ユニコーンカップ:出走
十二機のラピッドマシンがそれぞれの配置につく。
横一列に並ぶわけではなく、四機ずつ三列に少しずつずれた位置で並んでスタートの時を待つ。
この辺はF-1レースにも近いのかもしれない。
前列には内側から順番にレッドクリフ、ドラゴンクロー、イエロージャケット、ギフトスロー。
中列はホワイトファング、サーベラス、フラワリングナイト、ヴァジュラ。
後列はワルキューレ、パンテラ、クロスボーンズ、アローズ。
初速を出しやすい機体ほど外側に、より後ろに配置されている感じだろう。
だからこそ問題になるのが外側に配置されているとはいえ、前列にいるギフトスロー。
こいつが前列にいるということは間違いなく、速攻で仕掛けてくる。
『さあ。いよいよ始まりますユニコーンカップ。単純なコース故に多くの企業が自社の新製品をアピールする場として利用されるこのレース。賞金額もコースの規模に比較してかなりの高額。中小企業や個人参加のマシンはぜひともここで勝って大金を手にしたいところ』
誰だ。いきなり金の話をするような実況を雇ったのは。
『注目なのはゼクターインダストリアルのイエロージャケットとバルハラのワルキューレ。どちらも新製品だそうで、ここでぜひとも性能を見せつけたいところ。またパンテラ、ヴァジュラ、サーベラスは発表当時から変わらぬ人気の名機。その活躍を楽しみにしているのは、私だけではないでしょう』
んでもって大企業へのごますりか。
『人気でいえばホワイトファングやアローズも負けてはいません。クロスボーンズもそのビジュアルから根強い人気。レッドクリフ。その装甲は今回もライバルたちを押し退けて勝利をかっさらっていくのでしょうか。フラワリングナイトはパイロットが代わってからランス捌きが鈍くなったとの評ですが、走りはより洗練されているように思えます。各機、警戒を怠って言い相手ではないでしょう。そして最後に要注意な機体。ギフトスロー! こいつに荒されたレースは一つや二つではありません。参加すればコースはズタボロ。スクラップの山を積み上げる超危険な機体! え、あ。ドラゴンクロー? あれはその――がんばってください!』
他に言うことはなかったんか。この実況者クビにしろよ。
「始まるわよ」
「ああ」
『各機、準備が整ったところでシグナル点灯。各機がダッシュローラーを唸らせる中カウント開始。さんっ、にぃ、いちっ――スタート!!』
シグナルが赤から色を変え、全て青になるなり、各機一斉に飛び出した。
『あーっと! やはり先頭はアローズだ! 全身のスラスターを吹かして一気に加速ッ!』
「あれは……」
「え、何?」
違和感に気付いた。アローズの背中に取り付けらた増設ブースター。それに何かが巻き付いている。
『最後尾からのスタートもなんのその! 全てのライバルを置き去りにす――』
「まさかッ!?」
俺がその正体に気付くとほぼ同じタイミングで、アローズが大爆発を起こした。
より正確には、背負っている増設ブースターが、であるが、全く消費していない推進剤が丸ごと吹っ飛んだ威力は伊達ではなく、爆炎の中からほごくわずかなフレームを残して変わり果てた姿となったアローズが倒れ込む。
『突如爆発ぅぅぅ!? 不幸な事故かはたまた何かの妨害かッ!』
「鎖型吸着爆弾だ」
「チェーンマイン?」
「磁気で相手に吸着し、一定時間経つと爆発する爆弾だ。本来は全身に巻き付けて跡形もなく吹っ飛ばす武器だが――普通レースでは使わない。使用禁止はされてないがな」
そんなことをやるのは決まっている。ギフトスローだ。
『突如として起きた爆発に各機混乱を見せている中、ギフトスローが先頭にッ。そして反転するなり両手に持った爆弾を――投げたぁぁぁ!』
次々と投擲されるハンドグレネード。それを避けるために各機が回避運動を取りながら速度を上げていく。
『次々と起きる爆発! それを避ける各機。思ったように速度を出せていません! それをしり目にギフトスローはなおも投げる! どこにそれだけの爆発物を隠しているんだ! ぁああぁっと!? パンテラがアローズの残骸に引っかかって転倒! そこを狙いすましたかのように爆弾が――』
一機転倒。そこを直撃するハンドグレネード。爆発するなりパンテラのパーツを四方八方に飛ばす。
その飛び散ったパーツを受けたワルキューレが大きくバランスを崩しイエロージャケットと接触。
互いに転倒することはなかったが、速度は一気に落ちる。
そして前方を走る機体が急なスピードダウンを起こしたことで後続も速度が落ちる。
『ここでギフトスロー、投擲をやめて悠々と第一コーナめがけて加速していく! 後続は未だ速度に乗り切れない!』
そりゃあそうだ。初っ端から一機クラッシュ。続いてもう一機。
そんな惨状を見せられた後で、まだどれだけ爆発物を抱えているかわからないギフトスローの攻撃範囲に突っ込んでいこうなんて気にはならない。
『先頭はギフトスロー。続いてワルキューレ、イエロージャケットと続き、少し離れてホワイトファングとクロスボーンズ。この二機は仕掛けるタイミングを狙っているようにも見えます。さらにその後ろはレッドクリフとサーベラスが並び、やや遅れてヴァジュラ。ドラゴンクローもそこから離れてついてきていま――おや』
一機、いない。
『第一コーナ―を曲がろうと言うタイミングなのに、どうしたことか。フラワリングナイトの姿が見えない。どこへ消えた?!』
俺も、集団についていっていると思っていた。
だから。まさか。
『ああっと。いましたフラワリングナイト。しかしどういうことだ。この位置は――』
「あの子、なんで?!」
――逆走してるなんて、思わないだろう。
全く理解が追い付かない。
レース中に逆走なんてまずありえない。
相手の攻撃を回避するためにあえて後退するということはあっても、最初から後ろに下がるなんて普通はしない。
ルール上、逆走は問題のない行為ではあるが、やる意味のない行為でもある。
『なぜ逆走! 正気の沙汰とは思えないッ! そのまま下がり続けて300メートル。ここからの巻き返しはまず不可能だぞぉッ!!』
「……違う」
「えっ?」
リオは何も考えずにそんなことをするとは思えない。
そして下がった距離。300メートル。
なんでそこまで下がる必要があったのか。その理由は、このコースの構造にある。
「サクヤ、落ち着け。今、フラワリングナイトのいる位置を考えてみろ」
「は? スタート地点から後ろに300メートル……って、まさかッ!?」
サクヤも気付いた。
どうしてリオが、フラワリングナイトと相性の悪いビームスナイパーライフルなんてものを使いたがったのか。
どうして不利な状況にしかならないであろう逆走なんてしたのか。
『フラワリングナイト以外の各機、最後尾まで第一コーナ―突入! ギフトスロー、クロスボーンズ、ホワイトファングは立体コースへ移動ショートカットを狙うが、ギフトスローは高所からの投擲で通常コースを行く各機を妨害! レッドクリフに直撃ィっ! だが耐える。流石の防御力だ!』
実況も気付いていない。気付くはずもない。
今回の仕込みの内容を知っているのは身内とレースの運営だけ。
参加者も、観客も、実況ですら、俺たちの仕込みを知らない。
だから、一見すれば今回の逆走はただの奇行に見える。
それゆえに警戒されそうなものだが、今回は場をかき乱す奴のおかげでこちらにまで注意が向いていない。
それこそ。
ランスを模した偽装がはがれ、中からスナイパーライフルを顔を出したとしても、だ。
俺とサクヤはもう、レースを見ていない。
わざわざ逆走して、射撃可能エリアに入ったフラワリングナイトはビームスナイパーライフルを構え、狙いを絞るなりそれを放った。
閃光はまっすぐ飛ぶ。実弾なんかよりもはるかに速く、標的を穿つ。
『なっ、何事!? 突如クロスボーンズの右脚が吹き飛んだぁぁッ! バランスを崩したクロスボーンズ、立体コースを飛び出しそのまま地面へダァァァァイブ! ああっ、続けてホワイトファングが転倒! 胸に風穴が開いているゥッ!』
二発発射し、そのどちらも命中。
続けてもう一発。今度はワルキューレの頭部を穿った。
ラピッドマシンの頭部はそのままメインカメラの搭載位置である。そこを損失すれば、まともな操作などできはしない。
『ワルキューレ! 突如頭部を失いバランスを崩して転倒! イエロージャケットはそれを回避。しかしドラゴンクローすっころんだぁぁぁぁぁ!! 転んでも背中の企業ロゴはばっちり見せていく、宣伝だけは忘れないスタイルはさすがの一言ッ!!』
流石にここまでやれば周りも気付き始める。
『まさか、まさかッ! ああぁぁぁッ?! フラワリングナイトだ。逆走したフラワリングナイト、射撃可能エリアから他の機体を狙い撃っているぅぅッ!! 今までのスタイルはどうしたんだッ!』
超合金ランスを前に構えての突撃。後ろから周囲を蹴散らしながらの加速。
それが今までのフラワリングナイト。だが、リオが乗ってからは彼女にあわず、それが上手くできなかった。
だが。今は違う。
彼女のやりたいように、やりたかったことをやらせてみればどうだ。
「やりやがったよ、アイツ」
変な笑いがこみあげてきた。
『倒れたドラゴンクローに爆弾の追撃、ワルキューレごと爆散! ギフトスロー容赦なし!! イエロージャケットがジグザクに走って狙いをつけさせないようにしているが、そのせいで速度がでていない! その間にもギフトスローはショートカットを使い第二コーナー目前。その後ろを防御力に物を言わせて突っ切ってきたレッドクリフが続く。っと、ああっ! ヴァジュラとイエロージャケット纏めて撃ち抜かれたぁッ! 残るはサーベラス、レッドクリフ、ギフトスロー、フラワリングナイトの四機のみ!』
いや。ここで終わる。ここで全てが終わる。
第二コーナーを抜けて、第三コーナーまでの直線。そこで全てが決する。
「やっちまえ、リオ」
フラワリングナイトがやや下めに銃口を向けてビームを放つ。
それは、ギフトスローの左脚部を直撃した。
脚を撃ち抜かれ、バランスを崩して転倒する機体。
それに追いつこうとしていたレッドクリフは転倒したギフトスローと衝突。転倒する。
追撃。脚部を損失したギフトスローにビームが直撃。ジェネレーターを吹き飛ばし、残っていた爆薬にも引火。レッドクリフの防御力すら無意味になるほどの大爆発を起こす。
その爆炎を抜け、サーベラスが姿を見せる。直後。その胸をビームが貫いた。
『な、なん、なんと……なんということでしょう! 十二機中十一機が第三コーナーに突入するまでに大破! 残るフラワリングナイトは武器を収めて悠々と走り出す! これは大波乱。まさかまさかのフラワリングナイト、無傷のままなんの妨害もないコースを進んでいく! もう結果は明らかだ。今回のレース、勝者はフラワリングナイト。シドファクトリーのフラワリングナイトで確定だああああッ!!』
その後、ライバルたちの残骸を避けて何事もなかったかのようにフラワリングナイトはゴール。
正直、レースを見に来た観客には悪いと思うレースだったとは思うが、こっちだって生活と新型機の製造がかかってるんだ。
容赦なんてしてやらない。
「ねえシド」
「なんだ」
「一応、会見での言い訳考えておいてね」
「……ああ。うん」
そうだった。勝ったからには記者会見しなきゃいけなかったんだった。
やっべ。胃が痛い。何言ってもぼろくそ叩かれるじゃんこんなん。