多様性の讃美(第1部 / 夜明け前の決戦)
管理室の冷たい蛍光灯が、慶一郎たちの決意に満ちた表情を照らし出していた。
窓の外では、まだ夜の帳が街を覆っているが、東の空にはわずかに薄明りが見え始めている。朝6時まで、あと三時間。完全浄化作戦の開始まで、残された時間は僅かだった。
管理者──その名をコルネリウスという男は、冷たい瞳で一行を見据えていた。中年の痩身に理知的な顔立ちだが、その表情には人間らしい温かみが一切感じられない。
「侵入者たちよ」コルネリウスの声が機械的に響く。「君たちの行為は、人類の進歩に対する重大な妨害だ」
慶一郎が調和の炎を燃やしながら前に出る。炎の温かさが管理室の冷気を和らげ、救出された人々の心に勇気を与えていた。
「進歩だと?人間から感情を奪うことが進歩なのか?」
「そうだ」コルネリウスが断言する。「感情は非効率の源泉。争い、嫉妬、苦痛、絶望──すべて感情が生み出す害悪だ。我々は人類をその苦痛から解放する」
セリュナが一歩前に出た。古代龍の威厳が管理室を満たし、空気がわずかに震える。
「解放?」セリュナの銀色の瞳が怒りに燃える。「あなたが行っているのは解放ではありません。魂の殺戮です」
「魂?」コルネリウスが嘲笑う。「そのような非合理的概念に縛られているから、人類は進歩できないのだ」
その瞬間、セリュナの心に激しい怒りが湧き上がった。しかし、同時に慶一郎への想いも強くなる。
(この男は、慶一郎の美しい心も『非合理的』と言うのでしょうか。人を愛し、人のために戦う慶一郎の気持ちを否定するなど...許せません)
古代龍の恋心が、怒りと共に燃え上がっていく。
エレオノーラが天使の翼を広げた。純白の羽根が蛍光灯の光を受けて神々しく輝き、管理室に神聖な雰囲気をもたらす。
「感情は神が人間に与えた最も尊い贈り物です」天使の声が澄み切って響く。「それを奪うことは、創造主への冒涜に他なりません」
「創造主?」コルネリウスの表情が歪む。「そのような迷信こそが、人類の思考を停滞させる元凶だ」
マリエルが愛のペッパーミルを振ると、記憶の香りが管理室に漂った。その香りに触れた救出された人々の表情が、より生き生きとしてくる。
「アガペリア様の教えにあります」聖女の声が温かく響く。「『多様性こそが愛の真の姿』と。人それぞれ違うからこそ、愛し合う価値があるのです」
しかし、コルネリウスには香りの効果が全く現れなかった。彼もまた、完全に感情を除去された存在のようだった。
「多様性?」コルネリウスが首を振る。「多様性は混乱と争いを生む。統一された効率性こそが、真の幸福をもたらすのだ」
慶一郎の調和の炎が激しく燃え上がる。
「統一された幸福なんて、幸福じゃない」慶一郎の声に強い信念が込められる。「人それぞれ違う幸せがあるから、人生は美しいんだ」
炎の中で魂素粒子が激しく踊り、管理室の空気を浄化していく。しかし、コルネリウスにはその美しさも伝わらない。
「美しさ?」コルネリウスが冷笑する。「主観的で曖昧な概念だ。我々が追求するのは、客観的で測定可能な効率性だ」
その時、窓の外から朝の光が差し込み始めた。夜明けが近づいている。
「時間だ」コルネリウスが手元のコンソールに向かう。「完全浄化作戦を開始する。君たちのような非効率な存在は、この世界には不要だ」
コルネリウスが大きなボタンに手をかけようとした瞬間、セリュナが動いた。
古代龍の速さで彼の前に立ちはだかり、その手を止める。
「させません」
セリュナの銀色の瞳が、決意の光で輝いていた。しかし、その瞳の奥には、慶一郎への深い愛情も宿っている。
(慶一郎が築き上げようとする世界を、この男に壊させるわけにはいきません。愛に満ちた多様性の世界を...)




