完璧な檻(第1部 / 銀翼、雲海を駆ける)
空高く舞い上がったセリュナの銀鱗が、午後の陽光を受けて七色に輝いていた。風は高度二千メートルの冷たさを纏い、古代龍の巨体を包み込む。しかし、セリュナの心は燃えるような怒りで満ちていた。
「慶一郎、エレオノーラ、マリエル」
セリュナの声が風に乗って地上に届く。その声には、古代龍族の誇りと、人間への深い愛情が込められていた。
「私一人でユートピア艦隊と戦うつもりでしたが...考えを改めました」
慶一郎が調和の炎を最大限に燃やし、魂素粒子を通じてセリュナの心に応答する。
「セリュナ、何を考えている?」
「あの者たちの本拠地を直接叩きます」セリュナの銀の瞳が決意に燃える。「根元を断たなければ、いくら戦っても無意味です。慶一郎、あなたたちも一緒に来てください」
エレオノーラが天使の翼を広げた。純白の羽根が風にそよぎ、神聖な光の粒子を空気中に散らす。
「ユートピア連邦の本拠地に?しかし、敵地に乗り込むのは危険すぎます」
「危険?」セリュナが振り返る。その瞬間、彼女の鱗から銀色の光が放射され、周囲の雲を一瞬で蒸発させた。「私は古代龍です。そして、あなた方は愛と調和の力を持つ。何を恐れることがありましょう」
マリエルが愛のペッパーミルを握りしめる。香辛料の芳香が風に混じり、甘い記憶の香りとなって広がった。
「アガペリア様からのお告げがあります」聖女の声が神々しく響く。「『真の愛は、困難を前にしても逃げることはない』と」
慶一郎は決断した。調和の炎を纏い、セリュナの背中に飛び乗る。炎の温かさが古代龍の冷たい鱗を包み、不思議な調和を生み出した。
「行こう、セリュナ。俺たちの料理で、あいつらの『完璧』とやらを叩き潰してやる」
エレオノーラとマリエルも、天使の翼と聖女の光に包まれながらセリュナの背に降り立つ。
「では、参りましょう」
セリュナの巨大な翼が力強く羽ばたくと、一行は雲海の彼方へと飛び立った。
眼下に広がるのは、緑豊かな大地だった。しかし、飛行を続けるうちに、その風景は徐々に変化していく。自然の緑は後退し、代わりに幾何学的に整理された灰色の建造物群が現れ始めた。
「あれが...ユートピア連邦の領域ですか」
エレオノーラの声に驚きが混じる。眼下に広がる光景は、確かに整然としているが、どこか生命感に欠けていた。
建物はすべて同じ高さ、同じ色、同じ形状で建てられている。道路は完璧な直線を描き、一本の雑草も見当たらない。人々の姿も見えるが、皆が同じような服装で、同じような歩調で移動している。
「美しいと言えば美しいですが...」マリエルが複雑な表情を浮かべる。「まるで生きた庭園ではなく、石で作られた模型のようです」
慶一郎は調和の炎を通じて、下界の情報を読み取ろうとした。しかし、驚くべきことに、ほとんど何も感じられない。
「魂素粒子の反応が...ほとんどない」
「どういうことです?」エレオノーラが尋ねる。
「あの街には、感情の波動がほぼ存在しない。まるで人形の街を見ているようだ」
セリュナの鱗が微かに震える。古代龍族特有の感受性で、彼女もまた下界の異常を感じ取っていた。
「生命の息吹が...感じられません。あの人々は確かに生きているはずなのに、まるで魂が抜けているかのよう」
やがて、街の中央部に巨大な白い建造物が見えてきた。それは宮殿というよりも、巨大な研究施設のような外観をしている。
「あそこがユートピア連邦の中枢部ですね」
セリュナが高度を下げ始める。しかし、建物に近づくにつれて、奇妙な現象が起こり始めた。
慶一郎の調和の炎が不安定になり始めたのだ。
「何だ、これは...」
炎の中の魂素粒子が乱れ、美しいパターンを保てなくなっている。
「慶一郎様!」マリエルが愛のペッパーミルを振ろうとするが、香辛料の香りも薄れてしまう。
「何らかの妨害装置があるようですね」エレオノーラの天使の光も弱々しくなっている。「感情や魂素に作用する何かが...」
セリュナだけは影響を受けていないようだった。古代龍族の力は、人工的な装置では抑制できないのかもしれない。
「皆さん、私の力で皆さんを守ります」
セリュナの鱗から放射される銀色の光が、一行を包み込んだ。するとどうだろう、慶一郎の調和の炎が再び安定し、エレオノーラとマリエルの力も戻ってきた。
「古代龍族の力は、このような人工的な妨害では抑えられないのです」セリュナが誇らしげに言う。「そして、私と共にいる限り、皆さんの力も守られます」
建物の屋上に着地したセリュナは、再び人間の姿に変身した。銀髪の美女の姿に戻った彼女は、しかし以前とは違う雰囲気を纏っている。龍の力を隠すことなく、威厳と優雅さを同時に表現していた。
「では、参りましょう」セリュナが建物の入り口を見つめる。「この『完璧な檻』の正体を、その目で確かめてください」




