ユニコーンカップ:準備
ネオトーキョーサーキット。
コース長約3800メートル。
コースとしてはスタンダードすぎる楕円形の普通のコース。
そのコースにはカタパルトが設置されており、それをうまく使って超加速する事も可能。
一方でカタパルトの直前には必ず150メートル程度の射撃可能エリアが設けられており、カタパルトを使用するために一瞬静止した隙を狙い撃ちされる可能性もある。
そのほかにもコースが上下に分かれる立体的な構造になっている場所が前半と後半の計二か所。
下のコースはそのまま平地を進むが、上に行けばコーナー二つをすっ飛ばす豪快なショートカットが可能。ただしかなりの高さまで上がる上に、下り坂はなく途中でコースが途切れている為、メインコースに戻ろうとすると飛び降りるしかない。ここで着地を失敗してクラッシュなんてこともザラにある。
と、まあ。シンプルなコースではあるが、最大の特徴と言っても過言ではないのが、最終コーナーからゴールの200メートル前までが射撃可能エリアであるということ。
ラピッドマシンレースに使用されるコースの中では最初期に作られたレース場。
今日ここで、俺たちシドファクトリーが参戦するミドルクラスレース、ユニコーンカップが開催される。
「機体の調整は?」
「大丈夫。リオに言われた通り、ちょっとは射撃プログラム弄ったくらいかしら。そっちこそ、機械のほうはどうなのよ」
「どうにもこうにもなりゃしないよ。お前の走り方なら問題はないだろうけど、リオに合わせようとしたらそれこそ一から作ったほうが早いし安い」
フラワリングナイトは悪い機体ではない。
ただ、それを操る人間との相性がよくないだけだ。
それは俺も、サクヤも理解しているし、パイロットを務めるリオはそれこそ常に不満をこぼすほどだ。
「で、リオ。なんでスナイパーライフルなんて持ち出したんだ?」
「見てればわかる。このコースだからできることをする」
一応、出走前に全備重量と使用する武器類の登録はしなければならない。
だから、ビームスナイパーライフルも登録した。
今までフラワリングナイトの使っていた超合金ランスに見えるようなパーツはライフルのカバーという事にして通した。
運営側もよくそれで通したものだと思う。
だってこれ、どうやったってなんかやらかすつもり満々の装備じゃん。
「それよりも開始前に重要な話をしようじゃないの」
「そうだった。このレースに、俺たちの今後がかかってるんだから」
レースに参加するのはウチを入れて十二機。
大手のラピッドマシンメーカーであるベスティア重工のパンテラ、ユガエレクトロニクスのヴァジュラ等性能面が気になるものがいるのは確か。
だがそういった大手よりも厄介なのが、金持ちの道楽で参加してくる個人所有の機体。
何せ企業のほうは自分たちの作った製品のデモンストレーションの意味合いが強く、性能をアピールするためにある程度は正々堂々としたレース展開をしてくれる。
一方で、個人は違う。全員が全員そうではないが、自分のやりたいようにやる、プロレスでいうところのヒールみたいな奴が大多数だ。
最悪なことに、今回エントリーした中にも過去にそういうやらかした機体が、一機いた。
「今回注意すべきは企業勢じゃなく、唯一の個人所有機。ギフトスローだ」
「うわ、名前からして嫌な感じ」
まあ、説明もしていないうちからリオは何かを感じ取ったようだ。
まあそうだな。贈り物なんて、レースの世界にあるわけない。
「必要のない情報だからどんな相手がこいつを使うか、というのは無視して簡単にこの機体についての説明をすると、ルールの穴をついて妨害をして来る機体だ」
ふむ、とサクヤが解っているのかいないのか微妙な顔をする。
「サクヤ、お前もラピッドマシンレースの基本的なルールは知っているだろう」
「そりゃあ。妨害は許可されているでしょ。射撃だって、可能エリアにいる状態ならできるし」
「遠距離攻撃をするならば投擲武器でもいい。ルール上、武器の投擲はコース中どこでも可能だ」
「いやいや。でも投擲武器はまず命中しないからってほとんどの機体が採用しないでしょ」
「……もしかして、爆弾?」
「その通り」
機体名を聞いた時から何かを感じていたリオが答えを導き出した。
「しかも本体重量以外の重量のほぼすべてが爆発物っていうイカれた機体だ」
「でも対戦相手の当日情報は非公開でしょ? アンタどこで仕入れてきたのさ」
「んなもん、こいつは結構評判なクレイジー野郎でな。ネオテキサスサーキットを半年使用不能にしたバカだよ」
そこまでやらかしておいて、情報が出回らないわけがない。
サクヤが知らないのは、単にそういうところにまで興味が向いていないからと、敵の情報を調べるのは俺の仕事だからだろう。
けど、リオ。お前はちったぁ調べろよ。パイロットなんだから。
「で、そのギフトスローなんだが。間違いなくスタートダッシュで前にでて、投げまくってくる。奴の参加したレースでは毎回そうだった。ただここで注意したいのは、投げられるのは何も爆弾だけではない、ってところだ」
「まさかトマホークとか?」
「なんでだよ。閃光弾や煙幕なんかも投げてくるって話だ」
「煙幕って、反則なんじゃ」
「投射装置を使わず投げるのはOKなんだとよ」
流石にチャフは全機体のコクピットポッドとのリンク状況に影響が出るから禁止になっているし、そこはルールを守ってこのイカれた爆弾魔も使ったことは一度もない。
「先頭にでて後続の動きを妨害。あわよくば大破させて一人勝ちする。それがこいつの勝ち方なんだよ。しかも後続が追ってこないとみるや否やウイニングランのつもりか知らんが残っている爆弾ばらまきながら走る」
「うわぁ……」
流石のリオも若干引いた。
「仮に爆撃を避けたとしても、大きく出遅れればそれで手遅れ。そうでなくてもコースがズタボロにされれば走行は困難。故に、こいつよりも前に――」
「必要ない」
そう、リオは言い切った。
「必要ないって、そりゃあどういう……」
「そろそろ時間。ポッドの調整しなきゃ」
止める間もなくリオはコクピットポッドに乗り込んでハッチを閉めてしまった。
「はぁ……作戦会議すらできてないじゃねえか」
「まあ。いつも通りと言えばいつも通りじゃない?」
「そりゃあそうなんだが。今回は完全に悪だくみしてたよな」
「あー、うん。そうねえ」
「……失格になると思うか?」
「グレーゾーンを攻めるんでしょ」
「そのグレーも黒に限りなく近いグレーじゃないのか」
不安すぎる。
とはいえ、刻一刻とレースの出走時間が近づいてきている。
「俺たちもフラワリングナイトの最終チェックをしよう。といってもOSの調整くらいだろうけど」
OSについては俺の専門外。そっちはサクヤに任せるしかない。
「にしてもスナイパーライフルか……レースに持ち込むのはあまり例がないんだっけか」
「そりゃあそうでしょう。動き回る相手に長距離から攻撃する武器なんてそうそう当たるもんでもないし、かさばるし重たいしで。同じ重量を積むならマシンガンとその弾薬を選ぶでしょ」
高速で動き回るラピッドマシンを狙撃するのは確かに困難だ。
とはいえスナイパーライフルを使った機体がいなかったわけではない。
ただあまり活躍していないだけだ。
理由はサクヤの言う通り、他の射撃武器に比べてどうしても大型化してかさばるし、重量が出るためレギュレーション以内で抑えつつ、効果的な装備を、と考えれば選択肢から外されるのも止む無しだろう。
そんな武器を、リオは欲した。
不人気武器ということもあって新品でも結構な安価で購入できたからそこまで財政圧迫はしない。
何より今回装備しているのはビームスナイパーライフル。弾薬費はかからないからなおのことリーズナブル。
ビームのほうを選んだのは多分リオが懐事情を察してくれたからだとして、なんでまたそんなものを担ごうと思ったのか。
しかも偽装を――いや、こっちは普段通りの装備であると思わせるためか。
出場者の当日の装備は基本伏せられている。
ただし。それまでの装備と傾向というのはあり、ウチの場合はフラワリングナイトが常に超合金ランスとマシンガン内蔵シールドでやってきていた。
だからこそ、偽装に意味はある。
超合金ランスはガワだけ。中身にはスナイパーライフルを仕込んでいる。
シールドも見た目を今までのシールドにあわせただけで、材質は木とトタンだ。
装備を欺くということは、当然スナイパーライフルを使うつもりなんだろう。
「それで。他の出場機体は?」
「装甲が薄い代わりに小回りが利くベスティア重工のパンテラ。旋回性能は低めだけど直線に強いユガエレクトロニクスのヴァジュラ。強力な内蔵火器を搭載したエキドナインダストリーのサーベラス。この三つはいつも通りプロモーションの意味合いが強い。あとの大企業勢はゼクターインダストリアルのイエロージャケット、バルハラのワルキューレ。この二つに関しては最近出したばかりの新型機だから、それこそ性能をアピールしたいってところだ」
「残りの五機は?」
「ウチみたいな中小企業チームばっかだ。癖のない動きをするホワイトファング、X字型に設置されたスラスターユニットを動かして変幻自在な加速をするクロスボーンズ、加速性悪いが一度加速すれば相当な速度を出せるレッドクリフ、直線バカのアローズに、名前負けのドラゴンクローだ」
ほとんどのチームは本気で勝ちに来ている。
それゆえに、真っ当なレース展開を望んでいるものばかりだろう。
まあ、名前負けのなんて言われるほど、ひどいレースをしても企業の宣伝効果としては抜群だから参加し続けるドラゴンクローなんてものもいるっちゃあいるんだけど。
別にそれ否定したりしないさ。実際ドラゴンクローを所有しているドラゴンロードジムグループは、ラピッドマシンレースに参入してからドラゴンロードが転倒して背中にでかでかと張り付けられた企業ロゴが映るたびに契約者が増えているみたいだし。
……うちもデカール張るか?
でもリオ嫌がりそうだもんなあ。
「こいつらにウチとギフトスローを加えた十二機。スタートダッシュの時点でどれだけ残るか」
普段ならこんなことは言わない。
だが、ギフトスローの存在は無視できない。
奴がしょっぱなからやらかせば――それだけでレースは滅茶苦茶になる。
「全然展開が読めないってことね……っと、OS調整終了っと」
「ポッドの準備もできた」
「よし、それじゃあコースに出すぞ」
『各ラピッドマシン、スタンバイしてください』
アナウンスが流れる。
その指示に従い、俺たちの機体――フラワリングナイトがピットから移動を始めた。