偽善の招待(第4部 / 真実の暴露、戦いの始まり)
慶一郎の調和の炎が広場全体を包み込むと、驚くべきことが起こった。
使節団の中で、次々と人々が本来の感情を取り戻し始めたのだ。涙を流す者、困惑する者、そして──怒りを露わにする者も現れた。
「私たちは何をしていたの?」
「家族の顔を忘れていた...」
「故郷の料理の味が蘇ってくる...」
使節団の統制が崩れていく中、リベリウスの表情は怒りに歪んでいた。
「やはり、あなた方は人類の敵です」
リベリウスが懐から小さな装置を取り出す。それは通信機のようだった。
「第二段階に移行します。強制改善プロトコルを実行してください」
通信機から冷たい声が返ってくる。
『了解。ユートピア第七改善艦隊、作戦開始』
空を見上げると、雲の向こうから巨大な影がゆっくりと現れた。それは船というよりも、空飛ぶ要塞のような代物だった。
「改善艦隊?」エレオノーラが青ざめる。
「この地域の全住民に対し、強制的な『治療』を実施します」リベリウスが宣言する。「抵抗は無意味です。我々の技術は、あなた方の想像を超えています」
セリュナが振り返る。
「慶一郎、あなたとはかつてこの地で共に奇跡を成し遂げました。再び、あなたと手を取り合い、人と龍の調和を守れることを嬉しく思います」
「慶一郎、皆さん、街の人々を避難させてください」
「セリュナ、まさか...」
「私がこの艦隊を止めます」セリュナの瞳が、完全に龍の瞳に変わった。「古代龍族として、人間の自由を守るために」
「一人では危険すぎる」慶一郎が制止しようとする。
「大丈夫です」セリュナが優雅に微笑む。「私は一人ではありません。黄金龍都の仲間たち、そしてあなた方がいます」
空中の艦隊から、光線が降り注ぎ始めた。それは破壊的な攻撃ではなく、おそらく住民を無力化するための装置だろう。
「急いで!」
慶一郎が調和の炎を最大限に燃やし、街の人々に避難を呼びかける。エレオノーラは天使の光で光線を遮り、マリエルは愛のペッパーミルで人々の心を落ち着かせていく。
そして、セリュナが──
「皆様、少し下がっていてくださいませ」
銀髪の美女が、その姿を徐々に変化させていく。身体が大きくなり、銀色の鱗が現れ、そして──
巨大な古代龍セリュナが、その威容を現した。
「ユートピア連邦よ」
セリュナの声が空に響く。それは人間の声ではなく、古代龍族の威厳に満ちた咆哮だった。
「あなた方の偽善を、私は許さない」
セリュナが翼を広げ、空に舞い上がる。銀色の鱗が陽光に輝き、その美しさは戦場にあってなお神々しかった。
リベリウスが通信機に向かって叫ぶ。
「古代龍だ!戦闘モードに切り替えろ!」
『了解。魔物殲滅プロトコル実行』
艦隊から、今度は本格的な攻撃が始まった。しかし、セリュナは軽やかにそれらを避け、反撃の炎を吐く。古代龍族の炎は、ユートピアの技術をも焼き尽くす力を持っていた。
「すごい...」
慶一郎は、空中での戦いを見上げながら呟く。セリュナの戦いは美しくさえあった。怒りに燃えながらも、その動きには古代から続く気品が宿っている。
しかし、艦隊の数は多い。セリュナ一人では、すべてを相手にするのは困難だろう。
「俺たちも戦わなければ」
慶一郎が調和の炎を燃やそうとした時、エレオノーラが彼の手を握った。
「慶一郎、待ってください」
「エレオノーラ?」
「セリュナ様は、私たちに別の役割を期待しているのです」天使の瞳が輝く。「戦うのではなく、救うことを」
慶一郎が周囲を見回すと、使節団の人々が混乱の中で苦しんでいるのが見えた。記憶を取り戻し始めた彼らは、自分たちが何をしてきたのかを理解し始め、恐怖と罪悪感に苛まれている。
「そうか...」
慶一郎は理解した。真の戦いは、武力による制圧ではない。人々の心を救い、真の自由を取り戻すことなのだ。
「マリエル、エレオノーラ、俺たちの戦いが始まる」
三人が手を重ねると、愛の光の指輪が激しく輝いた。調和の炎、天使の光、愛の香辛料──三つの力が融合し、新たな奇跡を生み出そうとしている。
空では、セリュナの戦いが続いている。地上では、慶一郎たちの本当の戦いが始まろうとしていた。
ユートピア連邦の偽善が暴露された今、真の調和を巡る戦いの火蓋が切って落とされたのだ。




