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火と神の囁き(導火の章・囁かれた焔) - 『審問の火、囁きの檻』

 俺たちは“迎え”と称された獣人の監視隊に囲まれ、村の奥へと連行された。ナリとサフィは一言も発さず、ただ無言で先を歩いた。


 村の中心にある広場には、炭に焦げた十字杭があった。鉄の匂いと、灰に混じる何か焦げた脂の香り。何かが“見せしめ”に焼かれた痕跡だった。


「火を持ち込む者は、かつて神罰をもたらした。焼かれた者は蘇らず、火種は大地を裂いた」


 そう語ったのは、鉄仮面をかぶった老人だった。村の“火律審問官”と名乗り、声に一切の熱を帯びていなかった。


「審問のため、火の手を縛る。火に触れたすべてを封じる」


 その言葉と同時に、カレンの剣が取り上げられ、アリシアのノートが燃やされた。ミナの荷袋も焚き火用の石ごと奪われた。


 俺だけが、ただ腕を後ろに縛られた。


 そして導かれたのは、村の外れにある湿った岩窟。

 そこには、磔の木枷が据えられていた。


「処刑ではない。ただ、“火の罪”を冷ますまで、焔から遠ざける」


 木に縛られた腕が軋む。


 その瞬間、胸の奥が急に締めつけられた。

 焼けるような鋭い痛みと共に、視界が白く染まる。


 ——パンッ。


 銃声が、耳の奥で鳴った。

 心臓が跳ね、呼吸が止まり、足元の地面が消えるような感覚。


 脳裏に焼きついた、前世の最期。

 厨房の中、完璧に仕上げた目玉焼き、そして——背中に感じた熱と冷たさ。


 記憶が、火のように舞い上がる。


 「……っ、ぐ……!」


 呻いたときには、呼吸ができなかった。

 酸素が届かず、肺がきしみ、全身から力が抜けていく。

 痙攣するように背中が跳ね、目の焦点が合わなくなっていった。。

 背中に感じるのは、かつて火を見たであろう獣たちの爪痕。


 夜が迫る。

 冷気と共に、“神の火”と呼ばれる幻聴のような囁きが耳に入りはじめた。


 それは、皿の上の焦げを嗅いだ時に似た匂いだった。


 “観測対象、火の記憶を封印……あるいは継承可能”


 脳裏に、焚き火の揺らぎと共にあの声が浮かぶ。だが俺は、まだ火を語る資格すら与えられていない。


 地面の影で、ナリがひそかにこちらを見ていた。


 その手には、焦げた芋のかけらがあった。


 囁きはまだ続く。

 次に火が灯る時、それは料理か、刑罰か。


 ……カレンは、黙って空を見ていた。剣を奪われたことには一言も文句を言わなかったが、その手は膝の上で静かに震えていた。誰もそのことを口にしない。だが、彼女は自分より先に俺が傷ついたと知った瞬間、目を逸らしていた。


 アリシアは、燃やされたノートの灰を手のひらで掬っていた。文字が消えた紙片のひとつを握ったまま、彼女は俺のほうを一度だけ見て、すぐに伏し目になった。その頬に、熱いものがにじんでいた。


 ミナは、岩の隅で膝を抱えていた。あまりしゃべらない。でも、彼女は今にも何かを叫び出しそうな顔をして、じっと俺の背を見つめていた。手の中にある焦げた菜箸が、少しだけ折れていた。


 そしてナリ。あの獣人の少女は、岩陰から小さく姿を覗かせたまま、焦げた干し芋を見つめていた。それを食べるでもなく、捨てるでもなく、指でなぞるように、何度も表面をなでていた。


 何も言わなかった。でも、彼女の表情の奥で何かが揺れているのを、俺は見た。


 “温かかった。知らなかった。こんなもの、最初からなければよかったのに”


 言葉にならない気持ちが、湿った石壁の奥に染みていくようだった。


 恋と呼ぶには幼く、執着と呼ぶにはまだ早い。

 だが確かに、あの眼の奥にあるものは——俺に向けられた焔だった。

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