失われた味覚(第4部 / 新たな戦いへの序曲)
ナタリアの報告は衝撃的だった。
「反乱?」慶一郎が眉をひそめる。
「はい」ナタリアが息を切らしながら説明する。「第一都市、第二都市で、感情を取り戻した市民たちが、まだ感情抑制状態の人々や施設を襲撃しているのです」
エレオノーラの表情が曇る。
「第三管区と同じことが、他の都市でも起きているのですね」
「それだけではありません」ナタリアが続ける。「各都市の管理者たちが、『完全鎮圧』を宣言しました。感情を取り戻した人々を『異常者』として処分しようとしています」
マルクスの顔が青ざめる。
「処分?まさか...」
「はい」ナタリアが重々しく頷く。「リベリウス様は必死に制止しようとしていますが、各都市の管理者は『リベリウスも異常者に洗脳された』として、彼の命令を無視しています」
ナタリアが続ける。
「リベリウス様は緊急改革案を発表されました。ユートピア全土の完全な改革を即座に実行するとのことです」
ナタリアが詳細を説明する。
「まず、全都市で完璧栄養食の製造を即時停止し、本物の食材を用いた食事の復活を実施します。そして、感情抑制装置の完全撤去を即座に命じました。さらに、各都市に『真の味覚回復センター』の設置も指示されています」
「そこまで具体的に...」慶一郎が驚く。
「はい。リベリウス様は『私の犯した罪を、私の手で償う』とおっしゃっています。しかし、各都市の管理者たちがそれを『異常行動』として拒否しているのです」
セリュナの銀色の瞳が鋭く光る。
「つまり、ユートピア連邦は内戦状態に陥ったということですね」
「その通りです」ナタリアが絶望的な表情を浮かべる。「このままでは、せっかく感情を取り戻した人々が皆殺しにされてしまいます」
庭園に重い沈黙が落ちる。人々の味覚が回復し、希望に満ちていた空気が、一瞬で緊迫感に変わった。
慶一郎が立ち上がる。
「俺たちが行くしかない」
「慶一郎...」エレオノーラが心配そうに言う。「しかし、複数の都市で同時に起きている問題です。私たちだけで対処できるでしょうか」
「一人では無理かもしれない」慶一郎が調和の炎を燃やす。「でも、俺たちは一人じゃない」
セリュナが前に出る。
「私も参ります」古代龍の決意が込められた声が響く。「人間の自由を守ることは、古代龍族の使命でもあります」
セリュナの視線が慶一郎に向けられる。そこには、使命感だけでなく、彼と共に戦いたいという個人的な想いも込められていた。
(慶一郎と離れたくない...この気持ちは何なのでしょう)
マリエルが愛のペッパーミルを握りしめる。
「アガペリア様からのお告げです」聖女の声が神聖に響く。「『愛は、どんな困難も乗り越える力を与える』と」
マルクスが立ち上がる。
「私たち『真の味覚を守る会』も、全面的に協力します」彼の声に強い決意が込められていた。「各都市に潜伏している仲間たちに連絡を取り、内部からの支援を行います」
エルザも頷く。
「この庭園で育てた食材を持参しましょう。きっと、戦いの後で人々の心を癒すのに役立ちます」
味覚を回復したばかりの人々も、次々と手を挙げていく。
「私たちも戦います!」マーガレットが叫ぶ。「せっかく取り戻した感情と味覚を、誰にも奪わせません!」
庭園に、決意に満ちた声が響き渡る。
セリュナが慶一郎の隣に立つ。
「慶一郎、私たちなら必ず成功します」
古代龍の声には、彼への絶対的な信頼と、それを超えた深い感情が込められていた。
「ああ」慶一郎が頷く。「みんなで一緒に、本当の平和を取り戻そう」
地下庭園の人工的な光が、一行の決意に満ちた表情を照らし出していた。ユートピア連邦各地で起きている混乱を収束させるため、新たな戦いが始まろうとしている。
しかし、今度の戦いは以前とは違っていた。慶一郎たちには、強力な仲間がいる。『真の味覚を守る会』の協力、そして何より──愛によって結ばれた絆があった。
セリュナは自分の心の変化に戸惑いながらも、慶一郎と共に戦えることに深い喜びを感じていた。
(この気持ちの正体が分からなくても、慶一郎の側にいたい)
夜明けの光が地下庭園にも届き始めていた。新しい一日が始まろうとしている。そして、真の調和を求める戦いが、再び幕を開けようとしていた。




