7.断ち切れぬ迷い
「じゃあ、とりあえず力を解放するところからだね。唱えてみな」
「はい!」
勢いよく返事をしてしまったものの、いきなり唱えてできるものだろうか。
今の私にあるのは気合しかない。
もっとなんか具体的なアドバイスはもらえないのか。
私がマイアさんを一目見ると、私の目を見て意味深気にこくりと頷いた。
どういうことだろう。
そのままやってみろということか。
流石に気合いのみでできるなんて思えないけど、それでやってみちゃっていいわけですか。
唱える言葉はたしか…
「神気身纏!」
独特な静けさに辺りが包まれる。
「「………」」
蝋燭に火がつくことはおろか、あの時のように体が光包まれることもない。
何も起きぬまま、数秒の時が流れた。
「「ふっ」」
二人は、最初からこうなるとわかっていたという様子で、鼻で笑うと、鼻の下を人差し指で擦る。
いや、なんでマイアさんもそんな顔をしているの。
「シノギは今何を考えて唱えたんだい?」
何を考えてと問われても…何も考えてない。
強いて言うなら気合だろうか。
「気合です!」
マイアさんは、パチンと指を鳴らした。
まさかの気合いで正解だったのかびっくり。
「ふぅ…気合ね…確かにそれも大事かもしれないね。でも、それだけでできたら最初から修行なんてしないだろう」
さっきの仕草は一体なんだったんだよと突っ込みたくなったが、すんでのところで堪える。
「私もそう思いましたよ。でもマイアさんが関係ないやれって顔しましたもん」
「あたしそんな顔したかい?何を意識しろとか肝心なこと伝え忘れたなとは思ったから、どちらかと言えば、しまったって顔をしてたと思うんだけどね。でも、あんたができるっていう顔したから」
「私そんな顔しました?どちらかと言えば、本当にこれでいいのかって確認する顔してたと思うんですけど」
「それで、何を意識するかなんだけどね。人によって意識するものが違うからね」
露骨に話変えたなこの人。
もしかして、わざと教えずに揶揄ってきたのではないだろうか。
「あんたが生きる上で大切にしてるものはなんだい?あんたが力を使いたいと思うのはどんな時…力を求めるのはどんな時だい?」
「私が生きる上で大切にしてるもの…?力を求める時…?」
「その思いが力を発動させるトリガーになるのさ」
私に背を向けると、杖をつきながらマイアさんは、家へ歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待ってください」
私が、マイアさんを追いかけようとすると、ピタリと足を止めて振り返った。
それに合わせて私の動きも止まる。
「質問なら自分にぶつけな。何を大切にしてるかなんて人それぞれだからね。あんた自身の力で神気力をつかいこなしたいのなら、それに早く気づくことが何よりの近道だよ。一度自分を見つめ返すといい。やれやれこりゃ長引きそうだ…」
それだけ言い残して、再び家へと歩いていった。
私は、ただ離れて行く背中をただただ見つめていた。
「なんかかっこいい感じに言ってたけど、色々雑すぎない…?」
取り残された私は、マイアさんが家に入るのを確認すると、頭を抱えるようにしてその場に座り込んだ。
「はぁ、大切にしていることね〜」
初めて力を発動させた時のことを思い返してみる。
「特に何か意識とかしなかったけどなぁ」
あの時はクマから逃げるので必死だった。
そんな時に女の人の声が聞こえて、その直後に体が光ったんだよね。
「ん?そういえばあの女性の声は…」
なんで今まで不思議に思わなかったんだろう。
普通に考えて、脳に直接女性の声が響くなど、おかしな話である。
でもここが魔法の世界ならば、そういうこともきっと可能なのだろう。
つまりあの時、私に語りかけていた女性が絶対にこの森にいる。
「まてよ…あ、そっか!」
その女性を見つけ出したら、何かヒントが見つかるに違いない。
そうと決まれば行動すべしである。
私は立ち上がり、クマと対峙した場所へと向かった。
▽△▽△▽△
マイアが家に戻ると、ナスとプニチがボール遊びをして戯れていた。
「ンプニュ、ンプニュ!」
「ほら、いくわよ〜」
ナスが投げて床に転がるボールをプニチが取っては、ナスの元へ持ってくる。
「なかなか賢いわね」
ナスがプニチの頭を撫でながら褒めると、プニチは満足そう顔をして舌を出した。
マイアは、それを微笑ましいと思いながらも、わざわざ家の中でやる必要はないのではないかと思う。
「外の方がのびのびできるだろうに」
「プニュ」
マイアの言葉に、プニチが首を横に振った。
ナスは、プニチを見てうんうんと頷く。
「外は今シノギが修行中だから、プニチなりに気を利かせてんのよ」
二人のやりとりに、マイアは首を傾げる。
「あんたプニチの言葉がわかるのかい?」
「言葉というか、なんとなく考えてることはわかるわ」
「へー、野生の波長みたいなものがあるのかね」
マイアは、ナスの向かい側の椅子に腰をかけた。
「それにしてもやっぱ、人の姿だと何かと楽でいいわね〜」
「だったら早く人の姿になればよかったじゃないか」
「あんたね」
マイアの一言にナスは呆れたようにため息をつくと、マイアを指差した。
「「エキスを取られて、魔力が安定しないから変われなかったのよ」」
綺麗にハモった声に、ナスは眉を吊り上げた。
「ふんっ、分かってて言ってくるからタチ悪いわ」
少しの間の後、ナスの声が真剣な声色へと変わる。
そんなナスを前にマイアは、ケラケラと笑うばかりであった。
「ところで、マイアは本気でシノギに力の指導するわけ?」
「そのつもりだよ」
マイアの返答にナスは怪訝な顔をする。
「あれほどの力を持った人間は普通いないわよ。アタシは今のうちにあの子の力を封印して、この森で一生を過ごさせた方が良いと思うけど」
「ふふっ、そうだね」
重大な話をしているのに、未だに笑うマイアをナスは睨みつける。
「だったら、どうして」
「あの子の…シノギの力は暖かいからだよ」
▽△▽△▽△
以前マイアさんに、”あんたここで倒れていたんだよ”と教えてもらったことがあるから、場所はわかっている。
そこへ向かう途中でも、もしかしたら会えるかもしれない。
「おーい、誰か〜誰かいませんか〜」
マイアさんやナスの声って感じではなかったけど、結界内にいる時に聞こえたということはおそらく悪い人ではないだろう。
30分ほど走り目的地に到着した。
あたりにはクマが切り倒した木々が転がっており、地面には大きな爪の跡が残っているところを見ていると、あの日の記憶が自然と蘇る。
今考えてもよく生きてたよな私。
「おーい、誰かいませんか〜あの日助けてもらった人間です〜」
森に響くのは、私の声と鳥のさえずりのみ。
人影なんてどこにもありはしない。
1時間ほど声を出したが、誰かが反応してくれる様子がない。
二週間近く経っているし、別のところに移動してしまったのかもしれない。
「はぁー…」
私はため息をつき、近くにあった切り株に腰を下ろした。
聞こえるのは鳥のさえずり、木々が擦れる音、私は今一人。
考えてみたら、この世界に来てから私一人だけで行動したことなかったや。
初日からプニチに出会えて、それからマイアさんに出会って、ナスに出会った。
誰かといるのは好きだけど、たまには一人も悪くない。
“あんたが生きる上で大切にしてるものはなんだい?あんたが力を使いたいと思うのはどんな時…力を求めるのはどんな時だい?”
ふと、マイアさんの言っていたことを思い出す。
そんなこと聞かれたって、今の私には、もう何も。
幼なじみを守ること、何かを守ることに人生を捧げる家に生まれたのだ。
これからも、そのために生きて行くのだと思っていた。
「それが、突然異世界だなんて。守るべきものも目標もない今、私が生きる上で大切にすることなんて…」
気づけば日が暮れていた。
結局何も掴めぬまま帰路に着く。
「ただいま〜…」
「おかえり、ご飯できてるよ」
「あんたのこと待ってたのよ。早く座りなさいよ」
「ンプニュ!」
みんないつも通り私を迎え入れてくれる。
その光景になんだかホッとする。
みんなで食事を摂り、お風呂に入り、ベッドに横になる。
プニチはすでに寝息を立てていた。
幸せだと感じる反面、なんだか心にポッカリ穴が空いてしまった気がするのは何故だろう。
私は、そんなことを思いながら眠りについた。
▽△▽△▽△
二日目、私は早朝から素振りをしていた。
昔から、悩みや迷いごとがある時は素振りをする癖があったのだが、この世界に来てから素振りをするのは初めてだった。
「ふっ…ふっ…」
素振りをすると、悩みごとなどをそのまま断ち切れる気がするから、こんな気分の日には打ってつけだろうと振っているのだが、自分でも驚くくらい気持ちが木刀に乗らない。
こんなんじゃダメだ。
気合いを入れようと大きく木刀振るったところ、手からスポリと木刀が抜けた。
「あっ…」
急いで飛んでいった木刀を拾いに行く。
大事な木刀を吹き飛ばすなど、なんたる失態をしてしまったのだろうか。
落ちた木刀を拾い上げた時に、体の力が抜ける感覚に襲われた。
「…私なんで木刀を握ってるんだろ」
役目がない今、木刀を握る理由はないではないか。
また、危険な目に遭った時のためと考えることもできるかもしれないけど、ここにいる以上魔獣に襲われることなど無いに等しい。
「あ、あー…」
私はその場にしゃがみ込んだ。
力を必要としない自分に、気づいてしまったからだ。
これじゃ、初めから使えるはずがなかったんだ。
納得しつつ大きなため息が出た。
その後のことは、よく覚えていない。
気づいたら夕食を食べ終え、ベッドの上で横になっていた。
明日が最終日だけども、蝋燭に火が灯る日など来ないことを分かってしまった。
明日一番にマイアさんに蝋燭を返しに行こう。
そう思い、ベッドサイドの棚の上に置いていた蝋燭を手に取り眺めていた。
そんな矢先に、扉がノックされた。
「起きてるかい?」
マイアさんの声だ。
私は急いで扉を開ける。
「少し話をしよう」
マイアさんの提案に乗り、一階へと降りる。
「ホットミルクでいいかい?」
「はい…でもどうして突然?」
マイアさんは、初めから用意していたのだろう。
ホットミルクの入ったカップをコトリと私の前に置く。
「今日のあんた見るからにおかしかったよ。心ここに在らずって感じでね」
「そうですね」
マイアさんなりの気遣いなのだろうか。
心配をかけてしまったかもしれないことに、シノギは気を落とした。
「一体何を考えていたんだい」
「私、前の世界では、幼なじみの命を守っていたんです。そのために生きていたと言っても過言じゃないくらいに、そのことを大切にしていました。だけど、私は死んでしまった。全てそこで終わったんです。今の私にはもうなにもないなって」
シノギは頭の後ろをかきながら、気丈に振る舞い、明るく言ってみせた。
「幼なじみのいない、この世界に来た今、あんたが生きる上で大切にしていたものは無くなってしまったと?」
私の中での大切なものはそれが全てではないけども、誰かを守ることに対して重きを置く比重があまりにも大き過ぎた。
「はい…それに私は今の生活に満足していて、力を求める気持ちも薄いなって思いまして、だからこの蝋燭は」
私が、蝋燭を返そうとマイアさんに渡そうとすると、ゆっくりと手で制された。
マイアさんがゆっくりと口を開いた。
「いいかい?砥石鎬、あんたはあんただよ。あんたは砥石鎬のまま異世界に来た。転生っていうのは、死んで生まれ変わることだろう?あんたはそうじゃなかった。あんたの人生は、砥石鎬のままなんだよ。0からのスタートじゃない。前の世界からずっと続いている、前の世界で大切にしていたもの、そのままの気持ちで生きたらいいじゃないか。あんたの人生まだ終わってないんだよ。それに、守ることを義務的にやってきたのかい?」
「義務的…」
マイアさんの言葉が胸に刺さった。
初めはそうだった。
そういう家に生まれたからやらなければならないと思っていた。
でもいつしか守りたいと思うようになっていった。
私自身がそれを望んでいた。
そして、私が守っていたものは何も幼なじみだけじゃない。
私は、私を取り巻く日常を守りたかったのだ。
それを守るために剣を振るっていたのだ。
もう一度守るために剣を振るうということを穏佳はどう思うだろうか。
私はそれでいいのだろうか。
「それはあんたが決めることだよ」
胸の奥から熱い何かが込み上げて来るような感じがした。
「マイアさん、ありがとう。少しだけ…気持ちが軽くなった気がする」
私の言葉にマイアさんが、ホッとように息を吐く。
「そりゃよかったよ。明日は街に行くからね。あんたにはよく寝てもらないと困るんだよ」
「え、何それ聞いてない。それに明日修行最終日でしょ!?」
「あ?あんた馬鹿なのかい。シノギがここ二日間でやったことは、森を歩き回り、素振りしたくらいでまともに蝋燭を持つことすらしていない。それが修行だったと言うのかい?」
「いや…あの…」
「あたしは蝋燭に火を灯すのを三日でやれと言ったのであって。現時点で、力の解放が全くできないあんたはスタートラインにすら立ててないわ!」
「え?」
修行始まってなかったの…?
面白かったら、評価のほどよろしくお願いします。




