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新たなる旅路(前編 : オーリスからの便り)

双子都市での和解から一週間後、四人は山間の美しい湖畔で休息を取っていた。湖は『静寂の鏡湖』と呼ばれる聖地で、古代から旅人たちが心を清める場所として知られている。

湖水は翡翠色に輝き、水面には紅葉した山々が逆さまに映っている。まるで天地が一つになったかのような幻想的な光景で、見る者の心を深い静寂へと導いていく。湖から立ち上る薄い霧が朝日に照らされて虹色に輝き、この世のものとは思えない美しさを作り出している。

しかし、慶一郎の心には複雑な感情が渦巻いていた。双子都市の襲撃で泣き叫ぶ子供たちの顔が浮かび、胸が締め付けられた。あの時の恐怖に歪んだ表情、母親の腕に震えながら隠れる小さな体…自分の選んだ道は本当に正しいのだろうか、と再び疑問が頭をよぎった。愛と調和を説いて回る自分たちに対して、それを阻止しようとする勢力が存在する。

「慶一郎様、何かお考えですか?」エレオノーラが天使の直感で彼の心境を察した。

「ああ…昨日の襲撃のことを考えていた」慶一郎が湖面を見つめながら答えた。「俺たちが愛を広めれば広めるほど、それを憎む者たちも現れる。これで良いのかな」

「でも、最後は愛が勝ったじゃないですか」マリエルが愛のペッパーミルを胸に抱いて慰めた。「襲撃者たちも、調和の炎で心を取り戻しました」

「古代龍族の歴史でも同じことがありました」セリュナが千年の記憶を辿った。「愛が広がる時、必ず闇も蠢きます。でも、それは愛が本物である証拠でもあるのです」

セリュナの瞳に一瞬、深い憂いが宿った。彼女の血に流れる古い記憶が、何か重要なことを告げているようだった。「古代の調和が乱れる時、世界は大きな変革を迎えます。その時こそ、真の調和を取り戻すための戦いが始まるのです。我が祖先セリュナティアの時代のように…」

その時、空の彼方から美しい光が近づいてきた。それは想いを届ける魂素鳥で、ヴァレンティア王国首都オーリスからの便りを運んできたのだ。しかし、今日の鳥はいつもより慌ただしく羽ばたいており、何か緊急の知らせがあるような気配を感じさせる。

「レネミアからの手紙だが…」慶一郎が鳥から手紙を受け取った時、鳥の羽根が少し震えていることに気づいた。「何か急いでいるみたいだな」

手紙を開くと、レネミアの美しい文字が現れたが、いつもより筆跡が急いでいるように見える。

『親愛なる慶一郎様、エレオノーラ様、マリエル様、セリュナ様

緊急にお知らせがあります。我が国の首都オーリスのルミナリア宮殿での戴冠式の準備が進む中、極めて不穏な動きがあることが発覚いたしました。

各地での皆様の愛の奇跡が広く知られるにつれ、それを快く思わない『反魂素派』と呼ばれる過激組織が水面下で活動を始めているようです。双子都市での襲撃事件も、彼らの計画的な行動と判明しました。

彼らは愛による調和を「人類の堕落」と見なし、魂素の力を「邪悪な洗脳術」として徹底的に否定する危険思想を持っています。特に恐ろしいのは、彼らが『魂素遮断装置』という禁忌の呪術兵器を保有していることです。各国に潜伏する残党が、戴冠式を狙っているとの確実な情報もあります。

しかし、だからこそ戴冠式を成功させ、愛と調和の新時代を確固たるものにしなければなりません。父王も申しております。「真の平和とは、戦いの末に勝ち取るものではなく、愛によって築くものだ」と。

つきましては、予定より早めに首都オーリスのルミナリア宮殿にお越しいただけませんでしょうか。戴冠式の警備も最高レベルまで強化いたしますが、皆様の愛の力こそが最大の守りだと信じております。

また、この機会に皆様にお話ししたい大切なことがございます。私の心の中で長い間育んできた、人生で最も大切な想いを…どうしても戴冠式の前にお伝えしたいのです。それは、私の人生を決める告白でもあります。

一刻も早くお会いしたく思います。

愛と緊張、そして決意の中で

レネミア

追伸:最近、街で見慣れぬ人影が異常に増えているとカレンからも報告を受けています。首都オーリスは美しい都市ですが、今は危険も潜んでおります。くれぐれもお気をつけてお越しください。私たちの愛が試される時が来ています。』


---


手紙を読み終えた四人の表情が引き締まった。愛の巡礼が予想以上の反響を呼んでいることは喜ばしいが、同時に組織的で危険な脅威も生んでいるのだ。

慶一郎はオーリスの名を口にした。「ヴァレンティア王国の首都オーリス…名前だけは何度も聞いているが、俺たちにとっては未知の土地だな」

「首都はヴァレンティアの宝石とも称されるほど美しいそうですね」エレオノーラが期待を込めた表情で答えた。「でも、その美しさの裏に、今は不穏な影が忍び寄っているのですね」

「反魂素派…そして魂素遮断装置」セリュナが古代龍族の記憶を辿った。「昔から存在する、魂素の力を憎む者たちですね。オーリスはかつて古代龍族が人間と初めて交流した場所の一つと記録されています。ルミナリア宮殿は歴史ある美しい宮殿と聞いていますが…私もまだこの目で見たことはありません。しかし、魂素遮断装置とは…これは非常に危険な代物です」

「どれほど危険なのですか?」エレオノーラが不安そうに尋ねた。

「魂素の流れを強制的に断絶し、愛の絆を物理的に破壊する呪術兵器です」セリュナの表情が深刻になった。「使用されれば、私たちの『真の調和の炎』も無効化される可能性があります」

「やはり、単純には行かないということですね」エレオノーラが翼を小さく震わせた。

「でも、レネミアちゃんは強い子です」マリエルが祈るように言った。「きっと立派な女王になられます。私たちの旅の目的地であるオーリス…未知の地への期待もありますが、レネミアちゃんの言うような危険も同時に待ち受けているのですね」

「我々が支えなければなりません」セリュナが決意を込めて答えた。

さらに別の魂素鳥が到着した。今度はカレンからの手紙で、鳥は騎士らしい直線的な飛び方をしているが、どこか緊迫した様子も感じられる。

『慶一郎殿、皆様

緊急報告いたします。オーリスの警備を担当している立場から、極めて重要な情報をお伝えします。

最近、街に見慣れない人影が異常に増えており、昨夜も北門付近で『魂素は悪魔の力』『愛による支配を打倒せよ』と叫ぶ旅人たちが衛兵と武力衝突を起こしました。取り調べの結果、彼らは反魂素派の実行部隊と判明。彼らの荷物から、黒曜石を魔力で加工した謎の装置が発見されました。ナリ殿の分析では、これが『魂素遮断装置』の一部である可能性が高いとのことです。

現在、組織的な潜入を警戒し、全門での検問を最高レベルまで強化しています。また、南区の『黒い薔薇亭』という宿屋で不審な会合が連日行われているとの報告もあり、密偵を送り込んで24時間体制で監視を続けております。彼らは戴冠式当日に大規模なテロ行為を実行する計画を進めている模様です。

ルミナリア宮殿の警備も最高レベルまで強化していますが、目に見えない敵ほど厄介なものはありません。皆様には首都オーリスという未知の地へ足を向けていただくことになりますが、早期のお越しを、騎士として、そして一人の友人として強くお願いいたします。

なお、個人的なお話で恐縮ですが…戴冠式の警備支援として、アースガルド王国からアルヴィオン殿率いる精鋭騎士団が派遣されることになりました。アルヴィオン殿の勇名は以前から伺っており、民を守ることに命を懸ける誠実な騎士と聞いております。共闘できることを心から期待しています。こんな緊迫した時に不謹慎かもしれませんが、素敵な出会いがあることを密かに願っております。人生は短く、愛もまた戦いの中でこそ輝くものですから。

警戒と期待、そして決意の中で

ヴァレンティア王国親衛軍騎士団長 カレン』

「カレンも相当緊張しているようですね」エレオノーラが心配そうに言った。「でも、アルヴィオンという騎士との出会いを楽しみにしている様子も伝わってきます」

「それがカレンらしいところです」セリュナが微笑んだ。「危険な時だからこそ、愛を大切にしようとしている」

慶一郎も苦笑いした。「緊迫した状況でも恋を忘れないか。それも愛の力だな」

続けて、他の仲間たちからも手紙が届いた。しかし、いつもの明るい調子とは明らかに違っている。

サフィからの手紙:『お兄ちゃんたちへ!街がすごくピリピリしてるの。変な人たちが「魂素は悪」「愛は偽り」って叫んでて、みんな怖がってる。私も魔法を使うのを控えるように言われたの。でも、私は皆の笑顔を守るために頑張ってる!早く帰ってきて!』

ナリからの報告:『魂素の流れに深刻な異常が見られます。反魂素派が使用している魂素遮断装置は、魔力を込めた黒曜石を核とし、古代の呪文で封印された高度な呪術兵器です。この装置が作動すると、半径数キロメートルにわたって魂素の流れが乱れ、愛の共鳴が物理的に遮断されます。人々の心を不安定にさせ、恐怖と憎悪を増幅させる効果もあります。至急の帰還をお勧めします』

ザイラスからの分析:『各国の動向を見ると、レネミア王女の戴冠に対して複雑な反応があります。愛による統治を脅威と見なす勢力が、国際的に連携している可能性が高いです。特に、隣国ダークランド公国の動きが怪しく、彼らが反魂素派に資金と武器を提供している疑いがあります。戴冠式は単なる儀式ではなく、新しい時代への戦いの始まりになるでしょう』

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