シドファクトリー
憂鬱である。
天気が悪くてそういう気分である、というわけではない。
本日は快晴。気温は適温かつ、湿度も適度。
では気圧が、というわけでもない。
まあ。頭は痛いが。
「おい、リオ! ちったぁ手伝え!!」
「……ヤダ」
自分の使う機体だというのに、この少女は一切手伝おうとしない。
それどころか、ソファーに寝転がって雑誌のページをめくっている。
まあ、読んでいるのがラピッドマシンの武装カタログなのは年頃の少女としてはなんとも色気がないが。
「大体、お前の使い方が荒いから火の車もいいとこな自転車操業なんだ。もっと操縦方をだな」
「それを何とかするのがシドの仕事でしょ」
「いやまあ、そうなんだが。それ以前の話だって言ってんだ」
だからこそ、頭が痛い。
いくらこの俺、紫藤シキが、仮に天才的な技術を持っていたとしても、どうにもならんことはどうにもならん。
具体的にはパーツの補充。
ウチのマシンはハンドメイド。既成のパーツを流用している部分はあるけれど、カスタム部分が多すぎてフルスペックを発揮しようとすると結構な金がかかる。
にもかかわらず、この子はいざ実戦となれば容赦なく機体を使い潰そうとしてくる。
「お前わかってんのか。こいつが本当にぶっ壊れたら次の日から俺たちは極貧生活なんだぞ」
「解ってる。だから勝ってるんでしょ」
「だーかーらー! 勝ったってメンテで金つかってたら意味ねえだろって言ってんだ!!」
こっちを一切見ずに雑誌のページをめくるリオ。
こういう少女だとは頭では理解している。だが、こっちが必死こいてどうにかしようとしているのに我関せずという態度は頭にくる。
「はいはい。そこまで」
奥の部屋からサクヤが何やらファイルを持って飛び出してきた。
「とりあえずシドは一度手を止めて休憩すること。リオちゃんは新しいポッドのテストやっておいて」
「ん」
リオは短く返事をすると雑誌をぱたんと畳むと、やや気だるげではあるが起き上がってポッドのほうへ向かう。
なんで俺の言う事はめんどくさがって、サクヤの言うことはすんなり聞くんだろう。
「それで。コーヒーくらいあるんだろうな」
「残念。私コーヒーは飲まないの。で、これなんだけど」
サクヤはファイルを投げつけてくる。
くるくると回りながら顔面目掛けて飛んでくるそれを両手で受け止める。
「お前、顔面狙っただろ」
「まあまあ」
「ったく」
ファイルを開いて中身を確認。
設計図――いや、これは前から用意してた新型機のものだ。
重要なのはここではない。この設計図に書き足された文言のが重要だ。
「総重量50パーセント低下? 強度は60パーセント上昇って、何の冗談だ」
「冗談じゃあないんだなコレが」
どう考えてもおかしい。
重量が下がって強度が上がるなんて、そんな魔法みたいなことがあるわけがない。
あり得るとしたら――そんな素材ができた。それ以外にあり得ない。
いや、待てよ。
「サクヤ、まさか!?」
「そう。そのま・さ・か。天才サクヤちゃんはこの度超軽くて超頑丈な新素材の開発に成功したのでしたーいえーいぱちぱち」
――お前、そんなこと言う歳じゃあないだろ。
喉元まで出てきたそんな言葉を必死に飲み込む。
「うわ、キツ」
が、俺が我慢した言葉よりも短く辛辣な言葉をリオが投げつけてきた。
そりゃあもう豪速球や火の玉ストレートなんてもんじゃあない。ありゃあ槍だ。一撃で殺しにかかってる。
事実。サクヤの顔が引きつった。
いやあ。リオさんや。
お前はまだまだ若いから気にしないんだろうけどさ。三十路前は男女ともにデリケートなんですよ。
三十過ぎたらなんとも思わなくなるかもだけれど、その三十という数字はかなり重たいんですよ。
こう、なんていうかね。二十歳越えて大人、って感じからなんかこう、ね? ほら、三十路超えると一気におっさんおばさんって感じがして、さ。
だからね。ほら。サクヤが油差してない玩具のロボットみたいなぎこちない動きになってる。
笑顔を作ろうとしてるけど全然目ぇ笑ってないからね。すごく怖い。
「リオ」
「何」
「一週間おやつ抜きね」
「それは困る」
そういいつつコクピットポッドのハッチを閉める。
「おい、ちゃんと機体との接続は切っておけよ。メンテ中に動かれてもかなわん」
「解ってる。ちゃんとシミュレーターモードにしておく」
ラピッドマシンは人間が直接乗り込んで操作する機械ではない。
そりゃあそうだろう。全高3~5メートル程度しかない機体に、これでもかと精密機器やらなんやらを詰め込んだ機体だ。人間が入る余裕なんてありはしない。
そこで登場するのがコクピットポッド。
簡単に言えば、遠隔操作装置。それとラピッドマシンをリンクさせて、初めて機体が動く。
まあ、メンテ中に動かされると本当に洒落にならない事故が起きるので、今はシミュレーターモードでやってもらうわけだが。
「サクヤー」
「何」
「やっぱ今の機体、私にあわない」
そう言いながらもシミュレーションを続けるリオ。
彼女が見ている景色が、リンクしているモニターに表示されるが――多分これ普通のチームとかだとすごいことやってるんだろうなーという動きをしていた。
というか普通にこの動きをやると脚部がぶっ壊れる。そんな機体にかなり負荷のかかる動きをしている。
「そりゃあ私の機体だったんだから、リオの感覚にあわないのは仕方ないのよ。それに、悪い機体じゃないでしょ。フラワリングナイト」
「それはそう」
フラワリングナイト。今まさに俺が整備を行っている機体。
同時に、先代社長である俺の親父が作った、シドファクトリーを代表するラピッドマシン。
元々のパイロットはサクヤだったけれど、彼女が眼を悪くしてからはリオが代わりのパイロットになってくれている、未だ現役の機体。
流石に今の高性能機には劣るけれど、名機といって差し支えはないくらいの性能はあるはずだ。
けれど、問題なのはこの機体が、リオには合わないということ。
それゆえに。関節部の摩耗は激しくなり、無理な動きをして機体のフレームに負荷をかけてしまっている。
はっきり言うと、だ。
フラワリングナイトの性能ではリオの力を活かし切れない。
「あー、そうだ。サクヤ。話を戻すけれど、新素材ができたって本当か?」
「あ。そうだった。できたわよーもちろん。開発費に関しては正直考えたくない金額突っ込んだけれど、元を取れればそれでいいわよね?」
「……おい経理担当。それ大丈夫だろうな」
「大丈夫大丈夫。リオが頑張ってくれるから、超低空飛行でもウチが潰れない程度の余裕は持たせてあるわ!」
それリオがレースで賞金稼いでこなかったらアウトって言ってますよね!?
いやまあ、いいや。
「それで。その新素材でこいつを造るのにどれだけかかるんだ?」
「次のレースの二着の報奨金くらい、かな。あのレースけっこう大きいから支払いいいのよね。ま、要するに――次のレース一着以外じゃあ当分新機体はお預けってこと」
二着の報奨金。それでもこのままフラワリングナイトを使い続けるのならば問題はない。
一着と二着では支払われる報奨金が一桁二桁違うなんてザラにある。
何より、新機体なんてものが今日明日にでも出来上がるわけもなく、その間にも稼ぐ必要がある。
世知辛い話だが、新機体の開発が始まったとしてもしばらくはフラワリングナイトに走ってもらわないとこっちが生活できなくなる。
「リオ。聞いたか」
「ん。次のレース、勝てばいいんでしょ。わかってる」
興味がないようにも見える態度で、黙々とシミュレーションを進め、実際のレースと同じように最終ラップを走り切る。
タイムは――多分これを見ても意味がないんだろうな、という数字だった。
何せシミュレーターでは不測の事態が起きない。
このタイムは、走行中に脚部が不可に耐え切った時の数値であり、何の妨害も受けなかった場合のタイム。
所詮シミュレーターはゲームだ。本番とは違う。言ってみれば、やらないよりはマシな練習でしかない。
「今みたいな走りをしたら、こいつじゃ持たないぞ」
「それもわかってる」
今度は別のレースコースを選択し、再度シミュレーションを始めるリオ。
練習熱心なのは結構だが、やはり機体に負荷のかかる走り方をしている。
いやフラワリングナイトのデータを使っているからそう見えるだけかもしれない、か。
「リオ。ちょっと中断してくれるか」
「ん? なんで」
「お前の好みに設定しなおしてくれ」
「いいの?」
「ああ。一度、お前の本気を見てみないと、な」
そう。確認しなければならない。
リオの本気がどの程度のものか。彼女の求めるスピードが、反応速度がどんなものなのか。
「それじゃあリオ。トレーニング用コースを設定しなおすから、そこで走りながら細かい指示を出してくれる?」
サクヤがコクピットポッドに端末を繋ぎ、外からシミュレーションの条件を操作する。
早速設定されたコースを走り出す。
機体の姿は見えない。尤も、一人称視点であるので当然っちゃあ当然か。
「もっと速く」
短い指示。その通りにサクヤが動く。
「もっと速く」
速度のことだけじゃない。反応速度のことも、リオは要求してくる。
「もっと。もっと。もっと」
「はは、マジかよ」
これは、基礎設計からやり直しかもしれない。
俺たち大人組がそんなことを考え始めてもなお、リオはさらなる速度を求める。
「ジャンプできないの?」
「ジャンプ!?」
サクヤが思わず聞き返した。
ラピッドマシンは確かに人型で、膝関節も存在してる。
けれどその膝は地面から伝わる衝撃を和らげるほかに、姿勢制御のために存在している。
屈伸運動からの跳躍は想定されていない。
「できればパルクールみたいな動きがしたい」
「え、えっと。とりあえずプログラム組むから待ってて」
パルクールときたか。
となると足どころか腕全体の関節もかなりの強度が求められるな。
特に指。武器を持つだけならば三本指で十分だが、パルクールとなるとより人間に近い構造のものが必要になる。
マジで設計からやり直しなのでは?
「なあ。サクヤ」
「何よ」
「これ、次のレース勝ったところで開発費用賄えるか?」
「……私達がしばらく一日二食。うち一回はもやしになるなら」
ああ。憂鬱で、頭と胃が痛い。
「あ、そうだ。次のレースなんだけど、ビームスナイパーライフル使いたいんだけど」
「は? いや。それはフラワリングナイトの仕様とは相性悪いし……」
フラワリングナイトは超合金性ランスで後方から一気に突破することを得意としている、直線特化仕様の機体。
OSだってランスを使用する事に特化していて、一応はシールドに内蔵されたマシンガンを使用するためにある程度は射撃用のプログラムも組まれているとはいえ、長距離射撃武器であるスナイパーライフルなんて搭載することはまず想定されてない。
「あと、ライフルをランス風のカバーで隠してほしい」
「聞けよ。そんなことしたらかなり重量がかさむぞ」
「シールドは張りぼてでいい」
「いや。それだと……」
「大丈夫。当たらないし、負けないから」
何か妙に自信満々に言うリオ。
信用しないわけじゃあないが、何かやらかしそうな感じがするんだよなあ。