解放された力
「あら、嬉しくて尻尾が出てしまいましたわ」
そう言うと、尻尾がシュッと消えた。
収納可能な尻尾なのか。
「シノギは下がってて」
アルレットが私を後ろに下げて、魔族の女性をキッと睨みつける。
「あらあら、そんなに警戒しないでも。わたくしは、エレアーノ。あなたの後ろにいる魔王様を引き渡してくれれば、街に危害は与えませんわ。わたくし自身はの話ですけどもね」
突然、地響きと共に爆発音が街を駆け抜けた。
人々の悲鳴のようなものも聞こえ、なにやら騒がしい様子だった。
アルレットが怒気を孕んだ声を出す。
「一体、街に何をした」
「なに、少し攻撃性の強い魔獣を街に放っただけですわ。魔王様と会うのに邪魔が多く入られては面倒ですもの」
「街の冒険者をそっちに集中させる算段か」
アルレットが拳を握りしめた。
魔獣が放たれたって相当まずいんじゃないだろうか。
わざわざ攻撃性の強いと言ってるところも気になる。
こうしちゃいられない。
「御明察。それでは魔王様をこちらへって…どこに向かわれる気ですの?」
「魔獣のところですよ、私一度魔獣に殺されかけてるんです。だから魔獣の恐ろしいさを少しは知っています。私に何ができるかわからないけど助けに行かなくちゃ。あなたの話を聞くのは後です!」
光を反射した鋭利なものが宙をかけた。
「待て、シノギ!!」
「っ!」
走り出そうとしたシノギをアルレットが大声で制す。
シノギは何かに気づいたのか、瞬時に身を後ろへと引いた。
止まった足の数ミリ先にナイフが石の地面をモロともせずに突き刺さっていた。
何このナイフ切れ味がいいってものじゃないとシノギの頬を冷や汗が伝った。
「ふふふ、私とのお話を優先してくれないなんて、魔王様ったらいじわるですのね」
エレアーノは、拗ねた子どものような顔をしていた。
さっきから何度も何度も、この人は何を言っているんだ。
私が魔王だなんて、そんなことがあるはずない。
勘違いも甚だしい。
「あの、何か勘違いしてません?私は魔王などでは…」
私の言葉に、エレアーノは指を顎に当てて首を傾げると真顔になる。
「いいえ、この神気力の質と量。間違いなくあなたは魔王様です。少し見ない間に随分と可愛らしいお姿になってしまわれましたけど、そんなところも素敵です。さぁ私と共に行きましょう」
エレアーノは手を差し伸べて私たち、正確には私に近づいてくる。
街の反応といい魔獣のこともいい、この人に着いて行っては危険だと感じる。
自然と足が一歩後ろに下がる。
私の行動が、気に食わなかったのかエレアーノは眉を下げた。
「残念ですわ。ですが、一方的に力づくで連れて行くのは、わたくしの美学に反しますもの」
エレアーノの視線が、私からアルレットに移ると眉間に皺を寄せた。
「魔王様の邪魔をしているのはあなたですこと?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
アルレットが居なくたって、明らかに不審者であるこの人に着いて行くことはしなかったと思う。
「いや、別に私は」
「シノギ、ごめんこれ借りるよ!」
「えっ」
突然、アルレットが私の腰の木刀を引き抜き私を後ろへ押した。
押された私は、転げそうになるのを何とか踏ん張った。
エレアーノが、こちら向かってものすごい速さで走ってくる。
「神気身纏!!」
アルレットの身体が黄色に光り輝くと同時に、私の木刀が西洋風のロングソードに形を変えた。
そのまま、迫ってきたエレアーノに向けて剣を横に振るう。
エレアーノは、剣身が当たる寸前に、右太ももに付けていたレッグホルダーから赤い艶々とした杖を出し、その杖で剣を受け止める。
それからバク転をするように2、3歩下がって距離を取ると、ひやりとした冷たい空気を放ちながら剣を見つめた。
「あなたのその剣…あぁ、なんて嘆かわしい…」
あまりにも剣について気にしている様子だったので、私もアルレットの剣に注視したところ、ロングソードのガード部分がドラゴンの形をしており、珍しい剣だとシノギは思った。
「影よ、敵を撃ち抜いて」
夕日に照らされたエレアーノの足元に赤黒い魔法陣が形成されるとその影から、エレアーノの周りを取り囲むように、黒い銃弾がいくつも形成された。
アルレットの剣を握る力が強まる。
シノギは、一体あれはなんなんだと口を開いた。
「あれは…」
「【影弾】(シャドウバレット)」
エレアーノが、アルレットに向けて杖を振ると、黒い弾丸がこちらへ飛んでいく。
アルレットは、剣を器用に使って弾を弾いていく。
しかし、防ぎきれないものもあり、時折、うめき声とも言える声をあげる。
ただ、決して弾を避けることはしなかった。
自身の後ろにいる神気を纏わないシノギに当たれば命を落とす危険があるからだ。
「うっ、くっ…!これくらいのことで…!!」
アルレットが、必死に弾を弾く中、シノギはそれを見ていることしかできない。
シノギには全ての弾道が見えていた、それゆえに力を使えない自身が歯痒くて仕方がない。
ただ、守られる側の気持ちってこんなに気分の悪いものなのか。
「あのっ」
「ふっ、はっ、危ないからそこから動かないで…っ」
アルレットは、シノギに動くなと指示を出す。
「…」
私にできることは何かないのか。
シノギは歯を食いしばった。
しばらくすると、弾丸の攻撃が止んだ。
何かがエレアーノの気に障ったのか、少々苛立っているようだった。
「はぁ…あなたわたくしが魔王様に当てるようなヘマすると馬鹿にしてますの?あまり時間もかけていられませんし。わたくしに与えた屈辱…あなたにお返しすることにいたしますわ」
杖を一度仕舞い込むと、今度は左太もものレッグホルダーから小型のナイフを取り出した。
「わたくし、今からこのナイフしか使いませんの。あなたがわたくしに一撃でも当てることができたら、今日のところは帰りますわ」
アルレットは、少し考え込むように黙る。
それから、声を張り上げて言った。
「いいだろう」
シノギは、直感で感じ取っていた。
この人…エレアーノの先ほどからの身のこなしを鑑みて、相当戦闘に慣れている。
本来なら今すぐ逃げるべき相手なのだろうけど、アルレットがその提案に乗ってくれるだろうか。
「アル」
アルレットは自分の口に人差し指を当てて、シノギに黙るように指示した。
それからシノギにのみ聞こえるような小声で言ったのだ。
「シノギ…隙をみて逃げろ…」
どこまでも私の身を案じてくれているらしい。
「ちょっ…!」
「うおおおおおおお!」
何かを覚悟したように、アルレットは雄叫びを上げてエレアーノに特攻していく。
斬りかかられたエレアーノは、いとも簡単に剣をナイフで受け止めると、剣の上にナイフを滑らせた。
ナイフはアルレットの首をかき切る動きを見せるが、咄嗟に首を引き躱した。
エレアーノは、何度も何度も打ち込こまれるアルレットの剣を時に躱して、時にナイフで受け止める。
「あなた弱いですわ」
アルレットは決して弱いわけではない。
シノギ目から見てそう思った。
あの剣筋は、短期間で習得できるようなものではない。
だが、エレアーノとアルレットでは実力差がありすぎるのだ。
「っ!」
ナイフがアルレットの腹を突き刺そうしたので、剣を横にして剣先に左手を添えてお腹の前で防御の姿勢を取る。
「甘い…ですわ!」
「かはっ…、!」
ナイフは防げたものの、アルレットに強烈な右回し蹴りが炸裂した。
身体がよろけたところで、アルレットは心臓の辺りを突き刺された。
「アルレット!」
シノギの声が響く。
「ヴッ…」
「さぁさぁ、このまま解除していいのよ」
アルレットは、エレアーノの腕を掴み必死にナイフを引き抜こうとするものの、微動だにしない。
「ひゅーっ、ひゅーっ」
アルレットの呼吸がだんだんと浅くなっていく。
神気力の限界が近いのか、痛みなのかで意識が朦朧としているのか、アルフレッドがふらつき膝をついた。
「うふふ、早く楽になりなさいな」
アルレットは、自分の無力さに打ちひしがれていた。
ナイフ一本の相手に、シノギが逃げる隙を作ってあげることもできなかった。
このまま、新気力を解除すればその身に刺さるナイフは本当に心臓を貫く。
シノギは、焦燥していた。
このままでは、アルレットは間違いなく死ぬ。
現状どうにかできる人間は私しかいないだろう。
「私が…私が助けなきゃ…」
心臓が痛いほどに強く打っている。
握りしめた拳に血が滲む。
私は今無性にムカついている。
ただ、動けずにここまで見てきただけの自分に。
過去の自分が積み上げてきたものを、無くそうとした自分に。
異世界に来たからって、自分が別人になったわけじゃない。
これまでの信念を貫くだけのこと。
終わりじゃない続きだ。
シノギの身体が淡く光りだす。
その時ふと穏佳の最後の泣き顔が脳裏によぎった。
あぁ、そうか。
そうだよね。
「ごめんね…穏佳。守られるだけってこんなに辛かったんだ」
ドクリと胸打つ心臓。
あの時もこんな感じだった。
シノギの身体を何かが駆け巡った。
シノギは、目の前に刺さるナイフを抜き代わりにそこへ麦わら帽子を置いた。
アルレットを助けたい。
シノギはそう強く願い、二人の元へ近づいていく。
するとアルレットの体に変化が起こる。
「ぅ…あたた…かい…」
アルレットの身体を包む光が、だんだんと強くなっていっている。
エレアーノは、その原因に気づいて困惑の色を見せた。
「なぜ…あなたに…っ!」
突如、アルレットの身体が今までと比にならないほどの光に包まれた。
その眩しさにエレアーノは目を細め怯み、ナイフから手が離れた。
「こんなことっ!う…っ!」
今度は、エレアーノの胸にナイフが突き刺さる。
シノギが投げたナイフだった。
「っ…いったぁ…!心臓がめちゃめちゃ痛いんだけど…はぁっ…」
シノギの身体も黄色の光で包まれている。
そうそうあの時も感じだった。
よかった、ちゃんと力が発動したんだ。
「そっか…やっぱり私の原動力は人を守ることなんだね…」
それにしても、他人にも神気力を付与できるのか。
アルレットに力を吸収されているような感覚と共に、痛覚が共有されるのかなんなのか、心臓が突き刺されたように痛みを感じる。
「魔王様…一体?」
エレアーノのはただ呆然とシノギを見つめている。
そんな彼女にシノギは顔を歪めながら言った。
「エレアーノさんだっけ…?えっと…よそ見しない方がいいよ…」
膝立ちのままアルレットが剣でエレアーノの腹部を貫く。
「ゔ…っ!」
アルレットは、先ほどまで苦しんでいたとは思えない、強い眼光でエレアーノを見つめた。
「嘘…」
エレアーノの口からこぼれた言葉に、アルレットは、自身の胸に刺さっているナイフを抜きつつ返した。
「そうだね…。よくわからないけど。僕、今嘘みたいに今調子がいいんだ」
アルレットは、自分の後ろで力を発動させているシノギに気づいていなかった。
エレアーノが、アルレットからすかさず離れる。
エレアーノは、胸と腹部を刺されたというのに、冷静に胸に刺さるナイフを抜き、レッグホルダーへとしまう。
アルレットから離れる際とナイフを抜く際に少し痛そうに顔を歪めたが、ダメージはそう受けていない様子だ。
アルレットは剣を杖のように地面に突き、ふらつき倒れそうになる自身の体を支えた。
「調子が良いのにおかしいな…身体がうまく動かせない…」
シノギは、アルレットに声をかける。
「アルレット大丈夫だよ。ゆっくり休んで」
「シノギ…そっか…」
振り返ることすらままならないのか、シノギの言葉を背中で受けると、そのままアルレットの動きが完全に止まった。
エレアーノは、苦虫を潰したような目でシノギを見た。
「やはりあなたは魔王様で間違いありませんわ…しかし、なぜこの子に力を?」
なぜ?そんなもの決まっている。
シノギは額の汗を拭いながら、さぞ当たり前かのように言った。
「助けたいからだよ」
エレアーノは、信じられないというように目を大きく見開いたら。
「んなっ、人間に手を貸すというのですの!?」
その時、シノギの前に一つの矢が飛んできた。
しまった、油断していた。
「…っ!」
ナイフの次は矢って…一体何なんだと飛んできた方向を見上げると、屋根に乗って弓を構えるマイアさんとその横にプニチがいた。
私、完全にマイアさんたちのことを忘れていた。
「マイアさんとプニチ!?」
まずい、なんだか機嫌が悪そうな顔をしているなどとシノギが考えていると、マイアの怒号が飛んだ。
「バカシノギー!あんたどこほっつき歩いてたんだ!」
「ンプニョー!!」
やっぱりそうなるよね。
というかあの弓完全に私を狙ってない?
しかし、すぐにマイアさんの気は私から離れることになる。
「ん?あんたは…」
エレアーノの姿をとらえたマイアさんは、意外なものを見たという顔をした。
一気に騒がしくなったことに対してなのか、エレアーノは心底めんどくさそうにため息をつく。
「はぁ…わたくし、言ったことはちゃんと守りますゆえ、今日は帰らせていただきますわね」
「え、あっ、ちょっとまっ」
突然のことにシノギが引き止めようとするものの、エレアーノは路地裏の暗闇に消えて行った。
色々、聞きたいことがあったのだが…
「あっ…魔獣!」
そういえば、街に魔獣が放たれたと言っていた。
早くそっちに向かわなければならない。
私が、爆発のあった通りの方面へ向かおうと、上からマイアさんが降ってくる。
「エクストリームチョーーーップ!」
「へ?ッ…ガハッ!」
「ンプニョー!!!」
マイアのチョップは見事にシノギの頭上に炸裂し、白目を剥いてシノギはその場にぶっ倒れた。
あまりに強烈なチョップにより、シノギがそのまま気を失ってしまった。
シノギの纏っていた光が徐々に小さくなり消えていく。
プニチが慌てた様子でシノギの周りを走り回っている。
「全く、これ以上力使って死ぬ気なのかねぇ…こりゃまた三日コースだね」
「ンプニョッ!ンプー!!」
「ただ気を失ってるだけだよ。さっさと帰るよ」
マイアは、そう言ってシノギを担ぐ。
「あぁ、そういえば少年このことは…」
ドサリと何かが倒れる音がする。
シノギの木刀を握ったまま、アルレットが倒れていた。
「ありゃまぁ…ま、仕方ないか」
何やら辺りが騒がしい。
ドタバタとコチラに向かってきている人たちがいる。
「光が発生したのはこっちからだ」
「魔族の仕業かもしれんぞ!」
マイアは、慌ててアルレットも担ぐ。
「シノギの力がバレたらめんどくさいからね。さっさと結界を解いて去るよ!」
「プニョ!」
マイアは、目撃者が出るとまずいと判断して、張っていた結界すぐさま解いた。
それから三人と一匹は足早に、その場から去るように路地裏へと消えていくのだった。
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