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父の名(第4部 / 父の帰還)

魂素の海で愛の記憶を取り戻したアルヴィオンの意識は、現実世界の肉体にも影響を与え始めていた。

第三都市の上空で、漆黒の虚無の龍だったアルヴィオンの体に、わずかに金色の光が宿り始めた。完全に闇に染まっていた鱗の一部が、本来の美しい深緑色を取り戻していく。まるで夜明けの光が闇を押し返すように、愛の記憶が虚無の力を浄化し始めていた。

地上では、セリュナが父の変化を敏感に感じ取っていた。古代龍としての血の繋がりが、魂の共鳴を通じて父の心境変化を伝えてくる。

「お父様…」セリュナが空を見上げた。彼女の銀色の瞳に希望の光が宿っている。「何かが変わってきています。虚無の冷たさが和らいで…」

エレオノーラとマリエルも、記憶が戻るにつれて状況を理解し始めていた。天使としての直感と聖女としての霊感が、世界に起こっている変化を感じ取っている。

「慶一郎様が、魂素の海で何かを成し遂げたのですね」エレオノーラが希望を抱いた。天使の翼も、わずかに本来の純白の輝きを取り戻し始めている。

「神様の御加護がありますように」マリエルが祈った。愛のペッパーミルが温かな光を放ち、彼女の祈りに呼応している。

その時、アルヴィオンが地上に降り立った。以前の完全な虚無の存在ではなく、虚無と愛が混在した複雑な存在として現れた。巨大な龍の体は漆黒と深緑が混じり合い、瞳も紫と青の間で揺れ動いている。まるで長い戦いの末に、ようやく自分自身を取り戻そうとしている戦士のように。

『セリュナ…我が娘よ』アルヴィオンの声に、父親らしい温かさが明確に戻っていた。虚無の冷たさの奥から、愛する娘への深い愛情が溢れ出している。

「お父様」セリュナが涙を流しながら駆け寄った。千年の時を超えて、ようやく父と娘が心を通わせる瞬間だった。

『私は…長い間、愛を忘れていた』アルヴィオンが告白した。その声には深い後悔と、同時に新たな希望が込められている。『エリシアへの愛も、お前への愛も、すべて虚無の中に封印していた。愛することの痛みから逃れるために…』

「でも、今は思い出していただけたのですね」セリュナが嬉しそうに言った。娘としての純粋な喜びが、彼女の表情を輝かせている。

『ああ…お前の夫が、魂素の海で教えてくれた』アルヴィオンが慶一郎への感謝を示した。『愛は確かにリスクだが、愛さないことの方がより大きなリスクだと。虚無に逃げ込んでも、何も生み出せないと』

その時、慶一郎の意識が魂素の海から戻ってきた。神殿の地下で目を覚ました慶一郎は、魂素の海での体験の余韻を残しながら、急いで地上へと向かった。体は疲労しているが、心は希望に満ちている。

「慶一郎様!」仲間たちが安堵の表情で迎えた。記憶を取り戻した彼らの顔には、心からの安心と感謝が表れている。

慶一郎はアルヴィオンを見上げた。「どうだ?愛の記憶は戻ったか?」

『戻った…エリシアへの愛、セリュナへの愛、そして…』アルヴィオンが静かに続けた。『お前への感謝も』

「感謝?」慶一郎が首をかしげた。

『お前は私の娘を幸せにしてくれた。そして、私に愛を思い出させてくれた』アルヴィオンが深く頭を下げた。巨大な龍が頭を下げる光景は威厳に満ちながらも、父親としての謙虚さを示していた。『許してくれ、娘よ。そして、娘の夫よ。私は愛を見失い、虚無に身を委ねてしまった』

セリュナが古代龍の姿に変身し、父親に近づいた。銀色の美しい龍と深緑色の荘厳な龍が寄り添う光景は、とても美しく感動的だった。月光の下で、二匹の龍が千年ぶりに親子の絆を確かめ合っている。

『お父様』セリュナが龍の言葉で語りかけた。『私はずっと、お父様に愛されていると信じていました。どんなに時が経っても、どんなに遠く離れていても』

『ありがとう、セリュナ。お前の愛が、私を救ってくれた』アルヴィオンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。『エリシアも、きっと喜んでいるだろう』

しかし、アルヴィオンの体には、まだ虚無の力が残っていた。愛の記憶は戻ったが、長年の虚無の力を完全に浄化するには、さらなる時間と努力が必要だった。鱗の一部は深緑色を取り戻したが、まだ漆黒の部分も残っている。

『私にはまだ、虚無の力が残っている』アルヴィオンが心配そうに言った。『完全に浄化されるまで、再び暴走する危険があるかもしれない』

「大丈夫だ」慶一郎が力強く答えた。「俺たちみんなで、あんたを支える。愛の力で、虚無を完全に浄化してみせる」

レネミア、カレン、サフィ、ナリ、ザイラス、リーザ、アベル、ガルス…記憶を取り戻した仲間たちも、アルヴィオンを温かく迎えた。

「私たちも、アルヴィオン様をお支えします」レネミアが外交官らしい礼儀で頭を下げた。「セリュナさんのお父様として、心から歓迎いたします」

「はい、みんなで力を合わせましょう」サフィが明るく言った。「愛の力があれば、きっと大丈夫です」

ナリが科学的な観点から希望を示した。「魂素学的に見ても、愛の記憶が戻れば、虚無の力は徐々に弱体化していくはずです」

ヴォラックスも同じ古代龍として、アルヴィオンに近づいた。「古き友よ、ようやく帰ってきたな。長い旅路だった」

『ヴォラックス…長い間、すまなかった』アルヴィオンが古い友への感謝を込めて答えた。『私は道を見失っていた』

「今は大丈夫だ」ヴォラックスが力強く言った。「我々がいる。人間たちがいる。そして何より、セリュナがいる」

古老ヴァルガンも、龍族の長老として祝福の言葉を述べた。「アルヴィオンよ、愛に帰還したことを祝福する。エリシアの魂も、安らかに眠れるだろう」

夜空に星が輝く中、アルヴィオンの心に愛が戻り、新たな希望が生まれていた。虚無の王から、愛する父親への長い旅路は、まだ完全には終わっていないが、最も困難な部分は乗り越えたのだった。

慶一郎がアルヴィオンに向かって料理の提案をした。「明日、あんたのための特別な料理を作ろう。『愛の記憶を完全に蘇らせる料理』だ」

『それは…ありがたい』アルヴィオンが感謝した。

「家族みんなで食べよう」セリュナが嬉しそうに提案した。「お父様、エレオノーラ様、マリエル様、慶一郎様…みんなで」

『家族…』アルヴィオンが懐かしそうに呟いた。『久しぶりに聞く、美しい言葉だ』

マリエルが愛のペッパーミルを掲げた。「愛の女神様も、きっとお喜びになります」

エレオノーラも天使の翼を広げて祝福した。「天界も、この和解を祝福しています」

星空の下で、世界最大の危機は愛の力によって解決へと向かっていた。しかし、アルヴィオンの完全な浄化と、世界に散らばった虚無の影響の除去には、まだ時間がかかるだろう。

それでも今は、父と娘が再会し、愛が虚無に勝利した記念すべき夜だった。

慶一郎は仲間たちを見回した。「みんな、本当にお疲れ様だった。今夜はゆっくり休んで、明日からアルヴィオンの完全浄化と、世界の復興に取り組もう」

「はい」全員が声を揃えて答えた。

夜風が穏やかに吹き、花の香りを運んでくる。虚無の匂いは薄れ、代わりに希望の香りが街を包み始めていた。

四人の愛は、ついに古代の絶望をも癒し、世界に新たな調和をもたらしたのだった。しかし、真の平和への道のりは、まだ始まったばかりだった。

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