善意の暴力(第3部 / 罪と罰、そして贖罪への道)
リベリウスの告白により、食堂の空気は深い静寂に包まれた。
月光が窓から差し込み、彼の涙に濡れた頬を銀色に照らしている。秋の夜風は次第に冷たくなり、人々の肌に季節の移ろいを感じさせていた。
「私は間違っていました」
リベリウスが立ち上がる。その姿は、もはや冷酷な支配者ではなく、愛する家族を失った一人の父親だった。
「感情を悪だと決めつけ、愛を苦痛の源だと断罪し、そして──」
彼の声が詰まる。
「そして、数え切れない人々から、大切な記憶を奪い取りました」
食堂にいた人々が、複雑な表情でリベリウスを見つめている。怒りもあれば、理解もあり、そして赦しの兆しも見える。
「リベリウス殿」
セリュナが立ち上がり、古代龍族の威厳を込めて語りかける。
「あなたの罪は確かに重い。しかし、真実を受け入れ、悔い改める心があるならば、贖罪への道は残されています」
「贖罪...」リベリウスが呟く。「しかし、私にそんな資格があるでしょうか」
「あります」
慶一郎が前に出る。調和の炎を穏やかに燃やしながら、リベリウスを見つめた。
「料理人として言わせてもらいます。どんなに失敗した料理でも、愛情を込めて作り直せば、必ず美味しくなる」
「料理と人生は違います」
「同じです」慶一郎が断言する。「人生も料理も、愛が基本。愛さえあれば、やり直すことができる」
エレオノーラが天使の光を纏いながら歩み出る。
「天界の教えでも、真の悔い改めには必ず赦しが与えられます。あなたの心に愛が戻った今、新しい人生を歩む権利があります」
マリエルが愛のペッパーミルを振ると、赦しの香りが食堂に漂った。それは温かく、優しく、そして希望に満ちた香りだった。
「アガペリア様からのお言葉です」聖女が神々しく宣言する。「『愛に立ち返る者を、愛は決して見捨てない』と」
しかし、リベリウスの表情は依然として暗かった。
「皆さんの優しさは身に染みます。しかし、私が犯した罪は...」
その時、食堂の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、息を切らせた若い男性だった。ユートピア連邦の制服を着ているが、その表情は恐怖に歪んでいる。
「リベリウス様!大変です!」
男性が叫ぶ。
「第三管区で暴動が発生しています!感情を取り戻した住民たちが、まだ『治療』を受けている人々を襲撃し始めました!」
男性が息を切らしながら続ける。
「それだけではありません。地下に隠れていた抵抗組織の人々も現れました。彼らは以前から『完璧栄養食』に疑問を抱き、密かに本物の食材を隠し持っていたようです」
セリュナの瞳が鋭くなる。
「抵抗組織?」
「はい。『真の味覚を守る会』と名乗っています。彼らは感情抑制を完全に受けたふりをしながら、実は密かに抵抗を続けていたのです」
一同に緊張が走る。
「襲撃?」慶一郎が眉をひそめる。
「はい」男性が説明を続ける。「感情を取り戻した人々が、『完璧栄養食』を強制摂取させられている人々を『敵』だと決めつけて...」
セリュナの表情が険しくなる。
「愛が憎悪に転化したのですね」
「どういうことですか?」エレオノーラが尋ねる。
「感情を取り戻した人々が、まだ感情抑制状態にある人々を『人間ではない』と判断し始めたのです」セリュナが分析する。「これは非常に危険な状況です」
リベリウスが青ざめる。
「私の罪が...新たな争いを生んでしまったのですか」
慶一郎が立ち上がった。調和の炎が激しく燃え上がる。
「争いじゃない。俺たちが止める」
「しかし、慶一郎」エレオノーラが心配そうに言う。「感情を取り戻したばかりの人々は、非常に不安定な状態です。説得は困難でしょう」
「だからこそ、行かなければならない」
マリエルが愛のペッパーミルを握りしめる。
「真の愛は、憎悪を癒すことができます。アガペリア様を信じて」
セリュナが決意を固める。
「私も参ります」古代龍の威厳が彼女の声に込められる。「人間の感情の暴走を止めることも、また古代龍族の使命です」
リベリウスが震え声で言う。
「私も...私も行かせてください」
「リベリウス殿?」
「これは私の責任です」彼の瞳に、初めて真の決意が宿る。「私が作り出した問題を、私の手で解決したい」
慶一郎がリベリウスを見つめる。その瞳に、もはや冷酷な支配者の影はない。ただ、息子を愛した父親の、そして妻を愛した夫の姿があるだけだった。
「分かった。一緒に行こう」
リベリウスが立ち上がる。その瞳に、初めて真の決意が宿っていた。
「皆さん、聞いてください」
リベリウスが食堂の人々に向かって宣言する。
「私は、ユートピア連邦の完全なる改革を約束します。完璧栄養食の廃止、感情抑制装置の撤去、そして何より──人々が再び愛を込めて料理し、心から食事を楽しめる社会の実現を」
食堂の人々が希望に満ちた表情で頷く。
「これは私の責任であり、私の使命です」リベリウスが続ける。「エミールとアンナに誓って、必ずやり遂げます」
夜風が窓を激しく揺らし、遠くから群衆の叫び声が聞こえてくる。第三管区では、確実に混乱が拡大しているようだった。




