虚無の襲来(第1部 / 仲間たちの帰還)
セリュナとの婚儀から一夜明けた朝、第三都市は不穏な空気に包まれていた。昨夜のアルヴィオンの襲来により、街の一角が完全に消失したまま、まるで最初からそこに何もなかったかのような異常な状況が続いている。
朝の陽射しは依然として温かく、石畳には夜露が残ってキラキラと光っていた。しかし、空気中には微かに焦げた匂いと、何とも表現しがたい「無」の匂いが混じっている。それは存在が消去された場所から漂ってくる、この世のものとは思えない不気味な香りだった。
慶一郎は第三都市の中央広場で、久しぶりに再会する仲間たちを待っていた。アルヴィオンの脅威を受けて、多元調和連合機構(MHAO)の主要メンバーが緊急招集されたのだ。
「慶一郎様!」
最初に現れたのは、黄金龍都から駆けつけたレネミアだった。彼女は外交・資金部門の責任者として、各都市からの緊急報告をまとめてきている。金色の髪が朝の風に揺れ、ヴァレンティア王国の王女らしい気品を保ちながらも、深刻な表情を浮かべていた。
「レネミア、状況はどうだ?」慶一郎が振り返った。
「各都市から続々と報告が入っています」レネミアは息を切らしながら答えた。「第四都市、第五都市でも、昨夜と同様の現象が…建物や人々が忽然と消失しているとのことです」
その時、重い足音と共にカレンが現れた。女騎士である彼女の鎧は、長距離移動の埃に覆われているが、その瞳には強い決意が宿っている。背中の大剣が朝日に鈍く光り、戦いへの覚悟を示していた。
「慶一郎殿」カレンが膝をついて敬礼した。「黄金龍都防衛隊を率いて参りました。どのような敵であろうと、必ずや撃退してみせます」
続いて、明るい笑顔のサフィが小走りで駆け寄ってきた。後方支援担当の彼女は、いつものように軽やかで、重い空気を少しでも和らげようとしている。
「慶一郎さん、セリュナさん!」サフィが手を振った。「昨日の婚儀、本当に素敵でした!でも、大変なことになっちゃいましたね」
そして、冷静な表情のナリが資料の束を抱えて現れた。魂素学の研究者である彼女は、既にアルヴィオンの現象について科学的な分析を始めている。
「慶一郎様」ナリが資料を広げながら言った。「昨夜の現象について、初期分析を行いました。これは既知の魔法や料理技術とは全く異なる、未知の物理法則による現象です」
一方、新生セメイオン共和国からは、ザイラスが情報・技術部門のチームを率いて到着していた。彼の表情は厳しく、かつての帝国幹部時代の鋭さが戻っている。
「慶一郎さん」ザイラスが深刻な顔で近づいてきた。「我々の情報網で調査した結果、このアルヴィオンという存在について、古代の記録に断片的な情報を発見しました」
料理復興局長のリーザも、各地の料理人たちからの報告を持参していた。彼女の手には、消失現場での調査報告書が握られている。
「慶一郎様」リーザが報告した。「消失した場所では、料理の香りや味の記憶すらも完全に消去されています。これは単なる破壊ではありません。存在そのものの抹消です」
最後に、若き騎士アベルと元帝国兵隊長ガルスが軍事チームを伴って到着した。二人とも実戦経験豊富な指揮官として、防衛体制の構築を担っている。
「慶一郎様」アベルが敬礼した。「各都市の防衛体制を確認してまいりました。しかし、通常の軍事力では対処困難と思われます」
「ええ」ガルスも頷いた。「相手の能力が存在消去である以上、物理的な防御は意味をなしません」
こうして、久しぶりに主要メンバーが一堂に会した。朝の光の中で、それぞれが異なる専門分野から持ち寄った情報を共有し、未知の脅威に立ち向かう準備を整えていた。
セリュナは仲間たちの再会を見守りながら、心の奥で複雑な感情を抱いていた。アルヴィオンの「我が愚かな娘よ」という言葉が、まだ耳から離れない。
(もしあの方が本当に…お父様だとしたら…)




