多様性の讃美(第4部 / 奇跡という名の愛)
「エリスちゃんとの思い出を、もう一度感じてみてください」
マリエルが愛のペッパーミルから、父と娘の愛の香りを放った。それは優しく、温かく、そして切ないほど美しい香りだった。
慶一郎の調和の炎が、コルネリウスの心の奥底に働きかける。感情回路は除去されていても、記憶に刻まれた愛の痕跡は消し去ることができない。
「エリス...」コルネリウスの口から、娘の名前が漏れる。
その瞬間、奇跡が起こった。
コルネリウスの瞳に、涙が浮かんだのだ。
「涙が...」コルネリウスが困惑する。「なぜだ?感情回路は除去したはずなのに」
「愛は、どんな手術でも完全には除去できません」エレオノーラが神聖な光を放ちながら説明する。「なぜなら、愛は魂そのものだからです」
セリュナが前に出る。
「あなたの中には、まだエリスちゃんへの愛が生きています。それが今、あなたの涙となって現れているのです」
コルネリウスの手が震える。
「愛...もしそれが愛だとしても...エリスは戻ってこない」
「戻ってこなくても、愛は永遠です」マリエルが優しく語りかける。「愛する気持ちは、決して失われることはありません」
慶一郎が調和の炎を通じて、コルネリウスに語りかける。
「エリスちゃんは、あんたに幸せになってほしいと思ってるはずだ」
「幸せ...」コルネリウスが呟く。
「そうだ。あんたが人々から感情を奪うことを、エリスちゃんが喜ぶと思うか?」
コルネリウスの表情が苦痛に歪む。
「エリスは...エリスは笑顔が好きだった。人の笑顔を見ると、一緒に笑ってくれた」
「その笑顔を、あなたは人々から奪おうとしているのです」セリュナが静かに指摘する。
コルネリウスの涙が頬を伝い落ちる。
「私は...私は何をしていたんだ」
救出された人々が、コルネリウスを取り囲む。しかし、そこに憎しみはなかった。同じく愛する人を失った痛みを理解する、深い共感があった。
「あなたは、愛する娘さんを失った悲しみに耐えられなかっただけです」若い母親が優しく言う。「それは理解できます」
「でも、だからといって他の人の愛を奪う権利はありません」老人が続ける。「愛は、分かち合うものです」
コルネリウスが手元のコンソールを見つめる。完全浄化作戦を実行するボタンが、そこにあった。
「私は...間違っていたのか」
「間違いは誰にでもあります」セリュナが優しく微笑む。「大切なのは、その間違いに気づき、正すことです」
セリュナの微笑みを見て、慶一郎の心が温かくなる。その優しさ、その美しさ──すべてが慶一郎の心を捉えていた。
(セリュナは、いつも人の痛みを理解してくれる。こんなに優しい人が、俺の隣にいてくれるなんて...)
慶一郎の想いが調和の炎を通じてセリュナに伝わると、古代龍の心が激しく震える。
(慶一郎も、私を特別に思ってくれているのでしょうか。この気持ちは...もしかして)
コルネリウスが立ち上がった。
「君たちは正しい」彼の声に、初めて人間らしい温かみが戻っていた。「愛を奪うことは間違いだった。エリスも、きっと悲しんでいるだろう」
コルネリウスが手を伸ばし、完全浄化作戦のキャンセルボタンを押した。
「完全浄化作戦を中止する。そして...」
彼が振り返る。
「感情抑制装置をすべて破壊する。人々に、本当の自由を返そう」
窓の外で、太陽が完全に昇り始めていた。新しい一日の始まり、そして第一都市の新しい希望の始まりでもあった。
「ありがとう、コルネリウス」慶一郎が握手を求める。
「私こそ、ありがとう」コルネリウスが初めて微笑む。「君たちが教えてくれた。愛の大切さを」
セリュナがその光景を見つめながら、心の中で決意を固めていた。
(私も、もう隠すことはできません。慶一郎への想いを、愛という名前で呼ぶ時が来たのです)
第一都市に朝日が差し込む中、新しい愛の物語が始まろうとしていた。多様性に満ちた、美しい愛の物語が。




