虚無の真実(第1部 / 古代の悲劇)
夜明けとともに、第三都市に奇跡的な変化が現れていた。アルヴィオンの浄化により、昨夜まで消失していた建物や人々が、まるで夢から覚めるように次々と戻り始めている。『記念の噴水』が透明な水を湧き上がらせ、『古代龍の石像』が朝日を浴びて威厳ある姿を現していた。
空気は蜂蜜のように甘く、薄紫色の朝霧が街全体を幻想的に包んでいる。石畳には露が真珠のように散らばり、足音が軽やかに響く。遠くから鳥たちの美しいさえずりが聞こえ、生命が戻ってきた喜びを歌っているかのようだった。
中央広場で、アルヴィオンは人間の姿となって現れていた。深い緑色の髪を持つ威厳ある中年男性で、瞳には古代龍の知恵と、父親としての愛情が混じり合っている。虚無の冷たさは完全に消え、代わりに温かな生命力が全身から溢れ出ていた。
「お父様…」セリュナが涙を流しながら駆け寄った。千年ぶりの父との再会に、彼女の心は感動で震えている。
「セリュナ…我が愛しき娘よ」アルヴィオンがセリュナを優しく抱きしめた。「長い間、すまなかった。父は道を見失っていた」
慶一郎、エレオノーラ、マリエルも、この感動的な父娘の再会を温かく見守っていた。
「慶一郎殿」アルヴィオンが深く頭を下げた。「私の娘を愛し、私自身を救ってくれて、心から感謝している」
「礼には及ばねえよ」慶一郎がべらんめえ調で答えた。「家族なんだからな」
「家族…」アルヴィオンがその言葉を噛みしめた。「久しぶりに聞く、美しい響きだ」
エレオノーラとマリエルも、新しい家族を迎える気持ちで挨拶した。
「アルヴィオン様、私たちもセリュナさんの家族として、心から歓迎いたします」エレオノーラが天使らしい優雅さで頭を下げた。
「はい、私たちは皆、愛で結ばれた大きな家族です」マリエルが愛のペッパーミルを胸に抱いて微笑んだ。
しかし、アルヴィオンの表情には、まだ深い悔恨の影が残っていた。
「皆、聞いてほしい」アルヴィオンが重い口調で語り始めた。「私が犯した罪の全てを話そう」
アルヴィオンは、仲間たちを神殿の中に招き入れ、数百年前の真実を語り始めた。神殿の中は荘厳で、色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、物語に神秘的な雰囲気を与えている。
「私とエリシアは、人間と古代龍族の共存を心から願っていた」アルヴィオンの声は遠い記憶を辿るように静かだった。「当時、一部の人間たちが古代龍族の力を恐れ、排除しようと企んでいることは知っていた。しかし、私は対話によって理解し合えると信じていた」
セリュナが不安そうに父を見つめている。
「ある日、人間の使者が平和交渉を申し入れてきた。私は喜んでそれに応じ、古代龍族の聖地に彼らを招いた」アルヴィオンの瞳に痛みが浮かんだ。「しかし、それは罠だった」
「罠?」慶一郎が眉をひそめた。
「使者たちは、古代龍族の力の源である『生命の泉』に毒を投げ込んだのだ」アルヴィオンの拳が震えた。「その毒は、古代龍族には無害だったが、人間には猛毒だった。つまり、古代龍族が人間を毒殺したかのように見せかける巧妙な陰謀だった」
ナリが科学的な興味で尋ねた。「どのような毒だったのですか?」
「『虚無の毒』と呼ばれる古代の禁術で作られたものだった」アルヴィオンが説明した。「この毒は、感情と記憶を徐々に消去し、最終的には存在そのものを無に帰す恐ろしいものだった」
エレオノーラが恐怖に震えた。「それが現在の虚無の力の原型だったのですね」
「そうだ。エリシアは毒の正体を見抜き、解毒法を探そうとした。しかし、毒はあまりにも強力で…」アルヴィオンの声が詰まった。
「お母様は…」セリュナが涙を浮かべた。
「エリシアは、私とセリュナを守るために、自分の生命力を解毒に使った。その結果、使者たちは救われたが、エリシアは…」
マリエルが愛のペッパーミルを握りしめて祈った。「なんと悲しい物語でしょう」
「その後、使者の一人が真実を話した。彼らは一部の過激派に脅迫されて、やむなく毒を使ったのだと」アルヴィオンの瞳に怒りが燃えた。「しかし、エリシアはもう戻らなかった」
慶一郎が静かに尋ねた。「それで、あんたは虚無の力に手を染めたのか?」
「最初は復讐を考えた。しかし、エリシアの最期の言葉を思い出し、復讐ではなく愛を選ぼうとした」アルヴィオンが苦しそうに続けた。「だが、愛する者を失った痛みが日々増していく。そして、ついに古代の禁術に手を出してしまった」
「愛の記憶を消去する術ですね」ナリが推測した。
「そうだ。しかし、術は予想以上の力を持っていた。愛を消去しようとしたエネルギーが反転し、虚無の力として暴走し始めた」アルヴィオンが最大の秘密を明かした。「私は愛から逃れようとして、愛を否定する怪物になってしまったのだ」




