瞳には人生をかけた決意の涙が浮かんでいたが、それは人生で最も美しい瞬間の涙だった。

「明日からは女王として、国家の全責任が私の肩にのしかかります」レネミアが続けた。「でも、その前に一人の女性として、これまで心に秘めてきた想いをお伝えしたかったのです。これは私の人生で最も大切な告白です」

レネミアの声は感情で震えていたが、その震えには何年もの間胸に秘めてきた愛の重みが込められていた。彼女の告白は単なる恋愛感情ではなく、人生の全てをかけた真剣な愛の表明だった。

慶一郎が驚いた。「レネミア…」

彼の声にも深い動揺が隠せなかった。レネミアの美しさと純粋さは以前から感じていたが、こうして人生をかけた愛を告白されると、その真剣さに心を激しく揺さぶられる。胸が高鳴ると同時に、レネミアの立場と自分の責任が交錯し、喜びと不安が入り混じった複雑な感情に襲われた。

「誤解しないでください」レネミアが慌てて、しかし毅然として続けた。「エレオノーラ様、マリエル様、セリュナ様との愛を否定するつもりは決してありません。むしろ、皆様の美しい愛を見ていて、私も同じような愛の一部になりたいと心から思うようになったのです」

レネミアの言葉には嫉妬や独占欲はまったくなく、ただ純粋な愛だけが込められていた。彼女の表情には、三人の女性への深い敬意と友情も表れている。彼女は愛を奪おうとしているのではなく、愛の輪に加わりたいと心から願っているのだ。

三人の妻たちは、最初は驚きの表情を浮かべていたが、レネミアの純粋で真剣な想いを感じ取ると、微妙な表情の変化を経て、最終的に優しい微笑みを浮かべた。

エレオノーラが天使らしい慈愛で答えた。「レネミア様のお気持ち、よく分かります」

彼女の声には、同じ女性として、そして天使としての深い理解が込められていた。エレオノーラ自身も、愛する人を独占したいという気持ちと、愛を分かち合う喜びの間で葛藤した経験がある。

「愛は分けても減りません」マリエルが愛のペッパーミルを見つめながら言った。「むしろ、増えていくものです」

マリエルの言葉には、愛の女神からの教えが反映されている。真の愛は独占ではなく、分かち合うことで美しく成長していく。

セリュナが古代龍の智慧で語った。「真の愛は独占するものではなく、分かち合うものです」セリュナの言葉には、古代から受け継がれた智慧の重みがある。しかし、彼女の瞳の奥には、ただの伝統以上の何か深い使命感のようなものが宿っていた。まるで、彼女自身がその古い誓いを受け継ぐ者であるかのように。「古代龍族の伝統でも、愛が真実であれば、それは美しいことです」

レネミアが涙を浮かべた。「皆様は…怒りませんか?」

彼女の声は不安に震えていたが、その不安は三人の女性への敬意と愛情から生まれるものだった。

「怒るわけないだろ」慶一郎が温かさを込めて答えた。「レネミア、あんたの気持ちは嬉しい。でも、女王になるあんたが、俺みたいな男で良いのか?」

慶一郎の言葉には、レネミアへの愛情と同時に、彼女の立場を思いやる気持ちが込められていた。女王となる彼女にふさわしい相手なのか、という謙虚な疑問も含まれている。

「慶一郎様こそが、私の理想の方です」レネミアが確信を込めて答えた。「優しくて、強くて、皆を幸せにしてくれる…こんな素晴らしい方は他にいません」

レネミアの告白には、何年もの間彼を見つめ続けてきた女性の確信が込められていた。彼女にとって慶一郎は、単なる憧れの人ではなく、人生を共に歩みたい唯一の男性なのだ。

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