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失われた味覚(第3部 / 隠された地下庭園の奇跡)

「第三段階は『記憶の味覚との融合』です」

マルクスの説明が佳境に入る。彼が示したのは、地下への階段だった。

「皆さんをお連れしたい場所があります」

一行は、マルクスの案内で建物の地下深くへと向かった。石造りの階段は古く、壁面には苔が生えている。空気はひんやりとしているが、下に降りるにつれて、かすかに土の香りと植物の匂いが漂ってきた。

「これは...」エレオノーラが驚きの声を上げる。

地下に現れたのは、信じられない光景だった。

広大な地下空間に、緑豊かな庭園が広がっている。人工的な照明の下で、様々な野菜や果物、ハーブが生き生きと育っていた。トマトは真っ赤に熟し、レタスは朝露のように瑞々しく、バジルやローズマリーは豊かな香りを放っている。

「地下農園...」慶一郎が息を呑む。

「はい」マルクスが誇らしげに説明する。「完璧栄養食体制の下でも、私たちは密かに本物の食材を育て続けてきました。この庭園で育った食材だけが、真の味覚回復の最終段階を可能にするのです」

セリュナが庭園を歩きながら、様々な植物に触れていく。古代龍族特有の自然との親和性で、植物たちの生命力を感じ取っていた。

「素晴らしい生命力です」セリュナが感嘆する。「これらの植物には、育てる人々の愛情がしっかりと宿っています」

エルザが近づいてきて、完熟したトマトを一つ摘み取った。

「このトマトを育てるのに、三ヶ月かかりました」彼女の声に深い愛情が込められている。「毎日話しかけ、手入れをして、愛情を注ぎ続けたのです」

マリエルが愛のペッパーミルを振ると、その香りが庭園の自然な香りと融合して、この世のものとは思えない芳醇さを生み出した。

「アガペリア様も、きっとお喜びでしょう」聖女が微笑む。「愛情で育てられた食材には、神の祝福が宿っています」

マルクスがトマトを薄くスライスして、味覚麻痺の人々に配っていく。

「ゆっくりと、よく噛んで味わってください」彼が優しく指導する。「急がず、食材との対話を楽しんでください」

最初に口にしたマーガレットの表情が、驚きに変わった。

「あ……甘い?」マーガレットが目を丸くする。その瞳には喜びと同時に深い恐怖が宿っていた。「本当に甘い。でも、怖い。感覚が一気に戻るのが、嬉しくて、でも怖いんです……」

彼女の手が震え、涙が頬を伝い落ちる。

「味が...戻ってきました」

彼女の瞳に涙が溢れる。

「甘さと酸味、そして太陽の温かさまで感じられます。でも、この感覚に慣れるまで時間がかかりそうです」

「本当ですか?」

「はい!確かに美味しいです!」

マーガレットの成功に励まされ、他の人々も恐る恐るトマトを口にしていく。しばらくすると、あちこちから歓声が上がり始めた。

「味がする!」

「美味しい!」

「生きているって感じがします!」

庭園が人々の喜びの声に満たされる中、慶一郎は深い感動を覚えていた。

「マルクス、みんな...ありがとう」

慶一郎の声が震える。

「俺一人じゃ、絶対にできなかった」

「いえ」マルクスが首を振る。「あなたの調和の炎があったからこそ、人々は感情を取り戻し、味覚回復への意欲を持てたのです。私たちはただ、その手助けをしただけです」

セリュナが庭園の奥で、一人静かに佇んでいた。彼女の周囲には、なぜか植物たちがより生き生きと輝いて見える。

慶一郎が彼女に近づく。

「セリュナ、どうした?」

「慶一郎...」セリュナが振り返る。その表情は、いつもの威厳ある古代龍ではなく、一人の女性としての優しさに満ちていた。

「この庭園を見ていると、あなたとの出会いを思い出します」

「俺との出会い?」

「はい」セリュナの頬が僅かに紅潮する。「あなたの料理に初めて触れた時、千年の記憶にない感動を覚えました。そして今、この庭園で人々が味覚を取り戻す姿を見て、同じような感動を覚えています」

セリュナが一歩慶一郎に近づく。

「もしかすると...私もあなたと出会って、何か大切なものを取り戻したのかもしれません」

「大切なもの?」

セリュナの心に、千年間感じたことのない感情が湧き上がる。

(あなたと共にいると、私自身が初めて人間になったような気がします)

古代龍としての威厳や孤高さではなく、一人の女性として慶一郎を見つめている自分に気づく。

「それは...」セリュナが言いかけた時、慶一郎の優しい眼差しに心が震える。

(この気持ちを、何と呼べばよいのでしょう。愛...という言葉が、心の奥底から湧き上がってきます)

セリュナの心に更なる戸惑いが生まれる。

(この気持ちは何でしょう。古代龍として生きてきた私が、なぜ人間に、いえ、慶一郎に惹かれるのでしょう。初めて抱くこの感情が、私を困惑させています──でも、それ以上に、この温かな気持ちを手放したくないのです)

古代龍族の矜持と、一人の女性としての想いが心の中で葛藤している。

セリュナが答えようとした時、庭園の入り口から急いでやってきた人影があった。

ナタリアだった。彼女の表情は緊張に満ちている。

「皆さん、大変です!」ナタリアが叫ぶ。「リベリウス様からの緊急連絡です。ユートピア連邦の他の都市で、大規模な反乱が発生しています!」

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