スズの兵隊
深夜一時
土と鉄色の建物が続く道
俺は背後に四人の部下を引き連れ、禁制品の密売が行われると言う場所に向かっていた
本来、匿名のタレコミにこれほどの動員をするのは異様である
だがそれが50年前から追い続けている凶悪犯罪組織"鋼狼"関連とあっては、司法局も手を抜くわけにはいかなかったのだろう
正直ばかばかしいが、これも仕事と割り切る他ない
風景は寂れた街からコンテナ街へと姿を変えていく
一本道は迷路のように変わっていく
もし情報が本当なら、この角を曲がった先に
「隊長」
「分かっている」
俺は静かに応答した
今確かに声がした
この角を曲がった向こうから
偶然な訳が無い
どうやら今回は当たりだったらしい
俺は銃を構え、コンテナを背に角の先を確認する
スーツの男が五人。うち一人は鋼狼の幹部
それと女の子。年は17歳くらい
禁制品
まさか人身売買か
嫌な予感がよぎる
突入の判断を下そうとした時だった
俺の足元に、鋼狼幹部の首が転がってきた
「…は?」
シイィと言う、何か薄い物が高速回転する音が聞こえる
首を跳ね飛ばされた鋼狼共の骸の真ん中に立つ少女の周囲には、6枚の銀の円盤が、緑色の光を発しながら浮遊している
間違いない
疑念が確信に変わった頃には既に、俺は銃を手に飛び出していた
「そこを動くな!未登録パラテクト!例え貧民街でも重罪だぞ!」
周囲のコンテナが破壊され、俺の増援計40名が姿を現す
ヘリのスポットライトが少女を照らし、漸くその姿の詳細を視認できた
大きなフードの黒いパーカー。ハイネックっぽいが、首が長いのだろうか。顎が隠れていない
黒いショートボブの髪に、まっすぐこちらを見つめる黒い瞳。耳にはピアスが沢山付いている
チャックが空いていて、スポーツブラとお腹が見えている
所々破れた黒タイツと、互い違いの高そうなスニーカー
犯罪者に言うのも難だが、かなり美人に見える
良くて人格矯正、ただまあ普通は人格消去だろう、やや残念に思うが法律なので仕方ない
「大人しく投降しろ。そうすれば今ここで麻酔を打ってやる。お前と言う存在は消えるが、そのことでお前が苦しむ必要はない」
パラテクトは、寄生された時点でもう人間では無い
即刻申請すればまだ名誉パラテクトとしての道も拓けていただろうに
「観念してその円盤をしまえ。今なら事を穏便に済ます事か」
「う…うわあああああ!」
部下の一人が、悲鳴と共に発砲した
「はぁ…チキンがよ」
やっぱりこいつを連れてきたのは間違いだったか
発砲した部下の頭が、円盤に跳ね飛ばされる
「総員戦闘開始!生死問わずあのパラテクトを確保しろ!」
俺が指令を出すと、司法局員達は一斉に発砲を始めた
だが鉛玉は全て、回避されるか円盤で両断されるかした
少女の周囲から6枚のうち3枚の円盤が離脱し、司法局員達に突っ込んでくる
「うわあああああああああ!」
「く…来るなあああああああ!」
銃声が聞こえる
円盤に向けて発砲しているのだろう
「馬鹿やめろ!パラテクトの武装はパラテクト以外で破壊は…」
パラテクトへの恐怖心により攪乱しきっていた司法局軍は、あっという間に壊滅した
ある者は首を撥ねられ、またある者は頭から真っ二つにされた
ヘリは…両断されて今は墜落している最中だ
…待て
本当に司法局軍か?
パラテクトに対してあまりにも理解が無さ過ぎる
まさかホワイトデスクの連中、はなからデマだとたかを括って使えない奴らを寄越してきたのか
一人、また一人と、虫けらでも潰すかの様に殺されていく
…待て
負けるのか?俺たち
俺は、殺されるのか?
最後の一人が丸太の様に切り倒される
「ま、待て!」
しりもちをつく俺の鼻先三寸の所で、回転刃が止まる
「悪かった!降参だ!だから頼む、命だけは!」
俺は両手をあげながら正座する
少女の冷たい目が俺を見下ろす
「本当は分かっている!君たちはただ不運だっただけの人間だと!でも我々は怖いんだ!君たちの力が!だからどうか分かってくれ!今回は部隊半壊の為撤退したって事にするから!」
本当は知っている
パラテクトは人間では無い、と言うプロパガンダを流布する人間は全員、彼らが人間である事を知っている
「だから頼む。見逃してくれ。な?」
少女は少しの間俺の顔を見た後、何も言わず背を向けた
そう、彼らは人間だ
機械でも怪物でも無い
故に、欺ける
"ズバシュ!"
あれ?
何だ、これ
なんで俺、景色を上から見下ろして
銃が落ちている
構えていたはずなのになんで
「…あ」
随分鋭利な円盤だ
きっと第二次適応まで進んだのだろう
風の属性で刃が強化されている
一瞬、首が刎ねられたのに気付かなかった
◇◇◇
"トサリ"
最後の一人の頭が地に落ちる
政府も、鋼狼も、私にとっては邪魔者でしかない
「あらあら。また派手にやったわね~」
コンテナの影から女性が一人現れる
長い黒髪に糸目。
腹立つほど大きなバストと長身。
姉が来た
「今日は随分とご機嫌だね。お姉ちゃん」
「当たり前じゃな~い。政府軍の装備はどれも疑似パラメタルでできてるから~マーケットで高く売れるのよ~。元々は鋼狼の扱っていたドラッグが目当てだったけど~思わぬ収穫だわ~」
そう言いながら、お姉ちゃんは死体漁りに励む
「おいピザカッター!銭ゲバ!騒ぎになる前にとっととずらかるぞ!」
コンテナの上に小さな少女が居る
金髪ツインテ―ルの小柄な女の子
私達三人は共にパラテクト
社会から廃絶された存在
でも今はこの立場は別に不満には思っていない
「そういえば~。最近私達三人で活動する事も増えてきたわね~。なんか~グループ名とかってつけても良いんじゃないかしら~」
「グループ名?なんで」
「ん~今後の為~?もしかしたらこれがきっかけで~知名度的な物を稼げたり~なんか大きなことをできるかもしれないから~」
たとえここが捨てられた先でも、集まればそこは新たな居場所となるのだから
「スズの兵隊」
「ん~?」
「お?」
「スズの兵隊は、魚に呑まれても炎に投げ込まれても決して消えないでしょ。それに最後は有機物…紙の踊り子と一つになる事で、踊り子さえも不滅になった。…ていう強弁もできるけど、まあ、何となく?」
「何だかメルヘンな名前ね~」
「おぉ!かっけーじゃん!スズも確か金属だろ?あたしたちに重なるし!」
「…どうかな?」
「良いわね~。短くて紙とかにも書きやすいわ~」
「うっし!んじゃあたしたちは今日から、スズの兵隊だ!」