飛翔
ペイルライムがエーテライトフィールドの足場に乗せられ上昇していく。
レース場のフィールドジェネレーターの配置と出力を調整するメインシステムを、サクヤが嬉々としてその設定をいじくりまわしている。
「リオ、休憩したらコクピットポッドに戻ってね。ペイルライムと入れ違いに輸送機が着陸。それにコクピットポッドごと載せて目的地近くまで運ぶから」
流石にこのレース場からでは新成田国際までは制御信号が届かない。
戦場になるであろう場所までリオを運ばなければならないというのは苦渋の決断ではある。
だが。リオは納得した。承諾した。
なら俺は、その選択を尊重する。
「さて。ここまできて説明はいるかしら、シド」
「何となくわかったよ。これ、スキーのジャンプ台だな」
「そゆこと。そして今のペイルライムにはプラズマ推進がある」
ブルースカイに搭載されていたプラズマ推進システム。それをペイルライムにも組み込んでいる。
動作の保証はできる。だが、今まで使ったことのないシステムを、リオが操りきれるかどうかがわからない。
だが確かに、あの推力ならば機体の落下を抑えつつ高速での移動が可能だ。
それを活かすためのエーテライトフィールドでジャンプ台を作っている。
「あとはタイミング。こっちの速度は多分数分もしないうちに目的地に到着する。それまでに空中で武器を受け取れないと丸腰で挑むことになる」
「じゃあ合流地点で空中待機する時間も必要、か」
『で、来る武器は?』
「試作型の複合武装ユニットだって。詳細はさっきそっちに送った」
『了解。OSの最適化は?』
「データだけ先行でもらっている。受け取っても問題なく動作するはずよ」
『なら、いつ出ればいい』
「こっちに着く予定の輸送機が見えたら、だ。でないと途中でポッドとの通信距離圏外に出る」
少し急いてるな。
口調はいつも通りだけど、あれはかなり興奮している。
「サクヤ、最終チェック。ここからでもできるだろ」
「並行してる。機体ダメージは軽微。無視していいレベル。ほかの機体が被害を請け負ってくれて、ペイルライム自身にはほとんど攻撃が届いてなかったから」
んで、届く距離の攻撃も全部避けた、と。
その分各部に負荷がかかったままで、そのケアができていないのが気がかりだが――今更気にする時間なんてないか。
「オートバランサーは?」
「リオがんなもん使ってくれると思う?」
「それもそうか。んじゃああとはプラズマ推進システム周りだけど……」
「そっちは真っ先に終わらせた。あと例の件だけど、一回キリなら保証するわ」
「それは隠し玉だな。リオ、聞いてるな」
『注意事項なら理解してる。間違っても人のいる場所で使うな、でしょ』
「ああ。そうだ。あれはレース場でもレギュレーション違反になりうるから封印してる装備だと思ってくれ。それと、サクヤが保証するのは一回。確実に仕留められる時だけにしろ」
『了解』
ペイルライムを乗せた足場の上昇が止まる。
そこからは目標地点のほうめがけてエーテライトフィールドで造られたジャンプ台が出現する。
「コクピットポッド、輸送機へ搬入完了、だってさ」
『リアルに揺れると気持ち悪い』
「我慢してくれ」
『紫藤くん。悪い知らせといい知らせがあるのだがね』
ベスティアの社長からの連絡。もちろん最初に聞くのは悪い知らせからだ。
「悪い知らせは?」
『新成田国際空港に民間の貨物機が一機、到着予定だ。なんでもエンジントラブルを起こしての緊急着陸と言っている。大きさからしてラピッドマシン三機ほどは収納していられるだろうな』
「それで、良い知らせというのは?」
『君たちに特別措置としてレース場外でのラピッドマシン運用と発砲許可が出た。もちろん、後者は目標が実際に現れた時に限るがね』
「なるほど。そちらの組織の力、ですか。助かります」
これで懸念はなくなった。
「よぉし、行け! リオ!」
スラスターからプラズマ流を噴き出し、ペイルライムがジャンプ台を滑り落ちていく。
どんどん加速していく機体。坂道を落ちていく速度が加わり、そこへプラズマ推進の推力も合わさることで、ペイルライムの機体はジャンプ台から飛び出し、空へと飛翔した。
「続けて輸送機、離陸! 急いで。あんまり遅れると制御可能半径から機体が飛び出す! 進行方向には市街地もあるんだから、そんなところにあんな塊突っ込んだら大惨事になるよ!」
機体に遅れること数秒。リオの乗ったコクピットポッドを搭載した輸送機が離陸。先に飛んでいったペイルライムを追いかけて行った。
◆
ラピッドマシンが空を飛ぶ。
その光景を見て、どれだけの人間がそれを信じられただろうか。
地面スレスレを飛行するだけの推力を持った機体なら、それなりにいた。だが、今空を行くのはそんなレベルではない。
飛行している。
完全に、自身の推力を以て機体を宙に浮かし、高度をほとんど変えることなく直進している。
そもそも、だ。
なぜラピッドマシンがなぜレース場以外にいるのだろうか。
あれは民間所有機の場合、レース場以外で稼働していることはありえない。
稼働しているとしても、それは警察や軍などの治安維持組織の機体のはずだが――空を飛んでいる機体は、それを目撃した人々にとっては、新しいフォルムと独特の青白いカラーリング。そしてその既存のラピッドマシンの常識から外れた走りをすることで、記憶に焼き付いて離れない機体。
ペイルライム。
今日、ネオジャパングランプリに出走しているはずの機体が、なぜか空を飛んでいる。
その情報はあっという間にネットを中心として拡散され、瞬く間に騒ぎが大きくなる。
尤も。その騒動が本格化する前に、その機体は目的地へと到達するだろうし、それを操る者にとってはどうでもいい事。些事である。
「……遅れは」
『コンマ二秒以内。そろそろ投下されます』
「了解」
ペイルライムは視線を上に向ける。
最大望遠で拡大してみると、小さな機影が確認できた。そしてそれが、何かを落とした。
「ッ……」
落下速度を算出。
それから受け取り予定地点とのズレを修正。相対速度算出。
「速すぎるッ!」
プラズマ推進の噴射量を増やして、機体を加速させながら高度を上げようとする。
ジェネレーターはレッドゾーンに突入。このラインを越えてしまうとジェネレーターが死ぬ。
落ちてくるこの戦いのためだけの武器。
その落下速度が想定より速すぎる。加速し、上昇し、少しでも距離を縮める。
空中で受け取るのを失敗するとその時点で武器を失うだけでなく、かなりの高度から金属の塊を落っことしたのだから、地面と接触すればそれだけで大規模な被害をもたらす。
要するに。何が何でも受け取らなければならない、ということである。
「速度再計算――こっちじゃ無理。サクヤに丸投げ! 急いで」
観測データを転送し、その返答を待つ。
その間にも目視で速度と位置をあわせようと試み、位置を確認したタイミングで返信が来る。
「なるほど……なら、このままッ!」
速度をさらに上げ、落ちてくる金属塊に手を伸ばす。
「掴んだッ!」
その衝撃が機体が揺さぶられるが、それを受け流すように機体を操作。高度を落としながら衝撃を逃がし、スラスターを通常推力に切り替え。障害物や建造物のない場所めがけて着地。
アスファルト舗装をボロボロにしながら静止すると、ダッシュローラーを展開して加速。
「思った以上に減速した。間に合うか……いや、ちょっとくらい遅い方が言い訳になる」
新成田国際空港の看板が見えた。それと同時に、進行方向から爆発音とともに巨大な火柱が上がる。
「はじまった。でも――」
間に合った。
◆
滑走路のいたるところで起きる爆発。
トラブルを起こして緊急着陸した民間機の貨物機から現れた三機の黒いラピッドマシンによる攻撃。
消防用や作業用のラピッドマシンがその場繋ぎとして応戦に出ているが、放水銃で実弾を放つ相手に対応できるわけもなく、次々と撃破されて機体が爆散していく。
パワーのある作業用でも、そのパワーを活かすことができず一方的に遠距離からの攻撃にさらされる。
それは、誰の目から見てもテロだ。
ネオジャパングランプリから避難してきた各国要人や資産家などが避難のためにここに来ていると知っているからこその襲撃。
いくらかの専用機はすでに離陸。すでに攻撃が届かない距離まで逃げている。
残っているのはわずか二機程度。そのどちらも、安全なルートを模索し機体を動かし始めている。
あと少し。そのあと少しだけ持たせることができれば、全ての機体が離陸する。
だというのに。すでに空港にある動かせる機体は全滅。このままでは、落とされてしまう。
そう誰もが思ったタイミングで、スラスターを噴射する轟音と共に青白い機体が滑走路に現れた。
突然の乱入者に三機のラピッドマシンは一斉に銃口を向けて発砲。
それを避けて手に持った長方形の箱を構える。
と、その箱の一部が横に飛びだし、ミサイルを撃ちだす。
ミサイルは一機の黒いラピッドマシンの左肩に命中。吹き飛ばされた左腕が宙を舞う。
これには、破壊活動を行っている三機は一瞬であるが動きを止めた。
何せ、目の前にいる機体は最近のラピッドマシンレースを見ているものなら記憶に焼き付いているであろう青白い装甲をした機体なのだから。
つまるところ、競技用機体。
それが、戦闘用に調整された自分たちの前にいる。
その状況に理解が及ばなかった。
何故そんなものがここにいるのか。なぜ戦闘用機にダメージを与えられる武装を持っているのか。
全く理解できない。
だが、青白い機体――ペイルライムは箱状の武器を構える。
再び箱型の武器の装甲が開いた。さきほどミサイルを放った場所とは違う場所。
そこに仕込まれたマシンガンが、無数の弾丸を吐き出した。




