9.魔王の側近
青年に連れられて、先ほどの通りから少し外れたところにある広場に来た。
広場の端にあるベンチに座らされる。
「よっと、ここの方がさっきのとこより、幾分マシだと思うよ」
私はベンチに座り深呼吸をした。
そよ風が広場周辺の木々を優しく揺らす。
穏やかで良いところだ。
ほのかに当たる日差しも心地よく気持ちいい。
「ふぅ…ありがとうございます。素敵なところですね」
「良いところだよ。僕のお気に入りの場所なんだ」
青年は、目を細めて嬉しそうに笑った。
「そうだ。喉乾いただろう?水でも持ってくるよ」
「いえ、そこまでしてもらうのは悪いですから」
シノギは遠慮するように、自身の顔の前で両手を振った。
「いいっていいって!ここでちょっと待っててよ」
そう言って、青年は先ほど来た道を足速に引き返していく。
知り合いでもない、初対面の私にここまで優しく接してくれるとは、頭が上がらない。
一人取り残された私は、この穏やかな景色を楽しむことにした。
広場の中央で小さな子どもたちが紙飛行機を飛ばしたりして遊んでいる。
そんな子供たちを、私のベンチから少し離れたベンチに座る老夫婦が見守るかのように見つめていた。
お父さんに肩車をされて喜ぶ子やお母さんと手を繋いで楽しげに歩く子など、本当に穏やかな場所だ。
「ひゃっ」
突然冷たいものが、頬に当たり体がびくりと跳ねた。
慌ててその正体に目を向けると、いつ私の後ろに回り込んだのだろうか。
青年が瓶を持って、いたずらに笑っていた。
「おまたせ」
そう言って、水の入った瓶を渡してくれる。
「い、いただきます」
私は瓶のコルクをキュポンと引き抜いて、口をつけた。
「んぐっんぐっ、ぷはー!」
喉が渇いていたこともあり一気に飲み干す。
そんな私に青年は目を丸くした。
「あっ、すみません」
少し行儀が悪かっただろうか。
「お〜、相当喉乾いていたんだね。まるで酒飲んでる時の父さんかと思った」
青年はケラケラと笑いながらそう言った。
その言葉にそんなに親父臭い飲み方をしていたのかと少しショックを受けた。
「あー、すまん。今のは失言だったかも」
私の表情で察したのか、青年は頬をかきながら困った顔をした。
「いえ…本当のことなので…」
「…あっ、ずいぶん顔色良くなったね!!」
気まずい雰囲気を払拭するかのように、青年が明るく言った。
言われてみれば確かに、いつの間にか吐き気も治まっている。
アルレットが、私の隣に腰をかけた。
「僕の名前は、アルレット。16歳。君は?」
「私は…シノギ・とぎ」
名前を言おうとして、いつだったかマイアさんに言われたことを、思い出した。
この世界で家名である苗字は貴族である証らしいのだ。
そのため、苗字はあまり名乗らない方が良いとのこと。
「シノギトギ?」
アルレットが、首を傾げている。
シノギトギの方が異世界らしい名前だろうか…ってそうじゃない!
私は慌てて弁明する。
「ち、違います!シノギと言いますって言いたかったんです!!年齢は16歳です」
「同い年か…よかった。かなりフランクに話してたから、歳上だったらどうしようかと思ってた。ということでシノギも僕みたいに話しなよ」
自己紹介も終わったことだし同い年でいつまでも丁寧な口調も変かと、アルレットの提案に乗る。
「シノギは冒険者なの?」
アルレットは、シノギの服や腰に提げている木刀を見ていた。
「えっと…なりたてというか、そんな感じというか?」
アルレットが、うんうんと頷いた。
「奇遇だね、僕も今年から冒険者になるんだ。シノギはこの街に来るのは初めて?」
「そうなんだよね。実はさっき来たばかりで」
そっかと呟いたアルレットが、立ち上がった。
私は、突然どうしたのだろうと首を傾ける。
「そういうことならせっかくだし、案内してあげるよ。僕の故郷であるこの街リルンテドをね」
そういって私に手を差し伸べる。
知らない街に来て、こんなに親切なアルレットに出会えるなんて、どれだけ幸運なことなのだろう。
「ほんとに?ぜひ!」
私は、迷いなくアルレットの手を取り立ち上がる。
「お、今度は手を取ってくれたね」
そうアルレットが茶化すように言うから、二人して笑った。
こうしてアルレットの街案内が始まったのだった。
▽△▽△▽△
「ここがさっきシノギがいたとこでもある、市場通り。ここには露店が立ち並んでいて、野菜や果物、精肉などが売ってるんだ。屋台なんかも出てるし、昼飯時や夕方はとくに人通りが多いんだ」
「なるほど、通りでいい香りがすると思った」
ちょうど今はお昼時ということもあって、活気付いている。
先ほどまで吐き気で、ご飯のことなど考えられなかったが、時間帯のこともあり、お腹が空いてきた。
でも私、今一銭も持ってないし。
シノギが肩を落としていると、アルレットがシノギの手をグイッと引っ張った。
「こっちこっち、僕のおすすめのサンドイッチ屋があるんだ。ちょうど良い時間だし、まずは腹ごしらえといこう」
サンドイッチはぜひ食べたいのだが…
「うっ…私お金持ってないし、アルレットだけで」
「そんなの奢るよ」
こんなに素敵な提案があって良いのだろうか。
あまりにもサラリと言うアルレットが神々しく見える。
アルレットのおすすめのサンドイッチ屋さんと言うのは、青果店横にくっつく形であった。
「この店の店主は、隣の青果店の店主と同じなんだ。野菜の目利きに関してはこの街一番と言っても過言じゃない。こだわりの野菜が挟まったサンドイッチはそりゃもう絶品なんだ」
確定演出が来てしまった。
そんなの美味しいに決まっているじゃないか。
「おやっさん、サンドイッチ二つ」
「あいよー」
目の前で作る工程が見える形になっている。
まずは、一斤に固まったパンを1センチ程度にカットして、カットしたパンにバターが塗られた。
パンに、きゅうり、レタス、トマト、アボカド、ハムが次々と乗せられて、なにやら黄色みのあるソースがかかった。
それをもう一枚のパンで挟み、斜めにカットする。
カットされたものが、紙袋に包まれた。
二人分の紙袋が、アルレットに手渡される。
「ありがとう」
「500ルソポちょうどね、まいど!ところでアルレット、そちらさんは?」
サンドイッチ屋さんのおじさんが私を見たので、会釈をする。
アルレットは、あぁと小さく漏らした後に、私との簡単な経緯を話した。
「さっき街で出会ってさ。初めて街に来たって言うから、案内してるんだ」
「相変わらず、人が良いねぇ…」
おじさんはしみじみとした様子で言った。
「オヤジー、ちょっと来てくれ」
青果店からおじさんに声がかかった。
「おっと、呼ばれちまった。またよろしく」
そう言って、おじさんはニコリと笑って手を振ったので、 私たちも手を振り返してその場を去る。
お金の単位はルソポって言うんだ。
1ルソポ日本円でいくらなんだろ。
「どうせなら大聖堂を見ながら食べるか」
私たちは、市場通りの道を左は逸れて歩いていく。
少し歩くと大きな白い建物が見えてきた。
「あの大きな建物が?」
「そう、あれが大聖堂なんだ」
数分歩くと、噴水のある開けた場所についた。
アルレットは噴水の脇に腰をかけて、隣をポンポンと叩いた。
「おじゃまします」
私も大人しくその隣に座る。
座ると先ほどの大聖堂を目の前に捉えることができた。
大きくそびえ立つそれは、中央に時計版のようなものがあり、両脇に鐘が付いている。
「はい」
先ほどのサンドイッチが手渡された。
うわ、野菜がぎっしりと詰まり、食べ応えがありそうだ。
「わ〜美味しそう!」
「それじゃさっそく。命に感謝して」
「「いただきます!」」
二人してサンドイッチにかぶりつく。
ジューシーなトマトに、レタスきゅうりのシャキシャキ感、アボカドの濃厚でとろりとした食感と味わいといった野菜たちに負けないハムのうま味、それらをまとめる少しピリッとしたソース。
このソースは、おそらくブラックペッパーの入ったマヨネーズソースだろう。
あまりの美味しさに言葉を発することなく、黙々と食べてしまう。
「あぁ、シノギソースが」
「んぇ?」
アルレットがハンカチで私の頬を拭う。
その行為は私は固まらせた。
顔を拭かれるなんて、いつぶりのことだろう。
自分の子供っぽさを叩きつけられたようで恥ずかしい。
私が呆然とアルレットを見つめていると、眉を下げ、照れたように笑った。
「えーと、つい妹と同じ感じで接してしまったよ」
私には、お兄ちゃんもいるけど、妹と弟もいる。
私も一応お姉ちゃんなだけあって余計今回の失態は恥ずかしい。
「妹さんいるんだ」
「うん、僕と10歳離れてる」
結構歳が離れてるのだな。
ん?というか妹さん10歳年下ってことは
「私…6歳…とおなじ…?」
「ぷっ、あはは、そうだね」
カーンカーン
鐘の音が街に鳴り響いた。
どうやら、鐘の音は大聖堂から鳴っているようである。
「お、1時の鐘の音」
時報の鐘の音は、なんとも風情のあるものだと思った。
ふいにアルレットが語り出す。
「あの大聖堂の地下には、魔王の魔石が収められてるんだよ」
「魔王?」
「うん、300年前に勇者が魔王を討ち取った時に手に入れたと言われる魔石だよ。実はこの街のインフラは全てその魔王の魔石の魔力によって支えられてるんだってさ。一般人は地下に入ることはできないから、魔王の魔石の話とか本当かどうかはよくわかんないけどなぁ」
「ほー…」
「さて、ひとまずサンドイッチ食べてしまおうか」
「うん…!」
あまりにも淡々と話すから、普通に聞いちゃってたけど、それかなり凄いことなんじゃないの。
そんなことを思いつつ、食事を終えた。
「さてと、次はギルドにも案内しようか」
「ギルド?」
「えっ?冒険者なのにギルドを知らないのか?」
「えっと…いやぁ、その…」
マイアさん、全然そんな話してくれなかったし、ギルドってなに!?
シノギは目を泳がせる。
そして、観念するように言った。
「実は私、冒険者になりたくてこの街に来たみたいな…?」
それを聞き、アルレットは少し申し訳なさそうな顔をした。
「あー、そうだったんだ。早とちりしてしまって悪かった。でも、そういうことならちょうど良い。実は、僕も今日ギルドで冒険者登録をしようと思っててさ。今から二人で登録しに行こう!」
「…へっ?」
▽△▽△▽△
というわけで、私は今ギルドなるものに来ています。
「ねぇ、アルレット?ギルドって酒屋なの?私まだお酒飲めないよ?」
アルレットは、私の言葉にぶはっと吹き出した。
「僕だってまだ飲めないよ。まぁ冒険者の酒屋って認識も間違ってはないか…」
そんなことを言いつつ、私たちは中央奥のカウンターに歩いて行く。
そしてアルレットは、そのカウンターに立つお姉さんに声をかけた。
白緑色の髪に、スラリと伸びる手足に、まるでモデルように綺麗な人だと思った。
お姉さんは、眼鏡を一度くいと上げる。
「すみません、今日、冒険者登録ってできますか?」
「本日ですね。確認いたします。少々お待ちください」
受付のお姉さんは、奥の部屋に入って少しすると部屋から出てくる。
「可能です。お二人でよろしかったでしょうか」
「はい!」
「うぇぇっ!?ちょ、いきなりほんとうにするの!?」
そんな当日にいきなりできるものかとシノギが声を上げる。
アルレットは親指を立ててグーをした。
「大丈夫、大丈夫、石に手を当てるだけで登録できる」
そんな簡単にできるものなの。
「それでは、奥の部屋へお進みください」
案内された部屋の中央には平たく、15センチ四方の黒い石の板が置かれていた。
「では、こちらに手を置き、名前、年齢、出身地を口頭で述べてください」
アルレットは、石板に手をぴたりとくっつけた。
「じゃあ、僕からやるからよく見ててくれよ。アルレット、16、リルンテド」
アルレットの言葉に反応するかのように石板に文字が表れ、光り出す。
その光は神気力と同じ気がしたというか、おそらく神気力なのだろう。
「アルレット様、手をお離しして頂いて結構です」
アルレットが手を離すと光は消えた。
そのまま、アルレットが石板から離れる。
「次の方どうぞ」
「あっ、はい」
本当にいきなりやるんだな。
私は、アルレットと同じように手を石板に手を置く。
「シノギ、16、出身はええと…」
これ日本って言えばいいのかな。
出身地をなかなか口に出さない私をアルレットと受付のお姉さんが不思議そうに見えている。
もういいや、言ってしまえ!
「日本!」
正直に答えたにも関わらず、石板に文字が浮き出ることもなければ、光出すこともない。
やっぱり、日本はダメだったのか。
アルレットをチラリと見ると、頭を抱えている。
え、なに、私なんかやらかした?
不意にお姉さんが、メガネのフレームを掴みこちらを凝視するようにして言った。
「失礼ですが、シノギ様はまだ神気力の解放ができていないようです。その状態で冒険者業をすることは命の危険に繋がりますゆえ、誠に申し訳ございませんが…登録できません」
「えぇぇぇぇぇ!?」
アルレットは苦笑した。
「まさか、まだ解放できてなかったとは…うん、でも見た目は一人前の冒険者って感じだからさ。元気だしなよ」
「そうですね」
お姉さんも頷いている。
気遣って言ってくれたのかもしれないけど、見た目だけ一人前って嬉しくねぇわ!
その後アルレットの冒険者カード受け取り、ギルドを後にした。
ちなみに、冒険者カードは身分証にもなるらしい。
▽△▽△▽△
「まぁまぁ、そんな日もあるよ」
「見た目だけ…」
落ち込んでいると、私たちの横を麦わら帽子を被った観光客らしき夫婦なのかカップルなのかが通り過ぎた。
麦わら帽子ってなんかナスに似合いそうだなと思った。
あ、そうだ、ナスのお土産まだ買ってなかった。
通り過ぎた人たちをアルレットも見ていたようで、ボソリとこんなことを言った。
「そういえば、リルンテドの隠れた名産に麦で編んだ帽子でさ、プレゼントに買っていく人も多いとか聞いたことあるな」
名産ということは、お土産に最適ではないか。
ナスへのお土産は、それで決定だ。
「アルレットないすだよ!それ買いに行こ」
「え、急に元気になってどうしたの。それに麦で編んだ帽子をプレゼントするのは」
突然、元気になったシノギにアルレットは困惑した。
アルレットの案内で麦わら帽子専門店に入る。
入った瞬間、一つの帽子が目に止まった。
ワイドブリムで大きな黒色のリボンがあしらわれている。
セレブがかぶってそうな帽子の形だ。
ナスってなんかお嬢様感あるし、ピッタリだと思う。
近づいて手に取って見ていると、アルレットが私の横から帽子を見て言った。
「女の人用?お母さんにあげるとか?」
「ううん、違うよ」
「だったら…あっ」
何か察したようなそぶりを見せたアルレットは、困惑の色を見せた後に、首を振り穏やかで優しい目をした。
「愛の形は人それぞれだもんね。僕が悪かったよ」
「ん?」
アルレットの反応はよくわからないけど、これにしよう。
そう思った私は、とあることを思い出し、顔から血の気が引く。
「そういえば、私お金持ってないんだった…アルレットにもお金返さないといけないし…」
「いや、別に返してくれなくて大丈夫なんだけどね」
そもそもこの帽子はいくらなんだと、値段を確認しようと見たら、値札がついてなかった。
他の商品には値札がついているというのに、どういうことだろう。
店員さんに聞くだけ聞いてみるか。
「すみませーん」
反応がない。
店内に人の気配を感じないし、店員さんいないのかな。
レジの方へ行くと、一人のお婆さんがコクリコクリと船を漕ぎ眠っていた。
「寝ているね…」
アルレットがお婆さんを見てそう言った途端、お婆さんの目がカッ見開いた。
「ひょぇー!!!!」
老婆の叫び声にシノギとアルレットは体をびくつかせる。
まさかこの老婆もマンドラゴラなのか。
私たちをその目で捉えると老婆は、何事もなかったかのように言った。
「あらぁ、いらっしゃいませ。気づかなくてすみませんね」
正直、老婆の叫び声で心臓止まるかと思った。
バクバクと心臓が激しく打っている。
横に立つアルレットも相当驚いたのだろう。
俯いていて顔はよく見えないが、胸の辺りを手を抑えている。
「んん?あなたの持ってるその帽子…私の孫が編んだものね」
「お孫さんが?」
「えぇ、なんで商品に混ざったのかしらのねぇ?」
様子からして、本来商品として置くものではなかったようだ。
「あなたそれが欲しいの?」
「買いたいなぁと思ったのですが値札がついてなくて…いくらになりますか?」
めちゃめちゃ高かったらどうしようと思いつつ、私は聞いてみる。
「別に孫は帽子職人じゃないし、ただでいいよ」
まさかの返答がきた。
「いいんですか!?」
「これも何かの縁だね。それにその方がきっと孫も喜ぶ」
そう言って、老婆は笑った。
「「ありがとうございました」」
「あーいよ〜」
老婆がふりふりと手を振ってくれたので、手を振りかえし頭を下げたのち私たちは、店を後にした。
道を歩きながら、アルレットが私に話しかける。
「よかったね」
「うん!アルレットもありがとう」
「僕は大したことしてないよ」
本当に当たり前だと言った顔で言ってのけるのだから、人の良さが滲み出ている。
「さて次はどこに行こうか」
顎に手を当てて考えるアルレットの横で、私も一緒に考える。
あれ?なんか私、大事なこと忘れてるような。
「そうだ、ここから少し離れたところにこの街を一望できる塔があるんだ。こっちが近道」
私たちは裏路地に入った。
裏路地を歩き始めて少し経った頃だろうか。
リンゴーンリンゴーン
遠くから鐘の音が鳴り響く音がした。
また、時報だろうか。
今何時なんだろ。
「ねぇ、アルレットこれは何時の」
今は何時か聞こうと、横を向いたが隣にいたはずのアルレットの姿がなかった。
いつの間にかアルレットは足を止めていたらしい。
私の少し後ろで顔を青ざめて固まっている。
「どうしたぅわっ!」
私はアルレットに近づくと、突然アルレットに手首を掴まれて引っ張られた。
「走って、こっちだ!!」
手首を掴まれる力が異常に強い。
アルレットの呼吸は浅く、ひどく焦っている様子だった。
「いたっ、ちょちょちょっ!ちょっと落ち着いてっ!!」
手を引くアルレットを引っ張り返して、無理やり停止させる。
「はっ!ごめん。でも早く逃げないとまずい」
「う、うん」
ここは素直にアルレットの言う通りにするべきだと思った。
走りながら思ったことだけど、街の様子がなんだかおかしい気がする。
裏路地から抜けた言うのに、人々の姿が一切見当たらない。
「くそ、どこも閉まってるか」
アルレットが片っ端から家などの建物のドアノブをひねるが、どこも開かない。
どうやら、建物内に逃げ込んだ人々が鍵を閉めているようだった。
「こうなったら大聖堂に逃げ込むしか」
アルレットがそう言った直後に、後ろから誰かに声をかけられる。
「うふ、お迎えに参りましたよ。我が愛しの魔王様」
振り返ると、そこにはギルドで受付をやっていたお姉さんの姿があった。
こんな状況の街を普通に出歩く姿に違和感を感じる。
それに魔王とは一体なんのことだ。
「受付のお姉さん…?」
「あぁ、この女ギルドの受付嬢ですか。お見苦しい姿で現れた御無礼をお許しください。こうしないと街に溶け込めませんでしたの」
お姉さんの体が黒い霧に包まれる。
霧が晴れると、耳元に羊のような形の真っ黒の小さな角、細長い尻尾、ロングの黒髪、深紫色をした目の人物に姿を変えた。
やけに、スカート丈が短く、メイド服のような服を着ている。
一度緩んだ、手を握られる力が再び強くなったのを感じる。
「ま、魔族…」
アルレットの震えた声が、そう紡いだ。
読んでいただきありがとうございます。
誤字等あれば報告していただければ幸いです。




