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偽善の招待(第2部 / 完璧という名の檻)

広場の空気が張り詰める中、リベリウスの仮面が徐々に剥がれ始めていた。

「ちなみに申し上げますと」リベリウスが付け加える。「我々ユートピア連邦では、すべてが統一された行動を取ります。五百名というのは我々の行動単位の最小規模に過ぎません」

「セリュナ様、お言葉ですが」

リベリウスの声に、初めて冷たさが滲む。

「感情や個性というものは、確かに美しいものかもしれません。しかし、それらがもたらす争い、苦痛、不平等を考えれば、排除されるべき欠陥でしょう」

「争いや苦痛は確かに辛いものです」セリュナが穏やかに同意する。「しかし、それらを乗り越えることで得られる成長、絆、そして真の喜び──それらも同時に失われてしまうのではありませんか?」

慶一郎が前に出る。彼はもう黙っていることができなかった。

「リベリウス殿」

慶一郎の声は静かだが、調和の炎の力が込められていた。

「料理人として言わせていただきます。完璧栄養食がどれほど科学的に優れていようとも、それは食事ではありません」

「ほう」リベリウスが振り返る。「では、あなたの考える『食事』とは何でしょうか?」

慶一郎は手のひらに調和の炎を灯した。虹色に輝く炎の中で、魂素粒子が美しいパターンを描く。

「料理とは、作る者の愛情、食べる者の感謝、そして食材に込められた生命の記憶──それらすべてが融合したものです」

「食材の記憶?」リベリウスが嘲笑的に笑う。「非科学的な迷信ですね」

「迷信ではありません」

セリュナが立ち上がる。その瞬間、彼女の周囲の空気が微かに震え、古代龍族の力の片鱗が現れた。

「慶一郎の調和の炎は、物質に宿る情報を直接操作する技術です。これは最先端の魂素学理論に基づく、れっきとした学術的成果です」

リベリウスの表情が険しくなる。

「魂素学?そのような非合理的な疑似理論を信じるとは...」

「非合理的?」

セリュナの声に、初めて怒りの響きが混じった。しかし、それでも彼女は上品な言葉遣いを崩さない。

「あなた方の『完璧栄養食』こそ、人間の本質を理解しない非合理的な産物ではありませんか?栄養素を効率的に摂取するだけなら、点滴でも十分でしょう」

広場にいた使節団の面々が、初めて感情らしきものを表情に浮かべた。困惑、不安、そして一部には怒りも見て取れる。

「料理とは」慶一郎が続ける。「家族の愛、故郷の記憶、季節の移ろい、そして作り手の魂──すべてが込められた文化的遺産です。それを単なる栄養補給に貶めることは、人間性への冒涜です」

エレオノーラが前に出る。

「天界の立場からも申し上げます」天使の声が神々しく響く。「愛は混沌を生むかもしれませんが、同時に最も美しい調和も生み出します。それを排除することは、存在の意味そのものを否定することです」

マリエルも愛のペッパーミルを手に立ち上がる。

「アガペリア様の教えにあります。『愛なき完璧は、死せる美しさに過ぎない』と」

リベリウスの表情が完全に変わった。穏やかな慈善家の仮面は消え去り、代わりに冷酷な支配者の本性が現れる。

「なるほど、あなた方は理解できないようですね」

リベリウスの声は氷のように冷たい。

「感情や個性に縛られた、旧時代の遺物たちよ。我々ユートピア連邦は、そのような非効率な概念を超越した存在なのです」

使節団の面々が一斉に表情を変える。今までの穏やかさは完全に消え、機械的な冷たさが支配的になった。

「あなた方の『多元調和連合機構』とやらは、人類の進歩を阻害する危険な組織です」リベリウスが宣言する。「我々は、この地域の『改善』を実行する義務があります」

セリュナが優雅に笑う。

「改善?それはつまり、あなた方の価値観の押し付けということですね」

「価値観ではありません」リベリウスが断言する。「科学的事実です。感情や個性は、人類にとって有害な要素なのです」

慶一郎は調和の炎を強く燃やした。炎の中の魂素粒子が激しく踊り、周囲の空気に温かな波動を送る。

「有害だと?俺の料理を食べた人々の笑顔が、有害だとでも言うのか?」

「笑顔は一時的な快楽に過ぎません」リベリウスが冷然と答える。「我々の完璧栄養食は、そのような不安定な感情に依存することなく、恒常的な満足を提供します」

「それは満足ではなく、無感動です」

セリュナの声に、古代龍族の威厳が込められた。

「あなた方は人間を家畜と同じように扱っている。効率的に栄養を与え、不要な刺激を排除し、管理しやすい状態に保つ──それが『慈善』の正体ですか?」

リベリウスの目が危険に光る。

「古代龍族か...確かに、あなたのような『非効率な』存在は、我々の理想社会には不要でしょうね」

その言葉に、セリュナの周囲の空気が一瞬凍りついた。慶一郎は、彼女の怒りが頂点に達したことを感じ取る。

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