美空姫
声に出して読みたい、または
声に出したくなる台詞や口調を意識しています。
良ければ誰かに「成って」下さいね。
やたら椅子の高い店。
自分だけがよそ者のような居心地の悪さ。
俺にとって
初めて入った酒場というものは
大抵そんな印象でしかない。
妙に大きな器に並々注がれた酒は
歩く度に溢れようとするし
やっと空いた席に座ろうとすれば
罵声と共に腕を掴まれるような。
「おい!お前!あの姫様だろう!」
…あの姫様?どの?俺が姫様?
誰が何を思っての所業だかは知らないが
掴まれた腕から走った悪寒が全てだ。
次の瞬間、振り向きざまに酒を器ごと浴びせて飛び退く。
「だったらどうした!」
あれ?俺、姫様なの?
勢い口走った己に戸惑いつつも、
身体は慣れた動きのお陰で
先ほどよりもよっぽど、この静まり返った酒場に居場所を感じている。
ん?
何かを蹴った感触に足元を見れば荷物が転がっている。
なるほど、酒を飲むのに装備の類は邪魔というわけだ。
誰かが机の上に投げ出している弓と矢籠が目に付く。
「くそっ、何しやがる…!」
…3人、いや4人か。
酒を浴びた驚きから徐々に怒りへと変わっていく男達の表情。
こちらは1人。仕方ない…机に手を伸ばしたその瞬間、
「美空!お前、お前が、あの美空だな!」
底抜けに明るい声が響く。ミソラ?どのミソラ?
素早く手にした弓を構えながら横目で確かめる。
これまた見知らぬ三人組。
「やっと見付けたぞ。やあ、俺は覚えてる。お前だ美空!」
「いや、よく見てみろ。こんなところに都合良くいるわけがない」
「可能性は低いですが、この中で美空が分かるのは彼だけです」
誰だ?覚えてる…?
「久しいな、会いたかったぞ。お前を探す旅にこれだけかかってしまった」
「勝手に終わらせるな、偽物かも知れん」
「と言って確かめる術はありません。もういっそ彼女で良いのでは?」
昔の知り合いなのか?それなら、この場を何とか…
「何だ、確かめた方が良いのか?疑り深い…それなら、こうすれば」
言うなり最初に声をかけてきた男が弓を向ける。
まっすぐ、こちらへ。
豹変した獲物を狩る目、
そして躊躇いなく放つ!
…敵!
その一文字が浮かぶより先に身体が動いていた。
見知らぬ輩から放たれた矢を真っ正面から射返す。
そして指先の痺れに呆然とする。
何だ、これ…
「そうら、やっぱり美空だ」
キャッキャと嬉しそうな声を上げている男の目には
先ほどの殺気が微塵も残っていない。
こいつ…ヤバい奴だ。
「お前達、これで分かったか?やっと美空を見付けたぞ」
「まさか…本物なのか?」
「この弓技は確かに、噂通り。まあ己が目で見るまでは信じてませんでしたが」
もし咄嗟に身体が動かなければ。間に合わなければ。
弓を握る手がどんどん感覚を取り戻すと同時に
じわじわと押し寄せてくる恐怖と混乱。
早鐘のような心音が告げている警告。
己が他愛なく射抜かれた様をありありと思い浮かべながら
それでも輩を睨み返す。
「美空?」
何故これほど容易く人を殺そうとする?
何故これほど容易く人に矢を向けられる?
唯一、この場から逃げ出さず己を奮い立たせる力。
それは純粋な怒りだった。
「おい?どうした美空…」
「おい!こっちを忘れるな!」
先ほどの男達がさらに人数を増やして睨みつけている。
口々に叫ぶ声はたちまち殺気立っていく。
「お前やっぱりあの姫様だろう!俺達が先に気付いたんだ!」
「そこの奴!横取りなんてさせねぇぞ!手柄は俺達のもんだ!」
「やっちまえ!」「奪え!」「逃がすな、囲め!」
うるさい…
波紋のように広がる喧噪。それらに煽られるように増幅していく黒い感情。
そんなに殺したいか。そんなに暴れたいか。そんなに…承知した。
ああ殺そうぞ。それこそが私の役目。殺し尽くすのだ。お前達こそが獲物。
ソウ、一人残サズ、射殺シテヤル…
「おい。それは駄目だろう、美空」
聞いた事のある声が、まるで冷や水のように頭と心を醒ました。
はっと我に返る。
俺は今、何を…弓を握りしめた手が震えていた。
「渡すなよ、お前達」
「ええい、本物なら致し方ない!」
「私らの助けって必要なんですかね?それより彼女を捕らえた方が…」
とにかく、今のうちに逃げ…
「問題ない」
?!…くっそ…足が立たない、どうして…っ
「ああなれば、しばらくは動けないと聞いている」
「わざと挑発したんだろう、アレを出すように。だが万一、人違いだったらっ?」
「ただの人殺しに成り下がるところでした、ねっ!」
俺に何をしたって…?ダメだ、くらくらする…しっかりしろ…!
「ははっ、手っ取り早いだろ。それに、人殺しなんてお前達が今更気にするのか?」
「ええい人聞きの悪い!俺は大義名分の無い殺生はしない。見ろっ!」
「今はありますけどねっ、大義名分!まあ色々と面倒なんで、ギリ生きててもらって」
朦朧とする意識の中、
ならず者達が半死半生で倒れて行くのを見ていた。
その時間は身体の自由が戻るまでには短すぎて、
いわゆる「あっという間」に俺は捕まってしまった。
「さあて美空…その表情じゃ、積もる話も忘れていそうだな」
「…お前なんか、知らない」
言いながら、この男が俺の何かを知っていることは確信していた。
俺の何か。多分それは、俺の正体。
「ま、気にするな。忘れた分だけ詰め込めば元通り、帳尻が合えばそれで良しだ」
「店主と話を付けてきた、とりあえず宿に…姫様どうした?」
「何をやらされるかと怯えてるんでしょ」
こうやって俺の「何度目か」の日々は始まった。
いつまで続くとも、続かないとも知れない日々が…
読んで頂きまして誠にありがとうございました。
また、声に出して下さった方。
ダークな美空姫の「成り」心地は如何でしたか?
美空、と呼ぶ男はきっと
片肌開けた粗野な服装だろうなと他人事のように。
幼馴染なのか主君なのか、はたまた。
お付きの剣士は堅物ぽいですね。
3人目は
ぜひサラッサラの髪と眼鏡で(時代考証よ)。
あ、主役?の美空姫(彼)については…
藤猫to