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偽善の招待(第3部 / 古代の怒り、現代への警鐘)

「不要、ですって?」

セリュナの声は相変わらず上品だったが、その底に込められた怒りは、古代龍族の力そのものだった。

「私は千年以上にわたり、人間と龍族の調和を願い続けてきました。その長い年月の中で、人間の美しさとは何かを学んできたつもりです」

セリュナが一歩前に出ると、地面がわずかに震えた。

「人間の美しさは、完璧さにあるのではありません。迷い、悩み、喜び、悲しみ──すべての感情を抱えながらも、それでも前に進もうとする意志にあるのです」

「古臭い感傷論ですね」リベリウスが嘲笑う。「感情は判断を鈍らせ、効率を低下させる」

「効率?」セリュナの瞳が一瞬、龍の瞳のように縦に細くなる。「あなた方は人間を、工場で生産される製品か何かと勘違いしているのですか?」

慶一郎が前に出る。彼はセリュナの怒りを感じ取り、同時にその正当性を理解していた。

「リベリウス殿」慶一郎の声は静かだが、確固たる意志に満ちている。「あなた方の考える『改善』を、この街の人々に無理強いするつもりですか?」

「無理強い?」リベリウスが首を振る。「これは治療です。病気の治療に、患者の同意が必要でしょうか?」

エレオノーラが天使の光を纏いながら立ち上がる。

「人間の感情や個性を病気と呼ぶのですか?それは創造主への冒涜です」

「創造主?」リベリウスが笑う。「そのような非合理的な概念にすがるから、人類は進歩できないのです。我々は合理性の力で、古い迷信を超越したのです」

マリエルが愛のペッパーミルを強く握りしめる。

「アガペリア様...」聖女の祈りが空気を震わせる。「どうか、この方々に真の愛の意味をお教えください」

その時、使節団の中から一人の若い女性が前に出た。彼女の表情には、他の団員とは違う複雑さが宿っている。

「リベリウス様」女性の声は震えていた。「私は...私は故郷の料理の味を思い出してしまいます。それは完璧栄養食よりも美味しく感じるのです。これは病気なのでしょうか?」

リベリウスの表情が一瞬歪む。

「ナタリア、あなたは治療が不十分だったようですね」

「治療?」セリュナが聞き返す。「具体的には何をするのです?」

「感情抑制薬の投与、記憶の一部消去、そして思考パターンの最適化です」リベリウスが淡々と答える。「これにより、不要な欲求や迷いは完全に排除されます」

広場に恐ろしい静寂が落ちる。

「記憶の消去...」慶一郎の声が震える。「それは人間そのものを殺すことと同じじゃないか」

「古い人格を殺し、新しい完璧な人格を生み出すのです」リベリウスが説明する。「これこそが、真の慈善事業なのです」

セリュナの周囲に、薄っすらと銀色の光が立ち上った。それは人間の姿を保ちながらも、古代龍族の力の片鱗だった。

「慈善事業?」セリュナの声に、千年の怒りが込められる。「それは慈善ではありません。魂の殺戮です」

「感情的な反応ですね」リベリウスが冷笑する。「これだから、旧世代の存在は非効率なのです」

「では、お尋ねします」セリュナが一歩前に出る。「あなたは、自分の子供時代の記憶を覚えていますか?母親の手料理の味を?」

リベリウスの表情が一瞬固まる。

「そのような非効率な記憶は、既に最適化済みです」

「つまり、あなた自身も既に『治療』を受けているということですね」セリュナの声が哀れみを込める。「あなたはもう、人間ではないのかもしれません」

「人間を超越した、完璧な存在です」リベリウスが胸を張る。

「完璧?」慶一郎が前に出る。「完璧な存在が、なぜ他者を改造する必要があるんだ?真に完璧なら、多様性も受け入れられるはずだろう」

リベリウスの論理に初めて綻びが生じる。

「それは...効率の問題です」

「効率?愛が効率で測れるとでも?」マリエルが静かに問いかける。

セリュナが美しく微笑む。しかし、その笑顔には古代龍族の恐ろしい力が秘められていた。

「リベリウス様、あなた方の『完璧』がいかに脆いものかを、証明してさしあげましょう」

セリュナが手を軽く振ると、空気中に香りが漂った。それは料理の香りではない。自然の匂い──森の土、草花の香り、清らかな水の匂いだった。

使節団の中で、数人が表情を変える。失われたはずの記憶が、香りによって呼び覚まされているのだ。

「この香りは...」ナタリアが涙を流し始める。「故郷の森の香りです。私、思い出しました。子供の頃、母と一緒に野いちごを摘んだ日のことを」

「治療の効果が薄れている!」リベリウスが慌てる。「すぐに強制調整を──」

「やめろ!」

慶一郎の怒りが爆発した。調和の炎が激しく燃え上がり、魂素粒子が嵐のように舞い踊る。

「人の記憶を、心を、勝手に操るな!」

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