記憶の味(第2部 / 第一都市の絶望)
第一都市に到着した一行が目にしたのは、想像を絶する光景だった。
三日前に第三管区の問題を解決し、リベリウスの改革宣言を受けて各都市に向かった彼らだったが、第一都市の状況は予想をはるかに超えて悪化していた。
かつては整然としていた街並みが、今や戦場のような様相を呈している。建物の壁には焼け焦げた跡があり、道路には破片が散乱していた。そして何より恐ろしいのは、街を歩く人々の表情だった。
感情抑制装置によって「再治療」された人々は、以前よりもさらに無表情になっていた。まるで魂を完全に抜き取られたかのように、機械的な動作で街を歩いている。
「酷い...」エレオノーラが天使の感受性で状況を分析する。「人々の魂の波動が、ほとんど感じられません」
街の中央広場では、巨大なスクリーンに管理者の姿が映し出されている。冷たい表情の男性が、市民に向かって宣言していた。
『市民の皆さん、感情という病気に感染した異常者たちは、全て適切な治療を受けました。今後、このような混乱が起きることはありません』
慶一郎の拳が握られる。
「異常者だと...」
『なお、今後感情の兆候を示した市民は、即座に治療対象となります。市民同士の監視と通報を奨励します』
セリュナが人間の姿に戻りながら、怒りを込めて呟く。
「人間を互いに監視させるなど...これは支配ではなく、魂の奴隷化です」
その時、広場の隅で小さな動きがあった。
建物の影に隠れて、数人の人々が密かに集まっている。彼らの表情には、僅かだが感情の光が宿っていた。
「生存者がいる」マルクスが安堵の声を上げる。「『真の味覚を守る会』の仲間たちです」
一行は慎重に、隠れている人々に近づいた。先頭に立つ中年の女性が、マルクスの姿を認めて涙を流す。
「マルクス...生きていたのね」
女性の名前はソフィアといった。第一都市の『真の味覚を守る会』のリーダーで、長年にわたって地下活動を続けてきた人物だった。
「ソフィア、状況はどうだ?」マルクスが尋ねる。
「最悪よ」ソフィアの声が震える。「三日前から『再治療』が始まって、感情を取り戻した人々の大部分が連行されました。抵抗した人たちは...」
彼女の言葉が途切れる。
「どうなったんだ?」慶一郎が前に出る。
「処分されました」ソフィアが絞り出すように答える。「管理者は『感情という病気が重篤化した場合は、人道的処分が適切』と宣言したのです」
エレオノーラの顔が青ざめる。
「人道的処分...まさか」
「はい」ソフィアが涙を流しながら頷く。「昨日だけで、五十人が『処分』されました。彼らの罪は、ただ感情を取り戻しただけだったのに」
セリュナの銀色の瞳が怒りに燃える。
「許せません」古代龍の威厳が込められた声が響く。「人間の感情を病気と呼び、それを理由に命を奪うなど...」
慶一郎は調和の炎を最大限に燃やした。炎の温かさが周囲を包み、隠れている人々の心に希望を送る。
「まだ間に合う」慶一郎の声に強い決意が込められる。「俺たちが来たのは、あんたたちを救うためだ」
ソフィアの瞳に、久しぶりに希望の光が宿った。
「本当に...私たちを助けてくれるのですか?」
「ああ」慶一郎が頷く。「そのために、みんなでここまで来たんだ」
マリエルが愛のペッパーミルを振ると、記憶の香りが広がった。隠れている人々の心に、失われかけていた大切な記憶が蘇っていく。
「この香り...」一人の男性が涙を流す。「妻の手料理の香りだ」
「私は...息子の笑顔を思い出しました」
人々の表情に、少しずつ生命の光が戻ってくる。しかし、同時に深い悲しみも込み上げてきた。
「でも、もう遅いのかもしれません」ソフィアが絶望的な声で言う。「管理者は明日、『完全浄化作戦』を実行すると宣言しています」
「完全浄化作戦?」セリュナが眉をひそめる。
「街の全住民に対する、強制的な感情完全除去手術です」ソフィアが説明する。「今度は一時的な抑制ではなく、永続的に感情を感じられなくする手術を、全市民に施行するのです」
ソフィアの声がさらに震える。
「明日の朝6時から開始予定です。一時間に百人のペースで処理するとのことです。つまり、夜が明けたら...」
慶一郎の炎が激しく燃え上がる。
「そんなことは絶対にさせない」




