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縁結びの騒動

白崎市には、縁結びの御利益で有名()()()神社がある。

 なぜ過去形か。

 村の人口が減るととも、若者の神社離れも進み、神社での祭りもなくなって久しいからだ。

 

 年月の経った神社は、どことなく情緒があるようにも見えるが、やはり物寂しさを感じさせる。

 いつもなら誰もいない境内の敷地。

 そこに、今日は、2人の男女が来ていた。

 しかし、願いはひとつ。


「隣のやつより、早く彼女(彼氏)ができますように」


 


 神倉(かみくら)瑞穂(みずほ)を見ると、胸がドキドキしてしまう。容姿端麗という言葉を、そのまま当てはめても十分なプロポーションをしている黒髪の美人。いつも来ている制服が、どことなくあどけなさを引き出していて、綺麗さと可愛さをブレンドさせる。


 こんなふうに言えば、当然、この女に、俺が好意を持っていて、恋愛へとフォールインラブするとか思われるかもしれない。


 だが、妹だっ!!


 義妹ではない。そんな使い古されたテンプレ的詐術はしない。実妹なんだ。

 でも、困ったことに、昨日、神社に行ってから、妹の顔を直視できない。顔が真っ赤になってしまうことが、自分でも分かる。思春期の脳は、遺伝子レベルで反応しないはずの、兄妹の壁を超えたようだ。

 だが、しかし、鍛え上げられた前頭葉は、マシュマロテストに合格する幼児のように、見ないふりでやり過ごす。目の前にある据え膳は、食ってはいけない。毒饅頭だ。

 頭を冷やそう。とりあえず洗面台に行こう。



 一方、その頃ーー。

 おかしいーー。何か、おかしい。どうして、兄の顔が見れないの。別に義理の兄で、実は元カレだった、とかいう面白設定があるわけではない。

 ただ少し早く先に生まれただけで、兄になっているだけ。そこには、他の何も干渉するものはない。腹違いでもないし、完全なる赤の他人の真逆。親類の中の親類。


(まさか、昨日、惚れ薬でも飲ましたの)


 いえ、さすがに、そこまで、大それた事ができる兄ではない。そもそも高校二年生にもなって、彼女いない歴=年齢をこじらせてる兄が、惚れ薬を購入できる相手なんているはずもない。妹に試しに飲ましてみようとか、思うわけもない。


 いや、でも、ここは、試しに、この感情のビックウェーブに乗ってみるのもいいかしら。少し反応をみてみたい。今、気づいたけど、わたし、好きな子には意地悪したくなるタイプかも……。




「お兄ちゃん、大好き」



 バタンッ!!


 洗面台のドアが勢いよく閉じられた。

 どういうことかしら。

 妹のブラコンアピールを無碍にするなんて。

 あれ、なんで涙がーー、おかしい。こんなことで傷つくわけないし。


「お兄ちゃん、だーーい好き!」


 ガラッ。


「俺も大好きだ」


 は。

 え、っと、なに、を、やっている、のかな。

 わたし、正気!?

 さっきなんて叫んだ。

 そして、目の前で、この兄はなんと……。

 悪い夢だ。

 これは、きっと夢にちがいない。


「今日は一緒に登校しないか?」


「うん」


 わたしーーーー!!

 夢のわたし、なにやってるの。

 なんで、そんな素直で健気な妹みたいに、頷いてるの。行くわけないでしょ。だめでしょ。高校生の兄妹は、一緒に登校なんてーー。







 あー、俺、なにやってんだ。

 絶対に何か間違ってる。

 昨日、どっちが先に彼女、彼氏を作るか、言い争いになったのは覚えている。

 しかし、妹と手を繋いでデートをしたい、と願った覚えはない。

 なんだ、妹を彼女にしたい、と聞き間違えたのか。


「なあ、どうして、俺たちは、恋人繋ぎで、登校しているんだ。なんの罰ゲームだったか、思い出せないんだ」


 手汗がやばい。

 なんで妹相手にーー。

 あ、緊張か。そうだよな。こんな姿、クラスメイトに見られたらーー。


「あなたが惚れ薬を飲ませたんでしょ。ほら、もう効力も薄れてきたわ」


 妹は、そう言って、手を離すと、腕を組んできた。


「おいーー」


「からかっているだけ。全然、くっつきたくないけど、兄の困った顔を見るのは楽しい」


 やばいやばい。

 うちの妹が、こんなに可愛いはずはないんだ。

 ドーパミンがドバドバ出てる。さながら、インターネット、いけない画像を収集している時のように。そして、徐々になんだか安心感のような幸福がーー。セロトニンが、ああセロトニンレベルが上がっていく!!


「ダァああああああああああ!!絶対におかしい。俺が妹に、こんな感情を抱くなんてあり得ない。俺はな、シスコンにだけはならない自信はあったんだ」


「わたしだって、お兄ちゃん大好き、なんて気持ち悪いこと言うなんて、考えたこともなかった」


「で、離れてくれないか」


「無理、わたしの本能がそうしてくれない」


「お生憎様、こちらも同様だ」


 なぜ、俺は、こんな運命に導かれるというか、遺伝子レベルで離れたくないみたいな感情を、妹に抱いているんだ。頭のクリアな部分が残っているせいで、まるで呪いでもかけられたようだ。





  はぁ、この悪い夢ーー媚薬を飲まされた兄に好き好きアピールをしている頭の悪い妹ーー終わらないかしら。

 キス。

 キスでもすれば、もしかしたら終わったりーー。

 って、なにを考えているの。冷静になりなさい。そんな目覚めするぐらいだったら、高校生でオネショした方がマシよ。

 とにかく、義理の兄弟や双子で同じクラスなんてオチがなくてよかった。わたしは一年生。向こうは二年生。学校にいる間は、関わらないで済む。


(お兄ちゃん、今頃、何しているんだろう)

(宿題、忘れたりしてないよね)

(体調を崩して保健室とかーー)

(休み時間、ちょっと2階に上がって)


 恋する乙女かっ。

 どうして四六時中、兄のことを考えているの。

 無意識って怖い。自然と、兄のことを考えてしまうなんて。





 ふぅ、ここまでくれば大丈夫だ。

 途中、腕を組んで妹と登校しているのをみられたが、誰も気にしてはいない。まあ、何かの理由で仕方なくしていたと、とってくれたのだろう。


 一限目は英語の授業か。


「神倉読んでみろ」

「はい、マイシスターイズーー」

「おい、一文字目はミステリアスだ。お前の妹の話じゃない。こういうCVSの構文を倒置と言ってーー」


 嗚呼、俺はいつから、妹と錯覚していたんだろう。謎だ。






「お兄ちゃん、お昼一緒に食べよー」

「ああ、一緒に食べようぜ」


 兄妹の仲の良さをクラス中にアピールすることになったようだ。ラブラブカップルのように、机をひとつ挟んで妹と一緒に食事。

 いや、別に、家でも机を挟んで食べているから、何も問題はない。


「はい、あーん」

「あーん」


 問題はない。

 ただ箸を忘れただけだ。いや、弁当の箸入れを開ければ、あるかもしれないが。もう、その勇気はない。俺は開けない。箸を忘れたから、妹に食べさせてもらっているだけだ。


 なぜ、借りて自分の手で食べないかって?

 その発想はなかった。





 これ、夢じゃなかったら、わたしの校内でのイメージが破綻しない。

 え、わたしは、学校で、兄に、あーんをするような女子ってこと。今まで培ってきたクールなイメージは、どこに。付き合ったら、こんな甘々になるんだぁ、みたいな感想が、女子残って情報網を駆け巡ってない。

 ああ、部活に行きたくない。夢だし、サボってもいいよね。今日はきっと熱があるし。





 学校が終われば、仲良く登下校だ。

 そう仲良くだ。

 兄ならば、帰りの危険な道を守るのが当たり前だ。ここは日本のど田舎とはいえ、危険はいっぱいだ。


「神社に行くぞ」

「うん、わたしもそれが正解だと思う」


 薄暗い神社。

 誰もいない寂れた神社。


「知ってるか、願い事は、他人に言ったら叶わなくなるって」

「ええ」

「じゃあ、せーので、叫ぶぞ」

「わかった」



「せーの」


「「隣のやつより、早く彼女(彼氏)ができますように!」」





「ふう、これでいい」

「ええ、なんだか気分が晴れた気がする」






『ええ、せっかく叶えてあげたのに。同時に叶えるいい方法だったのに、残念。

 まあ、でも、2人とも、遅くはできないからーー、あ、いいこと思いついた』




「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」

「ただいまーー、マイシスター!」


 な、何故だ。俺は、家に帰って、犬を抱っこするように、妹を抱きしめたりしない。


 な、な、どうして夢が覚めてないの。わたし、お兄ちゃんが帰ってきただけで、こんなに喜んで、ブラコン、ブラコンなの!!


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