5.クッキーが消える魔法
「魔力…魔法の力…」
シノギはたった今マイアの口から出てきた特別なワードを、神妙な面持ちでつぶやいた。
魔法とは小さい頃、読んだ本に出てきた魔法使いのあれのことだろうか。
箒で空を飛んだり、呪文唱えて杖を振り変身したりするのだろうか。
そんなことを考えていると、マイアさんが木の桶に水を張ったものを持ってきた。
「魔法水ってのはだね、こないだ見せた小さな赤い石があったろ?」
私は、マイアさんの家で目が覚めた日に見た、宝石のようにキラキラと輝きを放つ、赤い石のことを思い出した。
「赤い石?あっ、クマの爪が変化したやつ…確か魔石って言うんだっけ?」
「そうそれだよ。その魔石を水につけ、水に神気力を送り込むんだ。すると、石に溜まった魔力が水に溶け出し、水が魔力を宿す。こんな風にね」
マイアさんは、ローブのポケットから魔石を取り出すと、ポチャリと桶の水へ沈めた。
そして、手のひらを桶へとかざして唱えた。
「神気身纏」
マイアの全身は黄色の光に包まれ、桶全体も同様の光に包まれた。
魔石は、神気力に反応するように赤く光り輝き、やがて黄色と赤が溶け込み、光の色が橙へと変化する。
マイアは、それを確認すると神気の力を緩めた。
マイアが力を緩めると、桶を包む橙色の光は消えてしまった。
あっさりと消えてしまった光にシノギは拍子抜けした。
「すごい光ってたけど、見た目は別に変わってないね」
シノギがそう口にすると、マイアは呆れた様子でため息をついた。
「はぁー…よく見てごらんよ。うっすらオレンジ色の光を纏ってるだろ?」
シノギは言われた通り、桶の水を凝視すると、確かに淡い橙色の光を纏っていることを確認できた。
「ほんとだ!薄い膜を張ってるみたいになってる」
「これが魔法水ってやつさ。魔力には、細胞の修復を手助けする力があって、人間にもこの水は効くからね。魔族であるナスにとっては、魔力回復も成せる極上の水なわけだよ」
マイアは、桶を持ち上げると部屋の奥の瓶が並ぶ棚の近くで倒れているナスの元へ持っていった。
「みずぇ…」
「ほら、もってきたよ」
マイアはナスを拾い上げて、服を脱がして桶の水へと浸からせた。
「あ、あ、りがと」
枯れ渇れで苦しそうだったナスの表情が気持ちよさそうに緩んだ。
私の顔もつられるように緩む。
「何、気持ち悪い顔で見てんのよ。まさか裸のアタシを見て…!」
バシャリと水音を立てて、ナスが自らの手で体を隠した。
「いや、それはない」
というか女の子同士だし、それ以前に植物に興奮するような趣味は私は持ち合わせていない。
「真顔で言うのやめなさいよ。ムカつくわ」
「はいはい、ごめんごめん」
ナスを適当に流しつつ、私は以前から聞きたかったことをマイアさんに聞いた。
「あ、そういえば以前、聞きそびれちゃったことがあってさ」
「ふむ、なんだい?」
マイアは、首を傾げた。
「この世界だと、生き物の一部が魔石になることは普通なの…?生き物が石になるって不思議で…」
シノギの一言に、マイアは一人で納得するように相槌を打った。
「あー、そうか。シノギには、そっから説明した方がいいのか」
そう言いつつ、マイアさんはキッチンへ歩いて行く。
先ほどから、なんだか甘い香りが家の中を漂っている。
もしかしてこの香りは!
「少し長くなるから、お茶でも飲みながら話そうか。もう少しでクッキーも焼けることだしね」
どこかで嗅いだことがある匂いだと思ってはいたけども、そうだ、これはクッキーの匂いだ。
思えば、初日にこそ、カロリーメイドを食べたものの、それ以降お菓子というものを食べていない。
久々のお菓子の香りに私の心は躍る。
「クッキー!?この世界にもクッキーがあるの!!?」
突然、私が大きな声を出したからかマイアさんの肩がビクリと震えた。
「な、なんだい突然…びっくりするじゃないか」
「最近甘いもの食べてなくてつい…えへへ」
「甘いもの好きなのかい?ほれ」
突然マイアさんから焼きたてのクッキーを手渡しされる。
「わっ、あちちっ、いっただきまーす!!」
焼きたてのクッキーは、生地がサクサクというよりはふんわりとしていて、ほろほろと解けると共に程よい甘さが口の中に広がった。
「ん〜〜〜、おいひい!!!」
シノギは両手を体に前に持ってきてガッツポーズをしつつ、嬉しそうに足を踏み鳴らした。
そんなシノギをマイアは若干引き気味で見る。
「そ、そんなにかい」
「こんなに美味しいクッキー初めて食べたんだもん!!」
目を輝かせて満面の笑みを浮かべるシノギに、マイアは気を良くする。
「ふむ、口がうまいね。どれもう一枚」
つい先ほどまで、シノギのオーバーとも捉えられるリアクションに引き気味であったマイアだったが、シノギの言葉に乗せられて、シノギの手にもう一枚クッキーを乗せた。
シノギは、そのクッキーを先ほどと同様に口に放り込むと、美味しさのあまり体を震わせた。
「んふふ〜」
「本当に美味しそうに食べてくれるね。今回は私の焼いたクッキーだけどね。街にはプロの菓子職人がいて、色々な菓子類が売ってるよ。今度一緒に行ってみるかい?」
「本当に!?ぜひ行きたいです!!」
元々、街には行ってみたいと思っていたが、お菓子もあると聞き、俄然街に行きたくなった。
「じゃ、決まりだね。とりあえずクッキーは皿に乗せてと」
マイアはクッキーを皿によそいテーブルに置くと、棚から茶器を出し、手際よく紅茶を二人分淹れて、席に着いた。
シノギもそれに続くように、マイアの向かい側の席に着いた。
「誰かに茶を淹れたのは久しぶりだからね。美味しいかは知らないよ」
そう言って出された紅茶は、雑味が一切なく、茶葉の甘味、香り、苦味が程よく、まるでお店で飲むようなクオリティだった。
「さて、それで生き物が魔石になるかどうかだったかね。結論として、魔石化するのは、魔獣と植物族と魔界族たちだね」
マイアさんの顔つきが真面目なものへと変わったので、私は紅茶のティーカップをソーサーにそっと置く。
魔獣が、私の思い浮かべている字面の通りならば、その名の通り獣のことなのだろう。
「魔獣は、おそらくあの時のクマのような生き物だよね。そっちはなんとなく想像つくし、植物族は…」
少し離れたところで、鼻歌混じりに水に浸かるナスに目を向ける。
「そのだね。ナスは植物族に属してるね」
予想が当たって、なんとなくホッとする。
ただ、一つ魔界族とは一体なんだ。
魔界…魔界…魔王
私は以前の世界で人気のあった、白塗りのあるタレントを思い出した。
「魔界族…で、デーモン陛下…」
「デーモン陛下…?」
「魔界族って、顔が真っ白で目の周りが黒かったり?」
「はぁ?何言ってんだい。魔界族は、角が生えてるくらいで、あんまり人間と遜色ないね」
「さいですか…」
なんだ、人間とそう変わらないのか。
マイアさんは、一度緩んだ空気を戻すかのように、ひとつ咳払いをした。
「んんっ、それでこの世界にはさまざまな種族がいる。それは人間族、精霊族、竜族、獣族、植物族、魔界族に分類される」
「そんなにたくさん」
驚く私を尻目に、マイアさんは腕を組み話を続ける。
「話が長くなるから色々割愛させてもらうけどもね、今言った種族の中でも、獣族、植物族、魔界族が魔法を生成することができてね。魔族と呼ばれているんだ。族ってのは一般に人を指す言葉だから加えなかったが、もちろん魔力を生成する生き物には魔獣もいるから、この世界で獣族、植物族、魔界族、魔獣種が魔力を生成する生き物ってわけさ」
つまり、魔族と魔獣以外は、魔力を生成できないということか。
魔力を生成できないということは、きっと魔法も使えないのだろう。
ちょっと使ってみたかっただけ残念である。
「で、魔族と魔獣は他の生物にはない特徴を持っている」
私は、その特徴として一つ思い当たるものがあった。
ナスの頭にも小さな出っ張りが二つあることだし。
「その特徴が角。魔族と魔獣には必ず角があるのさ」
「っし!」
私は予想が当たり、テーブルの下で小さくガッツポーズをした。
マイアは、急に喜ぶシノギに多少不気味さを感じたものの、いつものことだと流した。
「まぁ、この角が魔力を生成する器官ってわけさ。ちなみに角ってのは彼らの最大の弱点でね。角が折れることにより、魔力の供給が止まり、彼らは死んじまう」
「その際に、肉体は灰になり、体に残った魔力は集約を起こし一つの塊になる。それこそが魔石という赤い石の正体さ」
つまり魔石は魔力そのものということか。
「なるほど」
マイアさんの話を頷き、聞いていた私だったがここで一つ疑問が浮かぶ。
「あれ、でも今のマイアさんの話変じゃない?だって私クマの角折ってないのに…爪が魔石に変化したんだよね?」
そう、私は別にクマの角に外傷を与えることは一切しなかった。
マイアさんは頭を掻いた。
「それは、爪が切り落とされると、切り落とされた爪への魔力供給はその時点で止まるわけだろ?シノギも見たことだろうが、クマの爪が異様に伸びただろ。あのクマは爪に魔力を集中させて、爪を強化させることによって獲物を切り刻んで食べる習性があるんだよ。だから爪が切り落とされた時点で、爪に集中していた魔力が集約して魔石と化したってわけだよ。たとえ角が折られなくとも、魔力の供給が止まった箇所は、止まった時点でのそこにあった魔力が集約を起こして、魔石化するのさ」
なんだか少し頭が痛くなって気がする。
「それと、魔力も神気力同様に、完全に尽きると死んじまうようでね。随分前の話だけど、一度だけ魔獣の魔力が尽きる瞬間を見たことがあるんだ。突然角に亀裂が入り、ボロボロと崩れてね。魔力が尽きているから魔石化することもなく一瞬にして全身が灰になっちまったよ」
「灰に…」
人間だと亡くなった場合でも基本的に遺体残るものだけども、どうやら魔族はそうではないようだ。
「ま、あたし達も心臓止まったら死ぬからね。魔族や魔獣にとって角は、あたし達にとっての心臓なんだろうよ。心臓といえば、魔族には心臓がないんだけども、獣族だけちょっと特殊で、心臓に近しいものがある上に血が…ま、でもこの辺の話は別にいっか」
これまで丁寧に説明してくれていたというのに、マイアさんは突然足下を気にするかのように、下を向き話を切った。
「いや、その切られ方すると気になるんだけど…。とりあえず、これまでの話を整理すると魔族、魔獣は角で魔力を生成して、弱点もその角!植物族、魔界族、魔獣は、魔力供給がされなくなった細胞が魔石化するけど、獣族は、魔族の中でも魔石化はしないって認識しておけばいい?」
「そういうことだよ」
先ほど、魔力は身体の細胞の修復を手助けする力があるという話はあったけど、なんかもっとこう魔法らしいものには使えないのだろうか。
「魔力をうまく扱うと火を起こしたり、風を起こしたりできるからね。非常に便利な力だね」
魔法らしいものきちゃった。
「やっぱりそういうことにも使えるんだ!はぁ、そんな便利な力なら使ってみたかったなぁ…」
「別にあんたでも魔法を使うことはできるよ」
「え!?でも人間は、神気力なんでしょ?」
「ま、いくつかの条件を満たせば人間でも自由に魔法を使うことができるのさ」
ぜひ私も魔法とやらを一度使ってみたい。
私でも魔法が使えるという言葉に、胸が高鳴った。
「どんな条件を満たせば使えるの!」
「ふっ、どうせ今のあんたには使えないし、教えたところでね」
は、鼻で笑われた。
「えぇー…」
「そういうわけだから、話はここまでさ。お茶が冷めちまった。温め直そうかね」
マイアさんはテーブル横に立てかけられていた杖を握ると、その杖で紅茶を指した。
「加熱せよ【火熱】(Heat)」
すでに冷めていた紅茶の上を、再び湯気が舞う。
もしかしなくとも、今のが魔法というやつだろう。
私は、目の前で起きたことに興奮せざるを得なかった。
シノギはガタリと音を立て、立ち上がった。
「マイアさん、今のって!」
「ま、あたしにかかれば魔法なんてこんなものさ」
杖を振り、詠唱を唱えると魔法が発動するだなんて、まさに思い描いていた通りではないか。
簡単に魔法を使ってみせた、マイアさんが羨ましい。
「ずーるーいー!私も使いたい」
「急に駄々っ子になるんじゃないよ。それに、あんたは魔法よりもまずは神気力扱えるようにならないとだよ」
シノギはマイアの言葉に眉を下げた。
「教えてくれるって言ってたけど、まだ教えてくれないんでしょ?」
「いや、マンドラゴラのエキスも手に入ったことだし。もう準備は整ったよ」
いつものことながら、さらりとマイアは言ってのけた。
シノギは言葉を詰まらせる。
「と、ということは…つまり…」
「あぁ、明日から修行開始だよ」
マイアの言葉にシノギは天高くガッツポーズをする。
いよいよ、マイアさんに神気力の扱い方を教えてもらえる。
その事実で、今なら魔法が使えなくても空が飛べそうだと思った。
「やったー!そうと決まればお菓子で英気を…ってクッキーがない!!?」
私は、難しい話も終わったことだし、明日から修行だしとお皿に手を伸ばした。
しかし、あれだけたくさんお皿に乗っていたはずのクッキーはひとつも無くなっていた。
こ、これもなにかの魔法…?
シノギがマイアにゆっくりと目を向ける。
マイアはシノギの言わんとすることを察したようだった。
「あぁ、クッキーならプニチに全部あげちまったよ」
「ンプニュ?」
いつの間にかプニチが私たちの足下に座っていた。
その顔は非常に満足そうな顔をしている。
「いやぁ、話の途中に私の足下にきて食べたそうにしていたからあげたら、あまりにも美味しそうに食べるものだからね。つい」
マイアさんは舌をぺろりと出した。
「そんなぁ………あれ?」
私ずっとマイアさんのこと見ていたのに、いつクッキーを掴んでたの?
やっぱり何かの魔法?
次回からようやく修行パート入ります!
乞うご期待です!!
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