幼馴染に飼い慣らされていく
「もう、早く起きなよ」
「悪い悪い。昨日のサッカーの試合が面白くてーー」
「もう仕方ないんだから」
幼馴染と一緒に登校。
学園漫画ならば、定番なシチュエーションだ。
二人は仲良しで、いずれは恋人ーーとか。
そんな、淡い恋心の移ろいを。
だがーー、この二人は。
嘘と偽りで彩られた幼馴染だ。
幼馴染とマンガみたいな仲良しアピールをしているがーーーーーーー、本当は、お互い大嫌い。
だいたい、考えてみろよ、現実の幼馴染なんて、いいもんじゃない。昔のあれやこれやをすぐに持ち出してくるのだから。
夫婦でも、過去のこと、終わったことを延々と語られたらたまらないものだ。しかも、子供の頃のことだ。失敗の破壊力は、めざましい。
仲良しアピールも、ただ、こいつが男子に言い寄られすぎた言い訳で、教室で、俺を犠牲にしたせいだ。
ほら、頬を染めて、僕の方をチラチラと見ながら、告白してきた男子を振ってーー、その次の日に、僕に手作りお弁当だ。
これで、フルコンボ。
俺の心の氷点下に対して、周りはマグマの喝采だ。
ああ、そうだ。
他の男子から交際を申し込まれるのが、鬱陶しくなった、この外見だけは、外面だけは、最高の幼馴染のせいだ。
俺の陰キャ的存在は、一躍、陽の光を浴びることになった。
教室の隅で目立たなかった俺は、一気に、あの子の彼氏という認定で、全クラスの知るところとなった。
そう、自然消滅の逆に、自然発生カップルとなってしまった。拒否権はなく、雨後の筍は一気に竹に成長したのだ。『旬』という時期が一秒もなかった恋人関係だ。恋の盲目ほるもんが三年だけ待ってやる、を全く働かせなかった。
「もうやめねーか。いい加減、疲れてきたんだが」
「ダメ。幽霊彼氏でいいから」
その幽霊彼氏は、毎日の登校に付き合い、毎昼のランチに付き合っているんだが。消費時間が多すぎるだろう。部活動の比じゃないぞ。だいたい、それなら、架空の婚約者でもでっちあげとけ。実在する人物を巻き込むな。彼氏は大学生ですとか言っとけよ。
俺は、せめて昼時は、スマホで、野球やサッカーの動画とかを見ていたいんだが。
天音イロハは、通学路で、手を繋いで、仲のいいカップルアピールに全力を注いでいる。
俺も爽やかな作り笑いを、幼馴染に向けて、完璧な絵に描いたようなカップルを演出する。陰キャは彼氏認定されてから、適当ファッションができなくなっていた。目立つと身だしなみを整えないといけなくなるのが面倒だ。
もう、やだー。
だいたい女なんて裏の顔知っていたら、誰も付き合いたいなんて思わないだろう。若い時に恋愛できるのは無知だからだ。妹に恋愛感情を抱かないのと一緒だ。無知とは怖いものだ。
「嫌なら、さっさと別の彼女でも作れば」
「そんなことしたら、クラスで凄まじい目で見られるだろうがっ!」
「分かってるじゃない。じゃあ、今まで通りお願いね。ダーリン」
なにがダーリンだ。ハニートーストも真っ黒に焦げてるんだよ。ちょっと顔が良いだけで調子に乗りやがって。
こうなったらーー。
「付き合ってください」
「お兄ちゃん、なに言ってるの」
妹が、アイスキャンディを咥えながら、下衆を見るような目つきになっている。そのまま下げた頭をカカト落としで踏み抜いて来そうだ。
「我が妹よ、分かるだろう。俺がアイツと恋人というレッテルを貼られていることを」
「知ってるけど。もう瞬間接着剤で、ギッチリくっついているから、無理でしょ。諦めなよ。あ、式には呼んでね」
おい、待て。そこまで行くつもりはない。俺は婚約指輪も結婚指輪も準備しない。だいたい、マリッジリングも指から抜けなくなって、引きづられそうだ。結婚指輪が抜けないよ、これは、もう結婚するしかーーみたいな未来が朧げに見える。
「お兄ちゃんを助けると思って。ほら、他のやつは事情を知らないけど、お前ならーー」
「イヤよ。巻き込まれたくないし、まだ死にたくないもん」
「いやいや、幼馴染もお前と俺が付き合うとなったら身を引くだろう。もう、引くわーって距離を取られると思うんだ」
「お兄ちゃん、現実の妹はね、全く、これっぽっちも、ブラコンじゃないの。兄のために、使う時間はないの」
「そんなーー」
「じゃあ、お兄ちゃんは私が、男との関係で困ってたら助けてくれるの」
「妹は、やらん」
「はぁーー、じゃあ、家の中だけね。ほら、イロハ義姉さん、呼びなよ。あ、あとでアイスね、高いやつ」
「ちょっと待て。さっきーー」
もはや逃れられない気がしてきた。
「え、キモい。妹と付き合う。頭、大丈夫。近すぎて見えない的なやつ。あのね、妹に手を出すのは犯罪だから。ねえ、イチカ、正気になって。この男は、あなたと釣り合わないでしょ」
自分の彼氏にひどい言いようだ。
まあ、俺も自分の妹が、兄と付き合いたいとか言ったら、冷静になれと止めるだろうけど。
「でも、この前、ベッドに押し倒されて、ぐすんぐすんーー」
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。
その言い方だと、ガチで犯罪臭が強すぎる。俺は性欲をコントロールできる今時の男子だ。草食系舐めるな。女子の部屋に何時間いようが、ソシャゲを楽しみ続けられる才能があるぞ。
だから、その目を止めろ、イロハ。そんな下等生物か粗大ゴミを見るような目つきを向けるな。恋人を信じろ。いや、恋人は辞めたいが。
「分かった。ーーごめんね。わたしの愚鈍でクズな彼氏が。きっと、私が何もしてあげなかったせいで、我慢ができなくなったのね」
ちょっと待て。俺は何回待って欲しがってるんだろう。だが、その憐れむような目もやめろ。俺は性欲を完全に抑え込んで共学の学校に通う今時の奥手男子だ。据え膳を食わないことに何も恥と思わない。目の前に有れば何でも食べる肥満街道を真っしぐらする生存本能爆上げ野郎ではない。
「ほら、キスぐらいしていいわよ」
妹よ、それで顔を覆っているつもりか。無茶苦茶、隙間が空いているぞ。平安貴族の御簾もビックリな透過性だ。
「……できない」
ここで、これをすることは敗北を意味する。こんな屈辱はあってはならない。こんな与えられたPK。俺は認めん。キーパーのいないPKなんて、わざと外してやる。だからーー。
「ええー、妹のファーストキスを奪っておいて」
おい、そこの嘘つき煽動者。これ以上煽るんじゃない。報酬のアイスをゴリガリ君にするぞ。まあ、うまいけどな。
だから、俺は、そっと幼馴染の手を取って、その甲に、あえて愛を捧いだ。
「もう、仕方ないんだから」
イロハは、そう言って、プイって顔を背けていた。なんで耳が赤いんだよ。たかが、手じゃないか。
いや、何をしているんだ、俺ーーこれで勝ったつもりか。
「忠誠心があってよろしい」
そんなものを、見せたつもりはない。俺は騎士じゃないから。ただ、無防備な相手に攻撃はできないだけだ。予想外と意表をつくのが、ゲームプレイの醍醐味だ。
「じゃあーー、ご褒美」
え、ちょっと待って。
ウェイト、ウェイト!!
近づいてくる幼馴染の顔に、目を瞑るとーー額に接吻されていた。少し冷たくて柔らかい感触と前髪が揺れるこそばゆさ。
「ふふ、これからも、ニセの彼氏をよろしくね」
くっ、俺は絶対に、本物の恋人になろう、だなんて口にしないからな。先に、惚れるにしても折れるにしても、お前からさしてみせる。
「ごちそうさま。あー、春は長そうなだねー」
妹は、そう言って、アイスを取りに行った。