1.はじまりの世界
作者の一番好きな武器は刀です。
ですので、ゲームやアニメなどでは、刀や剣を主要武器とするキャラを推してしまいがちです。
今回、刀を振り回す女の子が描きたく、物語を書き始めました。
なんとなく全て物語の流れがタイトルでわかってしまうようなタイトルをつけたくなく、このような『ブレードSコート(ぶれーどえすこーと)』というタイトルをつけました。
ただ、ブレード=剣
Sコート→エスコート=護衛
ということで分かりやすいタイトルではあるかもしれません。
物語を通じて鎬がどのように成長していくのか、周りのキャラがどのように成長していくのかを見守ってくれたら幸いです。
投稿は不定期的に行っていく予定です。
皆様のご感想やご意見等楽しみにお待ちしております。
よろしくお願いします。
「いいか、砥石家の跡取りである以上お役目を後継に引き渡すそのときまで、何があっても死んではならん。肝に銘じておくように。」
ふと祖父の言葉が頭に響く。
目の前には涙を流す幼馴染がいる。
声がうまく発せない。
「わた…し…しずかの…えがおが…」
あぁ、わたし死んじゃうんだ。
▽△▽△▽△
目を開くと、ぼんやりと真正面に大きな青色、その端にちらりと緑色があることを認識できた。
それが空と木の葉だと気づくのに少し時間がかかった。
「うぅん…ん…わたし…ねちゃって…って穏佳大丈ぶっ…!?」
朧げな頭に、さっきの事がフラッシュバックした私は勢いよく体を起こした。
そんな私の目に飛び込んできたのは、登下校で見慣れた道などではなく、木々や草花だった。
「ぇ…ここ…どこ…?」
私、砥石鎬は、眠りから覚めると知らない森の中にいた。
降って湧いたような状況に理解が追いつかず、辺りを、自分の手を、体を何度も交互に見てしまう。
「え…え…えっ!?」
服は制服、体の横には通学カバンと愛用の木刀、ここは知らない森。
一体全体どういうことだというのだ。
先ほどまで私は、幼なじみである近衛穏佳の下校時の護衛をしていたはずだ。
なぜ私が幼なじみの護衛をしていたか。
それは穏佳の家である近衛家と私の家である砥石家の関係性に理由がある。
穏佳の家である、近衛家は江戸時代に呉服屋として栄え、現代では数多の企業を束ねる、日本に住んでいれば一度は耳にしたことがあるような金融財閥である。
それだけ有名であると、近衛一族の命を狙う輩も多い。
そうした近衛家の命を狙う者たちから守るのが砥石家の担う役目なのだ。
私はその中でも、現近衛家当主の娘かつ私の幼なじみである穏佳の護衛を任されていた。
近衛家と砥石家の関係は、砥石家初代当主である砥石斬助と近衛家の当時の当主である近衛佳乃の生きた江戸時代から始まったとされている。
斬助の剣の腕は一流だった。
しかし、当時の人々にはあまり評価されないものだった。
それは斬助の剣が、守るための剣であったことに原因がある。
斬助の剣は、人を殺めるものではなくあくまでも無力化するためのものであった。
斬助は、身寄りのない浪人であった。
ある日、街でかぶき者に絡まれた。
斬助は、ものの数分でその者たちを蹴散らした。
そんな斬助の剣筋をたまたま目撃した旗本の若殿様が斬助を気に入った。
結果として、斬助はその若殿様の家に仕えることになった。
それからしばらくして、事件は起こった。
金銭目当てに若殿様の誘拐を企て、実行に移した輩が現れた。
斬助は、屋敷に侵入してきたその者たちにいち早く気づき、冷静に対処した。
斬助が刀を鞘に収めた頃、侵入者の一人が這いつくばっていた体を起こし刀を振り回し、若殿様に襲いかかった。
斬助の与えた一撃の詰めが甘かったのが原因だった。
間一髪のところで若殿様への一撃を防いだ斬助であったが、驚いた若殿様が足を滑らせ、軽い怪我を負ってしまった。
若殿様は、自分に非があると斬助を一切責めなかった。
しかし、周りからは”どのような場面でも相手を斬り殺さぬ斬助の太刀筋が悪いのだ”と非難する声が上がった。
それには、若殿様の父親も同意見であった。
憤慨した若殿様の父親は、斬助に切腹を命じた。
ただ、若殿様の猛烈な擁護もあり、斬助を家から追い出すということでことなきを得た。
斬助は自らの人生を剣にのみ注いできたような人間だった。
それ故、職を失ってからも剣で食べていこうと努力はしたものの、斬助の騒動は町中に広がり、人々から向けられるのは冷酷な目だった。
”こんなに恥を町中に晒して生きいられてるなんて信じられない。あの時大人しく切腹しておけばよかったものの”と心ない言葉をかける者も数多く居た。
とうとう金も尽きて、生きる術を失った斬助は“もはや、これまで。少しだけ死期が早めるだけである”と自らの刀で腹を切ることを決意した。
斬助には、よく行く川があった。
その川が自分の故郷を流れる川に似ていたという理由でそこへよく赴いていた川だ。
決意を固めた日も川へ赴いた。
川のそばで正座をし、自らの腹に鋒をあてがった。
腹を刀で貫く寸でのところで、ある人から声をかけられた。
”あなたの剣は人を殺さぬものではないのですか”と。
声の主は近衛佳乃であった。
当時の近衛家は、呉服問屋業が波に乗りかけている頃であった。
佳乃はそろそろ用心棒の一人や二人つけた方がいいと思っていた。
そう思っていた矢先に、風の噂で斬助ついて知ったのだった。
よく彼がこの川のほとりに顔を出すことも聞いた。
噂は“人を殺す覚悟もない腑抜け一家”や”恥晒し一家”などと散々なものであったが、佳乃はそれが面白いと思った。
佳乃の用心棒になってほしいというお願いを初めこそ”私の剣は守ることしかできない頼りのないものである”と断った斬助であった。
そんな斬助に佳乃は”私は守ってくれる人を探しているのです。でしたら、あなたの剣はふさわしいではありませんか。”と笑った。
佳乃の言葉に背中を押された斬助は、用心棒を引き受けることにした。
斬助は自らの生きる道を与えてくれ、己の剣を認めてくれた佳乃を主とし、忠誠を誓い、近衛家に忠義尽くした。
そんな斬助の思いが砥石家に代々引き継がれ、現代に至っているわけである。
砥石家の家訓に「後継育つまで死ぬ可ず」 というものがある。
護衛を任された者が死んでしまっては、その後護衛していた人を危険な目から守ることができなくなってしまう。
それは護衛を任された者として恥であり、守る立場にいるのならば、役目を後継に引き継ぐその時が来るまで、何がなんでも生きて、任された人を守り抜く責任を負いなさいという訓えである。
幼き頃から祖父に散々言われてきた、この言葉であったが…
今の私はきっとその訓えに反してしまったのだろう。
私は森に来る前の出来事をできるだけ鮮明に振り返った。
▽△▽△▽△
放課後、穏佳を家まで送り届けている時だった。
「鎬、私はパンが好きですけれど、残念ながら朝食にはご飯だと思います」
「おぉう?急だねぇ。突然なんの話?」
「私の家の朝食はご飯が多いのですが、以前朝食がパンの日があったのです。嬉しかったです。でもその日は三限からお腹が空きました。そして、今朝も朝食はパンでした。今日も三限にお腹が空きました。ご飯の日は、三限にお腹が空くなんてことはありません」
「あ〜、パンは消化早いもんね」
「朝食にご飯も悪くないですが、私はパンが好きなので、できるだけパンを食べたいのです。でも、そんなこともあり、ふと朝食はご飯のほうがいいと思ったのです。消化の遅いパンがあれば嬉しいのですが…」
「消化の遅いパンね〜…。パンにご飯を挟むとか?」
「なるほど、その発想はなかったです」
私たちはいつものように中身のない会話をして帰宅していた。
そんな中、前からフードを被った一人の男が歩いてきた。
男は道を塞ぐように歩道の真ん中で立ち止まると
「…このえしずか」
穏佳の名を呟いた。
それはメガネをかけており、髪型は七三分けでしっかりまとめている上にスーツ姿という、どこにでもいる真面目な会社員といった印象を受ける男であった。
ただ、どうにも様子がおかしかった。
「あの〜…すみません。道を開けてもらってもよろしいでs」
私が道を開けてもらおうと男に声をかけると、ただ男は穏佳を見て、嘆くように言った。
「あの日から僕の人生はめちゃくちゃだ…!」
不意に男のフードが外れた。
男の目は充血しており、クマができていた。
そんな男を見るなり、穏佳の瞳は明らかな動揺の色を見せた。
「あなたは…」
私は、様子からして、顔見知りだと分かったが尋ねずにはいられなかった。
「穏佳、この人知ってる人なの?」
穏佳は顔を強ばらせた。
「知ってるも何も…うちで働いている人…でも最近色々あって、今は休養中だったはずですけど…」
一度穏佳に向けた目を男に戻すと、肩を上下させ、先ほどからひどく興奮している様子であった。
「あんなヘマ普段の僕ならしないのに…しないのに…!」
鼻息を荒げて何やらぶつぶつと言っている。
男の様子に怯えているのか穏佳は、私の服の裾を掴んだ。
「…あの女が現れてから僕の人生はめちゃくちゃだ」
「(あの女…?)」
あの女とは一体誰のことなのだろうか。
少なくとも私たち2人のことを指している様子ではなかった。
「(同僚の女性のこととか?)」
私がそんな風に思考を飛ばしていると、男はこう続けた。
「フッ…まぁいいや、どうせ僕は今日死ぬ。でも近衛家のご令嬢である君と死ねばやり直せるらしいんだ。生まれ変われるんだ。だからさ、僕と一緒に死んでよ!!」
何を言っているのか全然理解ができない上に穏佳しか眼中にないと言った様子だった。
男の纏う異様な空気に、この男は危険だと脳が警鐘を鳴らした。
私の体に思わず力が入った時だった。
突然男がニタリ笑い、ポケットに手を入れた。
そのままポケットから手を抜くと、その手には小型のナイフが握られており、刃先をこちらに向け突っ込んできた。
「…っ!」
驚きはしたが、私も伊達に砥石を名乗ってはいない。
砥石家の主要武器は刀であり、幼き頃から剣術を叩き込まれてきた。
だから今も腰に愛用の木刀を引っ提げている。
しかし、体が強ばっていたこともあり、反応が少し遅れてしまった。
今から木刀を構えている時間はないと判断した。
反応が遅れてしまったこと護衛として、反省しなければならない。
鎬は、穏佳を引っ張り私の左後ろに来させると、真正面から突っ込んできた男のナイフを握る右手の甲に、自身の左手首から上腕を触れさせ、そのまま左手首を内側へ回転させた。
男のナイフを持つ手は鎬の左前腕を滑り、ナイフの軌道が逸れた。
鎬は、軌道が逸れたことにより目の前に来た男の手首を左手で掴み、そのまま強烈な右ストレートを男の顔にお見舞いした。
砥石家では、剣術だけでなく基本的な体術も幼き頃から教え込まれるのだ。
故に、ただ真っ直ぐに突っ込んでくるナイフを流すこと、そこから追撃ことなど簡単なことであった。
「さっきから、穏佳のことしか見えていないようですけど…護衛の私がいるんですからね!」
顔面への一撃を食らった男の力が一瞬抜けたので、そのまま掴んでいる手首を男の背中に固めて、床に押さえつけた。
「しずか、警察呼んで!!」
「う、うんっ」
男は観念したのか、特に抵抗するわけでもなく、地面に突っ伏していた。
「……」
先程までの興奮した様子と打って変わり、落ち着いた様子に気味の悪さを感じずにはいられなかった。
「(呆気なさすぎて…なんだか嫌な予感がする)」
ここでもっと私は警戒すべきだった。
私の嫌な予感は的中することになってしまった。
「イヒッ…強いねぇ…いいねぇ…でも最後まで油断しちゃダメだよ?護衛さん…」
初めて男と目があって、ゾクりとした。
まるで、最初から狙いは私だった。
そんな顔をしていたからだ。
男は身じろぐと、男の服の袖から野球ボールのようなものが転がった。
「(まずい…!)」
私は瞬時にそれが何であるかを理解して叫んだ。
「ふせて!」
「えっ!?」
私は、電話をしている穏佳の元へ走り、包み込むように抱きしめた。
その瞬間、破裂したボールの中からパチンコ玉のようなものが複数弾け飛んだ。
至近距離でそれを受けた男は、全身から血を流して四肢をだらりと伸ばして、突っ伏していた。
その様子からして、もう再び言葉を発することはないだろうと思った。
対する私も
「うぐっ…うぅ…」
男と同様に弾け飛んだ玉をまともに食らってしまっていた。
ありえないほど心臓の鼓動が早く体中が焼けるように熱くて痛かった。
ふと私の下敷きになっている穏佳と目があった。
目に涙を溜めていたのでどこか痛いのだろうかと見渡すと、私が庇いきれなかっただろう。
足元や腕に軽い擦り傷があり、血が出ていた。
ただ、見た感じ致命傷になるような傷はなさそうで一安心した。
「ごめん…ケガさせちゃった…いたいよね」
「しゃ…喋らないで!私なんかよりもしのちゃんがっ、救急車呼ぶから!!」
穏佳は普段、誰にでも敬語で話すような子だ。
でも、テンションが上がったり、予想外のことが起こった時などに口調が崩れることがある。
だから今の穏佳がひどく取り乱していることは、明白だった。
「(心配かけちゃってるなぁ…申し訳ないなぁ…)」
私がそんなことを思っていると、穏佳の瞳から一筋の雫が流れ落ちた。
苦しそうな泣き顔に胸が痛くなった。
穏佳の笑った顔が何よりも好きだった。
あれだけ熱さを感じていた体は、異様な寒さを感じていた。
それに何だか無性に眠たかった。
「いいか、砥石家の跡取りである以上お役目を後継に引き渡すそのときまで、何があっても死んではならん。肝に銘じておくように」
ふと祖父の言葉が頭に響いた。
いよいよ睡魔に勝てそうになくなった。
こんな状況で笑えるはずなんてないのにと理解しつつ、寝てしまう前に、もう一度無性に幼なじみの笑った顔が見たかった。
「泣かないでよ…わた…し…しずかのえがおがす…」
言葉を言い切る前に私の意識は途切れた。
▽△▽△▽△
そして、眠りから覚めると、知らない森の中にいたというわけだ。
「いや、意味わかんないから!」
私の声が虚しく森に響いた。
ただ、意識を失う前の出来事を振り返ってみた結果、きっと幼なじみのことは救えたのだろう。
穏佳を守ることが出来たことは何よりだ。
しかし、問題があるとするならば私が死んでしまったことだ。
先ほどまでは、何が何だか分からなかった私だったが、こうして多少状況が整理できたおかげで感情が爆発した。
「どぉし゛よ~!私死んじゃったよね!?ご先祖様に顔向けできないよ!!絶対今頃一族の恥って罵られてるよ……いや…でも突然森の中にいるし…もしかしてこれは夢。全部夢だったとか?」
ここが死後の世界だとして、服装も制服のままであるし、カバンも愛用の木刀もあるというのいささか不自然な気がする。
もし、これが夢だというのなら合点もいく。
全て夢だったらいいのにという思いを込めて頬をつねる。
「いだだだだ!…だめだこれ。夢じゃないっぽい…」
私が落胆してその場に崩れていると
ガサガサッ
と音を立て、後ろの茂みが揺れた。
反射的に横に落ちていた木刀を構え振り向いた。
「(なにか…いる!)」
それは草木の間からのそりと出てきた。
「ンプニョ…?」
「へっ…?」
まん丸な顔をしたやけに足の短い犬?いや、ライオンなのだろうか。
茶色の毛皮に覆われており、首元には立髪のようなものがある。
丸々としていて、大きさはコーギー程度で歩くたびにポテポテと音がしそうな不思議な生き物だった。
つぶらな瞳と目があった。
「なんだか…見たことのない生き物だけど…」
私は愛くるしい見た目をしたその生き物を目の当たりにして、自然と口からこぼれた。
「かわいい…でも」
何せ見たことのない謎の生き物だ。
多少の警戒はしつつ近づいてみる。
「ンプニョ…」
襲ってくる素振りはない。
むしろ弱っているようにも見える。
「うん?なんだか元気ない…?」
生き物の様子に違和感を覚え、観察するように全体を見渡したところ、左足から少し血を流していた。
どこかで擦りむいたのだろうか。
「あちゃー、怪我してる。そういう怪我、地味に痛いよね…」
「プニョ…」
「手当てしてあげれれば良いんだけど。あっ、そういえばカバンの中に…」
私は、構えを解いて持っていたカバンの中を漁る。
お役目柄、怪我をすることも少なくないため、応急処置キット一式は普段から持ち歩いていた。
そこから消毒液と大きめの絆創膏を取り出した。
治療をしようと私が近づくとひどく怯えた様子をしている。
まぁ、急に知らない人が近づいてきたら怖いよね。
「大丈夫、大丈夫だよ〜。ちょこっと滲みるかもだけど…手当てさせてね~」
「ンプニ〜…」
謎の生き物はジリジリと後退している。
こういうのは短期決戦で決めたほうがいいと思う。
消毒液をかけるときや絆創膏を剥がすときなど、一思いに素早くやった方が自分の時はもちろんのこと他人にやる時も相手のためになると思う。
だから、私は素早く謎の生き物の体を掴んで、怪我をしている箇所へ消毒液をかけた。
「ンプッ!?」
私の行動を攻撃とみなしたのか消毒液を持つ手に噛みついてきた。
「いたっ!大丈夫だから、これ治療だから…大人しくして!」
謎の生き物と格闘すること数分、半ば強引に絆創膏を貼ってやった。
「ンプー!ンプー!!」
先ほどからなんだか怒っているようで唸りながら、私の靴をカジカジと噛んでくる。
「も~、たしかにいきなり消毒液かけたのは悪かったから…機嫌直してよ」
私は、苦笑しながら謝る。
まさか、良かれと思ってやった行動でここまで機嫌を損ねられるとは思わなかった。
グキュルルル
私のお腹の音ではない。
謎の生き物のお腹が鳴ったのだ。
「もしかしてお腹空いてるの?あ、私カロリーメイド持ってるけど食べる?」
私はポケットに入っていたカロリーメイドの封を開け差し出した。
しかし、先ほどのこともあってか、涎を垂らしてカロリーメイドを見ているものの、口をつけようとしない。
うーん、どうしよう警戒心MAXだこれ。
「大丈夫だよ、毒なんて入ってないよ。ほらっ」
試しに私が一口食べてみせた。
そして、私が手に持っているのもいけないのかもしれないと、近くの葉っぱの上にそっと乗せた。
それを見て問題ないと判断したのか、おずおずと口を近づけて食べ始めた。
その後よほどお腹が空いているのか、おかわりを強請るそぶりを見せたので特別にもう一本あげた。
ひとまず、素直に食べてくれたことに安堵した。
それにしても、ちびちびと食べる姿が可愛くて思わず頬が緩んでしまう。
「かわいいねぇ〜」
癒されていた私であったが、食べ終わったのを見届けて突然冷静になった。
そういえば結局、この生き物は一体何なんだろう。
そもそも此処はどこだろう。
生き物に癒されてる場合じゃなかったと、今置かれている状況やこれからのことについて考えるのだった。
▽△▽△▽△
森で目覚めてから、1週間が経った。
未だに森の中を彷徨っているわけだが、まさか『護衛したる者は肉体的かつ精神的に強くあれ』という理由で、1ヶ月間山に放置された経験が役立つ日が来るとは思わなかった。
あの後、その場に留まっても状況は変わりそうになかったので、森を軽く探索したところ、食べられそうなキノコや野草を発見した。
それだけでなく、あの後謎の生き物の怪我はなんと1時間程度で完治してしまった。
完治後、私のズボンを噛んで着いてこいと言わんばかりに引っ張るので大人しく着いていくと、川に着いた。
川の水とても澄んでおり、おまけに魚も泳いでいた。
治療のお礼で連れてきてくれたのかもしれない。
早々に食料、水を確保できるスポットを見つけることができたのは、本当に運が良かったと思う。
「よし、キノコそろそろ焼けたかな」
今は焚き火で先ほど見つけたキノコを焼いている。
火は簡単に起こせた。
というよりも起こっていたというのが正しいかもしれない。
森の所々に花弁が燃えている花が生えているのだ。
山火事にならないのが不思議で仕方がない。
「ンプニュッ!ンプニュー!!」
「よしよし、ちゃんと分けてあげるから焦らないでね」
この1週間大きく変化したことといえば、最初あれだけ警戒していた謎の生き物が懐いたことだろう。
私の足に擦り寄るように横にちょこんと座った生き物に焼いたキノコをあげる。
「ンプニョ~!」
嬉しそうに食べている。
それを見届けて私も一口頬張る。
「美味しい、椎茸だこれ!!」
あまりの美味しさに手が止まらず。
八つほど焼いていたキノコはすぐにお腹の中に収まってしまった。
「ふー、食べた食べた。」
「ンプニッ〜」
食事を終えて、だらりと体勢を崩してからあることに気づく。
「そういえばいつまでも謎の生き物って呼び方失礼だよね。…名前とかあるのかな?」
言葉が理解できるのか、フルフルと首を横に振った。
「そっか〜、…よければ私が名前をつけてもいいかな?」
私の提案に、今度はコクコクと首を縦に振った。
「よし、じゃあプニョ!…はなんだか崖の上にいる別の生物の名前に似てる気がするし…プニプニしてるからプニは安直すぎるか…プニ…プニッチ…プニチ…!そうだ、プニチはどうかな?」
「ンプニョ!」
まるで返事のように鳴くと、私の周りを飛び跳ねるようにぴょこぴょこした。その様子に気に入ってくれたのだろうと思う。
「ふふっ、プニチよろしくね」
「ンプニッ!」
和やかな空気を壊すかのように強い風が一帯に吹いた。
「わっ!」
「プニュニュー!?」
プニチが飛ばされそうになったので受け止める。
突然日差しが遮られ、黒く大きな影に包まれた。
空を見上げると、ドラゴンのような生き物が一匹が飛び去っていった。
「わー…」
私はそれを眺めながら、諦め顔で確信した。
「(いや…まぁうん。初日から思っていたことではあったけど、プニチといい、変な植物といい、今の生き物といい…きっとここは私のいた世界じゃない) 」
どうやら私は異世界に来てしまったらしい。
お読みいただきありがとうございます。




