わたしの装備はニーソでした
彼女の装備は、ニーソだった。ニーソックスだ。その名の通り、ニー、つまり膝まで覆うソックスで、太ももまである靴下のことだ。黒くて薄手のものもが多いが、白や縞々模様のものも人気は高い、主に男性の一部に。
ニーソの歴史は古く、その昔は男性の貴族が着用していた長靴下で、もともと男性用のものだった。今では、女性が履くものとして定着していて、男性は踏まれるか蹴られるかして、触れるものとして変化した。ニーソは男性からスカート同様取り上げられたのだが、しかし帰巣本能が、喉から手を出すように、フルダイブして、絶対領域という未知なる言葉が呟かれるようになった。
ゼッタイ!リョウイキ!!
それは男性から失われたスカートとニーソによる合体融合攻撃で、主に若い美少女が行うと、男性は鼻血を出して、後ろ向けに倒れてしまうと噂されている。チャイナニーソ派やワンピースニーソ派というマイノリティもいるが、ミニスカニーソこそ最大限の市民権を得ていると言って過言ではないだろう。
しかし、時は、現代ーー、魔法少女のジェンダーは壊れて、男も魔法少女をする時代だ。
だから、俺が、ニーソを履いているのはおかしくない。
「盛大な言い訳だね。でも、それ、私のだからーーーーヘンタイ」
全く、未だに装備品を男性女性で分けるなんて古い考えだ。そもそも、ファッションの自由というものがあるだろう。人の服装を二十四時間制限しようなんて愚かな行為だ。就寝するときぐらい、好きな格好でいいだろう。この前も、裸でパンツ一丁をやめろというから、仕方なく、涼しそうなワンピースを着たり、ショートパンツを履いていたら、ブチ切れるしーー。着ることができるということは、着てもいいということではないのか。
「人の服を勝手に持ち出さないで」
「お嬢様だって、俺のシャツとか、たまに着てるだろ」
「わたしはいいのよ。毎日お風呂入ってるし」
「俺だって、入ってらぁ!」
全く、ファブリーズ120%増しだぞ。モイスチャーミルクバリバリのリンス兼シャンプーも使ってるし、身体も、きちんと右腕から順番にだなぁーー。
「と・に・か・くーー変な人みたいな行動はやめてよね。わたしまでおかしな目で見られるのよ。ほんと、最後には、アベラールにするわよ」
いそいそと、僕の脚を咥え込んだワニのようなニーソ様を脱ぐ。スッポンとは真逆にスポンとクルクルと回りながら、ドーナツの穴が開けないバージョンが誕生する。僕は、バウムクーヘンの失敗作、もしくはなり損ないのUFOを、いや、凹んだ蝋燭をーーもう少し頑張って比喩を考えようかなぁ……。
「さっさと返す」
取り上げられた。僕の肌の暖かみを感じるつもりだ、全く変態は、これだから困る。
ああ、それにしても、どうしようか、現代アートのようにに異次元の組み合わせを考えるためにニーソを履いて、考える人をやっていたわけだが、どうも時代が追いついていないようだ。
僕は、とりあえず、今までの行動におかしなところがないのを確信してから、外出した。
しまった。
上半身裸だった。僕は一度、ドアを閉めて、服を着る。人間には羞恥心というものがあって、外部武装無くして、街中を歩くわけにはいかないんだ。そう、紫外線もあるし。お肌の大敵。
さて、僕は満をじして、道路に一歩を踏み出して、ステップバイステップで進んでいく。カツカツカツーー。
ガシッーー。
「およ?」
「それはぁ、わ、た、しぃのブーツだよねぇ」
待て、少女漫画の美青年は長いブーツを履いているだろう。理解しろ、ロングブーツは今や、男も着こなせるものになーー。
ズルズルと引っ張られていく。どうやら、ジェンダーの壁は厚く、僕には男湯と女湯の壁の如く超えられないようだ。全く得体の知れない虫は入ることができるのに、これほど似ている僕はダメだなんて。ちょっと染色体が違うだけなのに。
「そんなに履きたいなら、自分のレインブーツを履いていきなさい」
「それはおかしい。今日は雨じゃない」
僕の正論に彼女はぐうの音も出ないようだ。頭を振って、額に手を置く。素晴らしいガッカリポーズだ。猿にでも伝わるジェスチャーをありがとう。
「わかった、おかしな格好がしたいなら、ハロウィンにでもしていいから。今は正気に戻りなさい」
「ちょっと待って。僕はいたって、正気ーー」
「シャットダウンして」
あ、ちょっと待てーー僕はーーーーーー。
《電源停止します》
「うーん、やっぱりインストールした人格が間違ってるよねぇ。やたら内部で考えてそうだし。でも、ほんと、人間みたい。肌もぷるぷるしているし」
「わたしの装備はニーソです」
「あれ、さらに、おかしくなった?もう、どうなってるんだろう。これ、もう修理に出した方がいいのかな」
「目が覚めました。ニーソは悪です」
「このプログラムはぁああ!」
ちょっ、やめて叩かないで。
ちょっとしたジョークなのに。
だいたい、このプログラムを選んだのは、あなたじゃないですか。あー、全く、女性ファッションのデータしか入れないからこんなことになる。着用するときに、《それは衣服ではありません》とカテゴリエラーの警告がずっと出る身になってくださいよ。
それにしても、僕はいったい、何をすればいいのだろう。いっぱいある装備品で遊んでいる日々だけど、お嬢様の喋るマネキン兼買い物係ーー。そういえば、お嬢様、外出されてなくないですか。
「お嬢様、デートしませんか?」
「また、このプログラムはーー」
「大丈夫です。ちゃんと男装します」
「そんなことは当たり前なんだけど」
さて、じゃあ、お嬢様の靴を履いてーー。
「あのね、足元も見られるの、わかる」
うん、わかった。わかりました。だから、その、どこから出したか分からないバールのようなものをしまってください。まさか家の外に凶器を持って行かないですよね。大丈夫ですよ、お嬢様の外敵は、一匹残らずハエも残さず駆逐するのが我が使命ですから。
「ああ、忘れないうちに《武装解除》」
え、ちょっと待ってーー。
「お嬢様、わたしはニーソがないと戦えないのですが」
「どうしてこうなるのかしら。さっきも大概におかしいんだけどーー、いい、今は安全な時代なのよ。必要ないの、過剰防衛でこっちが捕まるわ」
「なん、だと!!つまり男はニーソとスカートを失って、戦う術を忘れたと」
「う〜ん、どうしようかしら。このポンコツ」
ニーソ抜きで戦うということは、絶対領域を失ったテリトリー争奪戦のようなものだ。オセロの隅に自分の駒を置けないようなハンデだ。正気ではない。
仕方ない、ここはーー。
「仕方ないですね、諦めますから、外出しましょう」
いざとなれば、お嬢様からニーソを脱ぎとればいいだけだ。
「…………………」
「どうかされましたか、お嬢様」
スルスルと、裸足になって、ズボンを着用している。
「じゃあ、行きましょう」
外に出ると、どこもかしこもアンドロイドだらけだ。しかも、あからさまなアンドロイドたち。全く擬態できてない。まだまだ若いな。
「あなた、ID登録してないんだから、バレないでよね。スクラップになるから」
そのスリルがたまらない。まあ、バレるわけがない。俺はーー、あれ、なんだっけ、ニーソを武器に戦う戦士だから。いやいや、待て待て、おかしい、それはおかしい。
「どうしたの」
「よく考えたら、俺は性別がない」
そもそもついてないし。
「いや、男でしょ。モグわよ」
はい、男でした。やっぱりバリバリ男でした。間違いないです。なぜか僕の股の間に誓って。だから、そんな視線で、そこを睨まないでください。悪寒が、電気回路を温めますから。電子レンジみたいな音がなりますから。
「さあ、学校に行きますよ」
「学校?お嬢様、不登校でしたか。嘆かわしい」
「違うわよ、今は夏休みよ。先に、あなたに校内を案内してあげる。あなたも転入するんだから」
「お嬢様、アンドロイドは学校参観をしません、ましてーー」
「いいからいいから」
おかしい。僕は、デートに出かけたはずなのに、学校にいる。学校デートというやつだ。そんな言葉あったかなぁ。
「うん、制服もあとで買わないとね」
「では、女性用のーー」
「男性用しかないの。ごめんね」
そんなバカなーー。時代は、ズボンに掌握されたのか。間違っている、間違っているぞ。スカートかズボンか二択を迫られたら、男性も女子のスカートのために諦めて全員スカートを履くはずなのに。
「嘘よ。でも、もう男性用頼んでるし。買うというか、受け取りに行くの」
「お嬢様ぁーー」
「あれ、シーファ、男と一緒なんて珍しい」
お嬢様とは違って、お淑やかな服装をきちんと着こなしている女性が階段からおりてきた。
「いえ、この子はーー」
「女です、ぐふぅっ!」
お嬢様、肘鉄はおやめください。急所に急所に入りました。
「この子は、親戚の子で。今度、この学校に転校するの」
「なんだ、男っ気のなかったシーファに、ついに春が来たと思ったのに」
「期待させた、ごめんね。ただの親戚のヘンタイで」
「シーファ、辛辣だねーー」
「お嬢さん、あなたのにニーソを僕に譲ってくれませんか」
「あはは、うん、頷けた。大変だね、頑張ってね、シーファ」
女学生は、去っていった。逃げるようにーー。
フランクなジョークなのに。
「なに言っているのよ、あなたは」
「安心してください」
「はい?」
「きちんと、いつでも対処できるように、構えておきました。いつでも、頭と胸に一発ずつーー」
「だから、そんな時代じゃないの、オッケー?」
「はい、お嬢様」
「わかってないわね。だいたい、今、あなたは銃も出せないでしょ」
お嬢様と一緒に階段を上がっていく。
まるで美少女型メイドロボのような無力な感覚でお嬢様のおそばについていく。戦闘用なのに、戦闘用なのにーー。
「そろそろテロリストとか出てきませんか」
「出てこないわよ。なに、厨二病みたいなことを言っているの」
「ちょっと、女子更衣室に行ってきます」
「あなたのジョークは聞き飽きたわ。その場合、警察に捕まるのは、あなたよ」
「銃撃戦を制する不法侵入者、憧れません?」
「目的が下着ドロでなければマシね」
お嬢様が冷たい。昔は、もっと僕に抱きついてきて涙を流しながら助けを求めてくれたような気がするのに。今はツンデレ化している。
ん、ふと視線を、別の名をレーザーポインターを感じて、窓から向こうを見る。
「モデル・ファースト《機械仕掛けの撲殺天使》」
「は、なにを言ってーー」
「お嬢様、伏せてください」
パリンッと窓が弾け飛んで、弾丸が校舎の壁に当たり跳弾する。空気が底冷えしていくように感じる。火をくべられた蒸気エンジンのように、身体の内部が一気に燃え上がる。
《コマンド停止》
って、あれ、武器が出せない。
「あのー、お嬢様?」
「逃げるわよ、あなたは一般人なの」
え、えええぇぇーーー、ここまできて、お預けですか。敵前逃亡ですか。ラブコメのいいシーンで邪魔が入るお約束ですか。
僕はペラペラの紙のように無抵抗に、お嬢様に引っ張られていった。
「戦闘あるじゃないですか。早く鍵を解除してください」
「無理よ。ここには装備がないもの」
「いやいや、解除コマンドをーー」
「そもそも、あなたの中に武器はないの。全部取り外されたから」
お嬢様、僕は帰ったあと、自分で開腹手術をしていいですか。自分の中身が気になります。
「唯一あるのはーー」
まさかーー、ニーソ。
ニーソ型の外付脚装備といえば、僕の装備じゃなくて、彼女の《機械仕掛けの脚線美》のものですよね。
そうか、通りで僕の脚は細いわけだ。これ僕のパーツじゃないよね。やっぱりーー。
「うん、普通の銃とかないですか?」
「あなた、今までのキャラはどこに捨てていたの?」
「嘘です。さあ、取りに帰りましょう。僕の装備はニーソです」
この後、むちゃくちゃニーソした。
気分は爽快だった。
けどーーーー。
戦闘が終わると正気になりました。どうして僕はあんなニーソなんて着用して、戦っていたんだ。
というか、今まで僕は一体ーー。
「たぶん、ニーソで戦えて、満足したのね。また、時間が経てば、ニーソで戦いたくなるわよ」
お嬢様はそっけない。全く、なんで脚だけ女性装備なんだ。僕の下半身はどこにとんでいった。すでにもがれた後だったわけですが。
「僕は二度と戦わない」
「わたしもそれを願うわ」
くっ、《機械仕掛けの脚線美》の呪いがーー。