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父の名(第2部 / エリシアの記憶)

魂素の海の深部で、アルヴィオンの虚無に侵された意識と向き合った慶一郎は、愛の源泉へとさらに進んでいった。

海の最深部に到達すると、慶一郎は驚くべき光景を目にした。そこには、世界中の人々の愛の記憶が結晶化した『愛の源泉』があったのだ。それは巨大な光の泉で、虹色の水晶でできた美しい建造物に囲まれている。源泉からは純粋な愛のエネルギーが無限に湧き出し、世界中に愛の力を供給していた。

しかし、その美しい源泉の周りを、太い黒い鎖のような虚無の渦が取り囲み、源泉の力を弱めていた。愛の光が虚無の闇に押し返され、世界への愛の供給が細々としたものになっている。

(アルヴィオンの虚無の力が、ここまで…愛の根源を攻撃している)

慶一郎は愛の源泉に近づき、調和の炎の力でアクセスを試みた。すると、源泉から温かな光が溢れ出し、失われた愛の記憶が蘇り始めた。しかし、同時に虚無の渦も激しく反応し、慶一郎を阻止しようとする。

その時、虚無の渦の最も深い部分から、苦悩に満ちた声が聞こえてきた。

『やめろ…その記憶に触れるな…封印したはずの記憶を…』

それはアルヴィオンの本当の声だった。虚無の仮面の奥に隠された、愛を失った男の絶望の声。

『逃げるな』慶一郎が強く言った。『あんたの愛は本物だったはずだ。エリシアへの愛、セリュナへの愛…それを思い出せ』

愛の源泉の力を借りて、慶一郎はアルヴィオンの心の奥底に眠る、妻エリシアとの美しい記憶を呼び覚まし始めた。

魂素の海に、古い記憶の映像が浮かび上がった。それは数百年前、アルヴィオンがまだ若い龍王だった頃の記憶。

【第1段階:出会いの記憶】

古代龍族の聖なる森で、若きアルヴィオンが美しい龍の女性と初めて出会った日。エリシアは銀色の鱗を持つ美しい龍で、セリュナにそっくりだった。彼女は月光の下で優雅に舞い踊り、その美しさは森の精霊たちも見とれるほどだった。

『あなたは…この森の新しい住人ですか?』若きアルヴィオンが恥ずかしそうに声をかけた。

『ええ、エリシアと申します』彼女の声は鈴のように美しく、アルヴィオンの心を一瞬で捉えた。『あなたがアルヴィオン王子様ですね。お噂はかねがね』

二人の恋は、まるで運命のように自然に育まれた。共に森を飛び、共に星空を眺め、人間との共存という同じ夢を語り合った。

『私は人間と龍族が仲良く暮らせる世界を作りたい』エリシアの瞳は理想に輝いていた。

『私も同じ夢を持っている』アルヴィオンが答えた。『君となら、きっとその夢を実現できる』

【第2段階:愛の誓い】

アルヴィオンがエリシアにプロポーズした夜。満月の夜、二人は龍族の聖地である『永遠の泉』の前で愛を誓った。

『エリシア、君を愛している』アルヴィオンが差し出したのは、古代龍族の王家に伝わる『愛の指輪』だった。『永遠に、君だけを愛し続ける』

『私も、アルヴィオン様を愛しています』エリシアの瞳に涙が浮かんだ。『どんな困難があっても、あなたを支え続けます』

永遠の泉の水が虹色に輝き、二人の愛を祝福した。森の動物たちも、龍族の長老たちも、すべてが二人の結婚を心から祝った。

【第3段階:セリュナの誕生】

そして、セリュナが生まれた日の記憶。小さな龍の赤ちゃんを抱きながら、エリシアが幸せそうに微笑んでいる。

『この子は、私たちの愛の結晶』エリシアが赤ちゃんのセリュナを優しく抱いている。『きっと美しく、賢く、そして愛に満ちた龍に育つでしょう』

『我々の愛が、この子を通じて永遠に続いていく』アルヴィオンも父親として、深い愛情を抱いていた。『セリュナ…星のように美しい名前だ』

『私たちの愛が、世界に平和をもたらすのね』エリシアの声が記憶の中で響いた。『龍族と人間の架け橋となる、特別な子になるでしょう』

『ああ、エリシア。我々の愛こそが、世界を変える力となるだろう』若いアルヴィオンが希望に満ちて答えていた。

虚無の渦の中から、アルヴィオンの苦悩の声が響いた。

『エリシア…愛しきエリシア…』

しかし、記憶は悲劇的な場面へと移っていく。人間の一部勢力が古代龍族の力を狙い、陰謀を企てた日の記憶。エリシアは夫と娘を守るために、毒の罠に身を投じた。

【第4段階:最期の言葉】

毒に侵されながらも、エリシアは最期まで愛を貫いた。彼女の最期の言葉が記憶の中で蘇る。

『アルヴィオン…愛を忘れないで』エリシアの手がアルヴィオンの頬に触れる。『セリュナを愛して…人間を憎まないで…愛こそが世界を救うの…』

『エリシア、死なないでくれ!』アルヴィオンの絶叫が記憶の中で響く。

『あなたを愛しています…永遠に…セリュナを…よろしく…』

エリシアが静かに息を引き取った瞬間、アルヴィオンの心は完全に砕けた。愛する人を信じたがゆえに失った絶望が、彼の魂を虚無へと導いたのだった。

魂素の海で、この記憶を再体験したアルヴィオンの虚無の渦が激しく震えた。

『エリシア!』アルヴィオンの絶叫が魂素の海に響いた。

慶一郎は記憶の中で、アルヴィオンの絶望を目の当たりにした。愛する妻を失った男の、筆舌に尽くしがたい痛み。しかし、同時に、エリシアの最期の言葉の重さも理解した。

『エリシアは最期まで、愛を信じていた』慶一郎が静かに言った。『あんたに愛を忘れてほしくないと願っていた』

『だが…愛は痛みしか生まない…愛すれば必ず失う…』アルヴィオンが苦しんだ。

『痛みも愛の一部だ』慶一郎が答えた。『でも、愛は痛みだけじゃない。喜びも、希望も生む。セリュナがその証拠だ』

魂素の海に、セリュナの記憶も浮かび上がった。幼い頃から現在まで、彼女がどれほど父を慕い、愛していたかの記憶。

『お父様は世界で一番優しい龍』幼いセリュナの声。

『いつかお父様に会いたい』成長したセリュナの願い。

『慶一郎様を愛しているのは、お父様とお母様の愛を受け継いでいるから』現在のセリュナの言葉。

『セリュナは…私を愛していたのか…』アルヴィオンの声が震えた。

『当たり前だ』慶一郎が確信を込めて答えた。『あんたは彼女の自慢の父親だ。エリシアの愛も、あんたの愛も、セリュナの中で生き続けている』

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