全く小学生は最高だぜ、というのが正しい反応らしい
「Serial Experience Dolls Dragon」
日本のオリジナルVRカードゲーム、略してSEDDもしくはDD。制作会社カゼナミ、デジタル産業に強いギーミック社とカードゲーム大手のシオンの共同会社で、20xx年に設立された。
何よりの特徴は、ハイクオリティかつ大迫力な映像体験。カードのデザインするドールやドラゴンが、本当に目の前にいるかのように感じられる。匂いや風の感触まで完全再現され、当然、最後のプレイヤーへの攻撃もリアルそのもの。
パッケージデザインである炎龍ヴィルガンドの攻撃は、テストプレーヤを震撼させていた。
今、そのDDの地方大会の決勝――――に行くというか潜るはずだった男は、島根県にいた。
「島根に、VR繋げれるパソコンなんてあるわけないだろ!」
母の言葉を信じた俺がバカだった。
家族旅行の予定と決勝の予定が重なったのが運のツキ。当然、VRカードゲームの親の理解度を知らなかった俺も悪いのだが。
まさか、インターネット環境さえあればいいと勘違いしているとは――。
カードとデバイスを持って、VR用マシンを探す。
カードリーダーのあるVRマシンなんて、そうそう置いてあるわけなくて。
てか、なんで、カードを電子化しないんだ。ここだけアナログにする意味あるか。
コレクターとしては嬉しいんだけど。
まあ、当然――――俺は不戦敗となった。
そして、同時に、俺は、もうカードゲームから卒業した。
なんだか燃え尽きたというか、もう、いいや、と飽きてしまった。
最終成績は、近畿地方大会の準優勝だ。
いったい、誰に自慢できるのだろうか。
「あんた、昔、カードゲームしてたわよね」
母がそんなことを言ってきたのは、高校2年生の夏の時だった。
「してたけど、それが」
「なんか、あなたの従姉妹のスミレちゃんが、今、やっているらしくて、ええっと、なんだったかしら、エス、エスーー」
「SEDD」
「そう、それよ」
ぶっきらっぼうに答えるも、そんなものを意に解する母親ではない。
「あれ、使ってないなら、渡してあげていい?」
「いいけど」
「じゃあ、よろしく」
で、行くのは俺かよ。
というか、このカードって、まだ使えるのか。大会の規定とかあるし、新しいカードも増えてるだろうに。いや、女の子だから、ちょっとしたゲーム感覚か。ガチでやってるわけじゃあないだろう。
俺は、大事な思い出に数枚だけカードを残して、部屋の奥にしまってあったカードケースを引っ張り出して、持ってきている。
電車に揺られて、高槻市へとやってきた。
久々に従姉妹の家に来たので、若干迷ったけど、問題はない。うだるような暑さが、気分をすでに落としていた。
家の前で呼び鈴を鳴らすと、従姉妹の母親の佐恵子さんが出てきて、中へと快く案内してくれる。涼しいクーラーの効いた室内で、生き返る。
「ごめんなさい、今、スミちゃん。近くの店に、VRゲームをしに行ってるの。もう帰ってくると思うけど」
「いえ、全然。特に、この後に用事も無いんで。カード、これです」
「ごめんなさいね。お母さんと話していると、そういう話題になって」
「いえ、いいですよ。どうせもう使うことはないと思ってましたし。使われないのも可哀想で、それに捨てられなかったというのもありますし」
「ありがとうね。お昼ご飯食べていってね。カードのお礼も兼ねて、美味しいもの作るから」
そう言って、腕をまくる佐恵子さん。母さんのフリーダムさと違って、天然よりでおっとり系な佐恵子さん。何故か料理だけは真剣で一流だ。結婚する前は、料理人だったらしい。夫の胃袋をつかんだ典型――そして、当然、俺も、ガッチリ。母さんは、男飯みたいな大雑把な料理を作るからなぁ。適量を地でいくタイプ。
料理を待ちながら、出してくれた麦茶をすすり、昼のテレビのつまらない番組を見ていると、スミレちゃんが帰ってきた。
元気のいい声――だけど、三人分くらいの姦しい女の子の声。同級生の女の子たちだろう。
「たっだいまー」
「お邪魔します」
「します」
予想通り、3人の小学生の女の子。仲良し三人組と言ったところだろう。
「おかえり、ほら、お従兄ちゃん来てるわよ」
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
少し緊張気味――特に同年代の友人もいればそうなるか。恥ずかしいだろうし。前会ったのは、お盆で、祖父母の家に行った時だ。
「三人とも手を洗ってきてね。ご飯できたから」
「「「はーい」」」
スミレちゃんに続いて、二人の女の子が洗面台の方へと向かう。ずいぶん長く料理していると思ったけど、五人分だったのか。よかった――食べれる気がしないというか、一人にそこまで多く料理を出されると申し訳ない。
お昼ご飯が終わると、うずうずとしていたスミレちゃんが我慢できなくなったのか、「カード、カードは?」と言ってきた。他の二人も興味があるようで、こちらを注視している。いや、その目はなんだ。疑っているような目つきだが、いいかロリコンじゃない。たとえ、今、袖をスミレちゃんに引っ張られていても、なんとも思ってないから、安心して欲しい。
「これだよ」
食卓から移動して、リビングの机に置いていたカードケースを手に取る。
「うわぁ、すごい量」
あはは、子供の頃の小遣いのほぼ全額を注ぎ込んでます。だから駄菓子とか買った記憶がない。全てカードに消えていく。
「これ、初代のスーパーレアだよ。あ、限定版も――」
スミレちゃん、詳しいね。他二人は、目を輝かしているスミレちゃんを見ている。やっぱりカードというより、スミレちゃん好きの少女たちのようだ。
ひとしきりカードを確認しては喜ぶという動作を繰り返すと。
「ほ、本当に、もらっていいんですか!?」
「いいよ。もう4年近くは前のカードだけどね」
「いえ、今じゃ、なかなか手に入らないです。貴重です」
「スミレが、まさかカードにハマるなんてね」
「スミちゃんは、ボードゲーム好きだったよ。だから、予想の範囲内」
二人の少女の言葉を聞きながら、そういえば、スミレちゃんには、オセロとかチェスとか付き合わされた記憶が――。まだ燃えていたのか。あったときにやらなくなったから、もう飽きていたのかと思っていたけど。
でもボードゲームとVRのカードゲームってずいぶん違う気もするけど。ゲームはゲームだけど。
「さて、じゃあ、僕は帰ろうかな。用事も済んだし、ご飯も食べたし」
「え、帰るんですか」
「用事ないんでしょう。ゆっくりしていってよ。なんならお夕飯も作るわよ」
佐恵子さんにそう言われると――。ぐずぐずと居ることに。
正直、小学生の女子に見つめられるのに慣れない。それに、この子たちも僕がいると、自然に振る舞いづらいだろうに。さらに……。
「カナも、部活終わって帰って来るだろうし」
ああ、そうだよなぁ。
こんな女性だらけの空間にいるのは、気がひける。
「お従兄ちゃん、カードゲームしよ」
「でも――」
この家って、デバイスないよね。
「お父さんが昔買ったやつがある」
「結局一度も使わなかったやつね。それに、スミレにはサイズが合わないし、大人用で12歳以下は使用禁止だから」
ああ、そういえば、簡易的な家庭内のVRデバイスは年齢制限があったか。子供用の安全性の高いデバイスは大きなゲームセンターに行かないとなかったよな。しかも、ゲーセンのは、結構、性能がいいから、楽しいんだよな。
「やってやって」
「はいはい」
「スミレが甘えてる」
「スミちゃん、お従兄ちゃんって言ってる。萌える」
この二人、スミレちゃん大好きクラブにでも入っているのか。
僕はデバイスをチェックして、他の人にも見えるように、テレビ画面と映像を繋げる。かなり古い機種だ。開けてすらなくて助かった。これで、機材がバラバラで探していたら、大変だった。
「で、ゲームのカセットは――」
「あっ――」
あー、なるほど。ないわけだ。
いや、冷静に考えたら、そうだろうに。
無駄なことをした感がハンパない。片付けよう。
「ただいま」
諦めて、チェスをスミレちゃんとしていると、そっけない声が、玄関の方から聞こえる。
「お母さん、誰かお客さん、来てるの?」
リビングのドアが開き、制服姿のカナが入ってくる。
「――ああ、あんたか」
「あんただよ」
俺は、そう言いながらも、チェス盤を見続ける。これを、こうすれば――。負けれない。年長者の意地として――。
「スミレと、チェスやってるの。勝てるわけないでしょ」
冷蔵庫から麦茶を取り出して、グラスを手に、僕たちの方に近づいてくる。女子二人と違って、物申す観客だ。
「は」
「スミレ、この県でジュニアで一番強いのよ、チェス」
なっ――。
いや、でも、チェスの人口なんてたかが知れてるはず。こっちは、高校2年だぞ。それに昔は勝っていたし。
というか、スミレちゃん、カナが帰ってきたのも気づいてない?
ずっと盤面見てるけど、いや怖いよ。
とりあえず、ここにルークを――。
そうして動かしながら、スミレちゃんを見ていると、突然、ニコッと笑って、こちらを見る。
「お従兄ちゃん、終わりです。こうして、こうなって――」
スミレちゃんは、黒白を動かして、詰むまでの流れを説明していく。周りの女子二人がキラキラと尊敬の眼差し。なるほど、彼女たちのアイドルなわけだ。
「ね、強いでしょ」
「あ、お姉ちゃん、おかえり」
「ただまー、どう、こいつは?」
「うん、お姉ちゃんよりは強いよ」
「って、この妹は――、そこは誤魔化しなさいよ」
「お、お姉ちゃん、頭をゆすらないでよ」
頭というか、カナの胸の方が――。いや、なんでもない。
しかし、予想外の特技だな。
カードゲームの方は、どうなんだろう。
気になるなぁ。
けど、まあ、見ることはないだろうけど。というか、小学生とVRゲームとか、犯罪な気がする。そんなわけないけど。
カナも帰ってきたし、ゲームもキリが良かったので、僕は、それでお暇した。
後日、女子小学生、SEDD地方大会優勝という記事を見つけるのだった。小学生しかも女子が優勝とあって、少しだけネットと地元を騒がしていた。しかも、その子は、チェスの県内ジュニア大会も優勝していると知られ――。
ああ、僕の近畿地方大会準優勝が泣いているぜ。
お礼にと、地方大会の優勝者に贈られるカードを渡された。超竜種ヴァイス・ボルグ・ヒュドラだ。全く知らないカードになっていた。
「ねえ、スミレちゃん、カードゲーム大会なんだけど、ボディガードとして、付いていってあげてくれない」
母さんの無茶ぶりは、極まる。
だいたいVRゲームだ。どこでだってできる。
ただし、島根、貴様だけは許さない。嘘です、ごめんなさい。八つ当たりです。
「あと、なんだか、盛り上がりすぎてるみたいで、近くのゲームセンターでゲームできないらしくて」
「ああ、なるほど」
「なんか、対戦しないとカンが鈍るとか――、お母さん、全然分かんないけど、この家のVRを練習に使わせてあげてちょうだい。よろしくね」
ああ、俺のVRライフが――。
最近はVRのFPSが熱いのに。
全く小学生は――。
全く小学生は大変だぜ。




