スマホの電源を切り忘れただけなのに
アラームというものに、いつまでも、幼馴染みの起こしてくれる声を残していた。
「起きてよ、コウくん」
「もう、早くしないと、遅刻しちゃうよ」
「ねえ、二度寝なんてしないで、ほら朝だよ」
まあ、こういった幼馴染みの声を録音していたわけだ。初恋の淡い記憶を持っている人間ならば、分かるだろう。彼女がくれた消しゴムとか、ティッシュとか、プレゼントとか、なんでもそのままにしてしまう気持ちが。
だから、彼女が目覚まし時計に入れてくれた音声を、スマホに入れ直した俺は、別に思春期男子としては、いたって普通のことだ。
そう、そして、授業中、スマホを鳴らしてしまうことも、いたって普通のことだ。
ただし、相乗効果というものは、いつだって、並外れた威力を持つものだ。
授業中の教室に鳴り響く。
女の子の、起床を促す声。
あ、俺の高校生活、終わったーーー・・・・・・。
その日から、俺は、いつまでも過去の女を思い続ける男というレッテルを貼られ、しかも、それはキモい認定まっしぐらだった。
ただ一途なだけなのにーー。
俺は、中高一貫校に中学受験をしたせいで、地元の小学校から一人だけ、この中学に来た田舎育ちの人間だ。
だからこそ、こう地元の友達は大切だったし、幼馴染みの女の子の起床音声は貴重音声なのだ。
「おまえ、あんな目覚ましで起きるのか」
「おまえだって、ママの声で起きてるんだろう」
「うっ、そういわれると、そうだがーー。それは普通だろう」
全く、いつまでも、ママの声で起きるとか、ホント、帰ってママのおっぱいでも吸っていろ、だ。
こうして、食堂で一緒に飯を食っているのは、クラスメイトの、杉こよはる。ひらがなの名前とは、珍しい。まあ、それで目立っているやつだ。
「それで、コウくんは、幼馴染みに起こしてもらっているのか」
「起こしてもらったことなんかねーよ」
「あんな音声があるのに」
「頼んだんだ」
「おまえ、勇気ありすぎじゃね」
そんなわけないだろう。小学生の男子が、同い年の女子に、そんな願い事すれば、もう告白と一緒だ。母さんが、頼んだんだ。起きない俺のために、クラスメイトの声がすれば、授業中と勘違いして起きるんじゃないかという遊び心だ。断じて、俺が趣味でお願いしたものではない。自分でお願いしていたら、はずか死ぬ・・・・・・。
「とにかく、このことは忘れよう。みんな忘れてくれるはずだ」
「いや、無理だろう。今、おまえは、変態キモ野郎伝説を邁進しているんだぞ」
「だったら、もっとやばい音声を流そう」
そう、俺の淡い初恋が周知の事実になるぐらいならばーー、俺はーー。
「おにいちゃーーん、朝だぞ、起きろーー」
「もう、寝ぼすけなんだから」
「起きないと、イタズラしちゃうぞ!」
そう、アプリで買った女性の萌え声の目覚ましだ。
どうだ、このインパクト。
俺は、こんなにもイタいやつだぞ。だから、幼馴染みの音声のことは忘れてくれ。
「おまえ、妹にでもーー」
「ちょっと待て。おれの妹は、あんなハスキーなボイスを的確に使えるほどの女じゃない。まだ小学生だぞ」
「でも、周りは、おまえの妹知らないし」
「まさかー-」
「シスコン疑惑勃発。そろそろ教師に呼ばれるかもな」
馬鹿な。俺は妹とは健全なライフを設計している。妹を甘やかすことには、右に出るモノはいない兄だ。だが、だがしかしーー、シスコンではない。妹には家族愛を感じているだけだ。
俺の高校生活、マジで終わったーー・・・・・・・・・・・・。