40話目 ノイズ・ディスコード・ソロ
閉じられた者
閉じられたセカイ
通称ーー監獄。
宇宙には、銀河が1000億個以上あって、星の数は10の22乗ある、と云われている。地球と言われる青い惑星ーー神はいなかった惑星ーーは、今は何もかもを終えた老人のようにゆっくりと冷却されていっている。
私は大人にはならない。
私たちは大人にはなれない。
体温は、表面積が大きくなるほど調節が困難になる。最新の遺伝子技術によって、変容させられたモルモットは、いつまでも120cmを超えることはないだろう。
地球が止まる前に、私たちは止まったのだ。
かつて人間が地球を壊すと言われてたらしいけど、環境破壊とか水素爆弾とか、でも地球はゆっくりと終わりをむかえて、人間は先に人間を壊した。
そして、私たちは停滞した。
長く、長くーー。
この少女の躰に、、、骸に。
おっぱいが大きくなる。
お尻が大きくなる。
そうやって第二次性徴を経験するのが、普通の人間だったらしい。
そういった特徴に男性は興奮して、勃起した。少女の身体が、膨らんで、その中に入り込む。そういう妄想だ。風船に針を差し込む。そのあとは、子宮が大きくなって、出産という流れだ。
しかし、今は陣痛どころか生理痛もない。
それを夢のような世界と思うフェミニストという存在もいたらしいけど、勝手にいじくられた身体に、どんな便利機能があっても喜べるものじゃない。そういえば、生理を使わない勝手に起動するアプリとか書いていたけど、どういうことだろう。
「年齢からすれば、今は女子高生らしいよ」とサンシャが言った。サンシャはよく朽ち果てた文明の本を読んでいた。もう、ほとんど読んでも仕方がない情報の…宝庫。ゴミの山だ。
一時期、情報こそが価値を生むという時代があったらしい。今は、熱以外はたいがいゴミだ。もう遺伝子技術を操れる人間も生きてはいない。大きな工場が操作も出来ず、そこらじゅうに残っているだけ。ユーザーインターフェイスとAIアシスタントが機能停止していなければ、それに従って操作できるかもしれないが、素材の方も足りないだろう。老朽化した鉄の塊は、邪魔なだけだ。それらを製造するのに、どれほどのエネルギーを使ったのだろう。
「サンシャは大人になりたいの」
「ううん、別にーー。この世界がどうなろうと知ったことじゃないから。大人になると社会性というものが必要になるらしい」
どんな時代だったのだろう。多くの人間が一つの社会を作るというのはーー。今の世界では、ほんの少し先に行くだけで、凍てつく風で、動けなくなるのに。
自殺というものが問題になった時代。そんなの裸になって外に出てればいい。北方の大国が雪に沈んだように、少し動かずにいれば、オーバーキルな凍死が待ち受けている。
「知ってる、ヨシアーー」
サンシャが抱きついてくる。寒いし、いつも二人で抱き合っていたい。抱き合い続けていたい。そうすればあったかいから。
「女子高生になるとね、何人かは身体を売ってたんだよ。まあ、今の私たちじゃあ、ロリコンしか見向きもしないでしょうけど」
「ロリコン?」
「そっ、ロリータである私たちには、小さい女の子にしか興奮しない変態しか集まらないの」
サンシャが私の唇に、自分の指をくっつける。指を咥えてあげる。サンシャの小さな舌が、チリチリと火のように、ロ・リータとタンキングする。それから、肩のあたりを甘噛みしてくる。
「ちょ、サンシャ……っ」
「親愛の証」
甘噛みされたり、舐められたり、吸われたり、そうすればすこし熱くなる。もぞもぞと上半身全体を愛撫されていく。暖かい。
「感じてる」
「感じる?」
「性的な喜びがある」
「くすぐったくてあったかい」
「そう、いい気持ちね」
戯れーー。
サンシャが好きな行為だ。何かの本で読んだらしい。開発すれば、性的な喜びもあるはずだって。第二次性徴をしない私たちの身体に、そんな喜びは来ないだろうけど。
私としては、甘いものを食べている時が、よっぽど嬉しい。眠るのも3大欲求の一つだけど、死んでいくみたいで、私は嫌だった。
サンシャを見つけたのは、カイゼルおじさんを埋めた時だ。監獄の地下のEブロックーー埋葬地に、なんとかカイゼルおじさんを運んだ。
そこには透明な楕円形のガラスケースがあって、死んだ大人たちや私たちが入れられている。臭いもしない、空いている数も十分だから、ここに入れる習わしになっていた。
私が重たいカイゼルおじさんを運んで、そのガラスケースに身体を預けた時、どこかを押してしまったのか、その一つが開いてしまった。
開くと同時に白い気体が充満する。
ーー中には、少女。私と同じくらいの身長の裸の女の子。
「きれい……」
じゃない早く閉めないと。
私はガラスケースの反対側に行って、蓋を閉めようと力を込める。けれど、その前に、少女の身体がわずかに動いた気がした。
そんなはずはない。
そんなはずはないはずなんだけど……。
サンシャは変わった子だった。
頭がよく、一度聞いたことは完全記憶していたし、なんにでも興味を持つサンシャは、まるで生まれたばかりの子供のようだった。そう、わたしと同じような身体なのに、中身は、5歳は下のようでーー。でも、すぐに、わたしと同じくらいの考えをするようになって、今では、わたしより、よっぽど頭がいい。
小さな滑らかな手は、人形のようで、体温は、私よりも少し冷たい。少し厚手の服を好むくせに、寝る時になると、薄着で私に抱きついてくる。
監獄の生活は、なにもエンターテイメントのない静かな焚き火のような日々だ。外に出ることは滅多にない。監獄地下にはエネルギーを発生させるための設備があって、それは今後、200年は十分に機能するらしい。全自動化されたエネルギー炉が、私たちを羊水に浸している。
そこで、私たちは、ずっと静かに暮している。
「キスはしないの?」
「キスは男性とするものよ」
ほら、どうでもいい会話、どうでもいいルール。なんだか、社会性といえるコミュニケーションじゃないだろうか。
「ここには、もう私たちだけ」
「じゃあ、どこから決まりは来るのかしら」
「地球から」
「遺伝子から」
「本から」
「環境から」
重力が逆転して地球の裏側に住んでいるような私たちは、まだ、ここを出るつもりもなく、ここが、どんな楽園なのかも分からず、ノイズのように存在していた。
だから、私たちは、一人の女性が監獄に来て、驚いた。
彼女は雪の中を歩いてきた。
吹雪の季節をかきわけて、監獄の扉を叩いた。
それが死神だとは知らずに。
死神は泣いている。あまりにも死者が少ないから。
女性は言いました。
「エネルギーの反応を探知して、ここを訪れました」
温かい毛布に身を包み、監獄育ちのポタータのスープを飲んいる。ジャガイモに近い種で、監獄の農耕地でも栽培できるように遺伝子改良されたものだ。私たちの主食、エネルギー、ガソリン、カロリー。
「他の方は?」
「会ったことはないけど」
きっと、監獄のどこかにはいるだろう。わずかに動く農作物、それに本。誰かの足跡、違和感。人のいる痕跡のようなものは、至る所で感じる。ただ、見つけたことはない。なにせ監獄は大きい。それに、探しても意味はないのだから。
「そう」
考え事をしている顔をした女性。
「あなたは、どうして、こんな寒い中、ここに来たの。理由は?」
「エネルギーが枯渇しそうで。どこか余裕のある施設がないか探していたの」
深刻そうに、口にする女性。私たちのように細い腕は、栄養不足なのだろう。死は、どこにでも訪れて、もう暇をしてもいいはずなのに、未だにーー。
「ここは、何の施設ですか?」
「リブロって呼んでたけど」
「リブロ?」
サンシャは、その単語を、たしか、こう言った。
『リブロって言うのは、死んだパロールよ、つまりは、墓地ね』
「お墓」
地下のEブロックに埋葬したカイゼルおじさんを思い出す。そして、それまでにも死んでいった数人の人々を、私たちを。
「お墓ーーーー」
女性は、そう呟くと、まだ疲れているようで、もう一度横になった。
「見ているから、ヨシアはーー」
「うん、分かった」
本を開いて、女性を見ているサンシャを置いて、わたしは駆け出す。わたしの方はジッとしているのは嫌いだ。身体が冷めちゃうよ。農耕地に水をやり行かないと、それに監獄の管理システムに異常がないか、飲み水も汲まないと、それからそれからーー。
小柄な身体を精一杯動かして、大山を歩くネズミ一匹。そろそろチーズが熟成されてそう。
「あなたは分かっているのでしょう。ここが何か」
「コールドスリープのための施設ね」
「夢物語ね」
「そうかしら。人間は、いつも夢を見ているものよ。永遠の命とか」
「あなたは、人間?」
「人間よ。心があるかどうかのように」
「もう人間かどうか問うなんて馬鹿げているわね」
「それで、あなたは、どうするの?ここで暮らすつもり。それとも帰る。わたし、ここでの生活気に入っているの。世界は何も変わってなかったけど、楽しいって思えるから。ヨシアがいてくれて」
「一度、帰るわ。膨大なエネルギーがあると思ってきたら、まさか、冷たくなっていく未来に賭けてるなんてね」
「でも、少なくともあなたたちよりかは長い生きできそうじゃない」
「死んでるように生きたくない」
「生きているようで死んでいる」
閉じたれた世界。
ページとページは差分。文字と文字も差分。
読まれているとき、本は開かれている。
キスしあっているページは、読まれてないけどーー。
小さな小さな本というものに詰め込まれた冷たい情報。
成長しなくなった少女の身体ーー意図的に切り取られた人工の体。
「冬は終わらないわよ」
「でも、冬眠してよかったわ。偶然って楽しいもの。終わっていく運命の中では、特に」